ハラセキさんと共に
そうこうしている内に、ツヌークを包んでいる光が消えた。
そして。
「誰だよお前!」
真っ先に俺が叫ぶと共に、場が静寂に包まれた。
派手派手で透けそうなドレスを身にまとった女。
少なくともおばさんには見えない。
見えない、はずだ。
でも。
「……お嬢、様…………?」
ハラセキさんがそうやって困惑したのは全く正しいと思う。
あれほどまでに躍っていた金髪はまったくボリュームがなくなり輝きも失せ、髪の毛の束も二本ぐらいになっている。
そんであんなに釣り目で迫力があった顔も急に丸くなり、締まりがない。
そんで腕も荒れている。ハラセキさんの時と違って重い荷物を運んだり皿洗いをしてごつごつしていると言うより、そういう処置を怠ったからこうなっちまってる感じだ。
……っつーかドレスが妙に小さく見えて来る。太ったんじゃないか?
「あ、おい、ツヌーク……」
「お父様……私、きれいになって」
その令嬢様に対し、奥方様はどこから取り出して来たのかわからない手鏡を差し出す。
手紙に映る、ツヌークの姿。
はっきり言って、ハラセキとケタの違う姿。
「あ、ああ、いや、いやああああああああああああああああああああ!!」
耳障りな事この上ない悲鳴。やたら甲高くて、まるで武器。しかも無差別攻撃。
「どうやったのか私にはわからんが、それがそなたの本来の姿なのだな、ツヌーク」
ミナレさんだけは本当に淡々としている。
ハラセキさんさえも震えているのに、どうしてここまで冷静なんだろう。
「お前……!!」
「そ、あわ、あわわわわわ……!」
ナオムンは泡を吹いて倒れている。そりゃそうだろうな、本当の本当に有効だって信じてたんだから。
死んでなきゃいいけど。
「美は皮一重……ハラセキ殿と比べそなたはあまりにも醜悪だったと言う事だな」
「自分が何を言っているのかわかってるのか貴様ぁぁ!」
「額面通りの意味だが」
ミナレさんはどこまでも冷静だ。当主様がこんなにも吠えてるのに。
「だいたいがだ、私が初めて見た時はこんなにもツヌークは美しくなかったぞ。ヅケース、いつ何時からツヌークはあんなにも美人になった?」
「何だと!私に向かってなんという……!」
——————————ヅケースの動きが急に止まった。
ミナレさんの顔を見詰めたまま、全く動かなくなった。
「ヅケース。そう言えば十年ぶりになるな。私とてかなり変わってしまったからあまり大きな声では言えんが、その時から剣術好きは変わらなかったはずだが。
大した腕前もないのに、戦姫とか言われていた私の事、少しは有名だったはずだがな。少なくとも貴族では」
「は??」
「ほんの五番目の子、ただ少しばかり剣術の才能と意欲があったからこうして国中をふらついていることが許される存在。少しばかり調子に乗りすぎたせいで倒した魔物の呪いにより苦しみ、故郷に帰れなくなった程度には間抜けな姫……」
「ミナレ、さん……?」
そして俺がミナレさんの名前を口にした途端、貴族様たちが一斉に頭を下げた。もちろんハラセキさんもだ。
「今の私は基本的にはただのミナレだ。だが故あれば私はいくらでも王家の血筋を振りかざす。と言うか鞘ぐらいは見えないのか」
「俺にはわかりませんよ」
「ノージはそれでいい。ただのミナレとして助けてくれたのだからな。権力もそうだが力と言うのは使い方を間違うとろくな事がない。その事をよくわきまえよ」
……っつーかお姫様だったのかよ。信じらんねえ。
王宮ってもんがあって王様がいて、その王様の子どもとして王子様やお姫様がいるっつー事は知ってるけど、俺の知識はそこまでだった。
「とは言え!この行いは!」
「どうやってその美貌をかさ増ししたかは知らぬ。だがいずれにせよ、しょせんかさ増しはかさ増し。素の美しさを磨かねばどうにもならぬ」
「あのー、ハラセキさんは、この場合……」
「その通りだ。なぜこうなった?」
何らかの理由できれいになっていたのを俺のチーズで本来の姿に戻したように、何らかの理由で—————たぶん過労でくたびれていた—————ハラセキさんを「本来の姿」に戻しただけなんだろうけど。
「メイドと言うのはしょせん労働者ですから、美よりは実用として」
「たかがメイドに農村まで荷車を引かせるのか。それこそ騎士がやればいいだろうに」
どう考えてもハラセキさんは力仕事向きじゃない。そんな人間に荷車を引かせるだなんてめちゃくちゃだ。
「最近少し気が入ってないようで」
「嘘を吐け。何度も何度もファイチ村に来ていたそうだぞ。まさかしょっちゅう気を抜くような存在だとでも言うのか」
「そうですそうです、そうなのです。どうしても甘え癖が抜けなくてそれで修業に出しているのですがどうにもこうにも農村でも甘やかされて、まったく参った物ですよ、本当こんな事になってますます甘やかされるのではないかと私は不安で不安でたまらなくて」
「じゃあその役目を私にもらおうか、クロミール」
で、クロミールとかって貴族のおばさんはもうしゃべるしゃべる。どうしてもハラセキさんに肉体労働をさせたくてたまらないらしい。ああ腹立たし……え??
「そなたはハラセキを見るとどうしても肉体労働をさせたくてたまらない病気のようだな。体に悪い。そんな使えない存在を引き取るのも権力者の役目と言う物だ」
「いやあ、それは…………」
「大丈夫だ。育ったと思えば返す。まあ判断するのは私だがな」
なんだよこれ。どういう流れだよ……。
「あのー、それって……」
「そなたの身分は私が保証する。案ずるな」
「ですが奥方様」
「せっかくの役目です、武者修行とでも思っておきなさい。ああ給金ならたっぷり払いますから!そうしますから!王女様、どうかこの不出来な女の面倒を見てください」
「不出来ってのは農民から人気がある事なのかよ」
「…………」
相変わらず口は悪いし数も多いクロミールとかっておばさんだけど、俺が突っかかったらすぐに押し黙った。で、ヅケースとかっておっさんはずっと下向きっぱなしだし、やっぱりお姫様ってすごいな。
「それでも私はぁ!」
「内面を磨けばその内このハラセキのようにきれいになる。そういう事だ」
「お嬢様……」
「とっとと私の視界から消えて!」
で、このツヌーク、いや女はもうどうでもいい。
最後の最後まで心配してくれているハラセキさんにこんな悪態ついて……本当にどうしようもない。
「お世話になりました」
「あんたよりも有能なメイドなら山といるから、気にするんじゃないわよ」
やがて屋敷の人間が持って来た荷物と給金を抱えながら、ハラセキさんは頭を下げた。
「ったく、どうしてあそこまで悪口が言えるんだか、どんな才能だよ……」
「貴族とはあんなものだ。私とて宮中であれぐらいの嫌味を何度も聞いて来た。素直に馬鹿とか阿呆とか言うよりもある意味強い言葉をな」
本当、貴族ってろくなもんじゃないね。
ミナレさん、いやこのお姫様は、本当に特別な存在なんだろう。
「大丈夫だ、この人なら」
だから元気づけるつもりでハラセキさんに言ったら、少しため息を吐かれた。本当、辛いんだろうな。自分なりに尽くして来たはずなのにあんな冷たくされてさ……。
これからはせいぜい、辛い思いはさせないようにしなきゃならねえ。
俺が、ミナレさんと一緒に。




