そういうチーズですから
「ナオムン、一体誰だそれは」
「俺はノージと言います」
「お前に聞いていない、そこのメイドだ」
お屋敷の玄関で俺たちを迎えに来たのは、やけに赤々とした上に下着が見えそうなほどに薄いドレスを着た金髪の女性。
髪の毛はやたら輝く上にどうやって整えたのか八方向に広がっている。
と言うかすげえ質量だ。
「ハラセキ殿だが」
「冗談は休み休み申せ」
「冗談ではない。ナオムン、そなたに先ほど渡したチーズがあるだろう」
「はい、そうなのですご令嬢様、まことに信じがたいのですが、えーと……」
「ツヌークお嬢様、穀物をお持ちしました」
「本物だって言うんなら四つん這いにでもなって犬の鳴きまねでもしてみなさいよ」
「何言ってんだこいつ」
その髪の毛をなでながらふざけ切った事を抜かす。お嬢様だか知らないけどこいつはどんだけ偉いんだ?
俺はアックーたちが強くてしっかりと仕事をこなしてたからついて来てたのに、このツヌークって女性は何をしてたんだ?
「しつけがなっていないようね」
「じゃあナオムンとやらに渡したチーズは返してもらうけど」
「そういう事ですからどうか、ご令嬢様、ご容赦を……」
「フン……!」
デカい音で鼻を鳴らしてる。
何がご令嬢様だか、ハラセキさんのがずっとまともじゃねえか。
「連れの女。このノージとか言うのは」
「私の旅仲間です」
「とてもチーズに通じているようには見えないけど」
「特殊な力って奴だよ」
「貴様、さっきから言わせておけば!」
「ナオムン。私とて本当のことを言えば敬語など使いたくない。令嬢様とか言うが彼女はこれまで一体何を為した?いかに親が偉大であろうと子どもが偉大とは限らぬ。その事を理解していただきたいのです。だから、私も剣を手放さないのです」
俺には貴族とかよくわからないけど、ミナレさんの言う通りだ。こんなに上から目線で威張り散らすような奴に従わなきゃならねえだなんて、本当にハラセキさんも気の毒だ。
で、ツヌークとかって女は体中を震わせ、俺を傷つけようとしている。本当こんなわかりやすい殺気もないってぐらいだ。殺してもいいんならすぐさま殺せるぐらい、戦士としては程度が低い。まるでコボルト並みだ。
「って言うか欲しいんでしょ?きれいになるチーズ。欲しければどうぞ。俺は責任を取りませんけど」
「口の利き方に気を付けなさい!
まったく、どんなに雑草が輝こうとバラに勝てるはずはないのに、なぜそんなに抗うの!それにナオムン、情けないわよ!キミカッタ兄上に鍛え直してもらわないと」
「そ、それだけは!」
じゃなきゃほんの少しミナレさんや俺が煽っただけでこんなに顔を真っ赤にするはずがない。ご令嬢様が戦士になる必要はないだろうけど、それでもむやみに怒りを撒き散らす必要もないはずだ。
「何をそんなにわめいているのです?みっともないですよ」
「母上、ちょっとご覧になってください、にわかには信じがたいのですが!」
そんな所に割り込んで来たのが、ツヌークに負けず劣らずの派手なドレスをまとった女。
口ぶりからするとツヌークの母親らしいけど、どっちもどっちの不愉快さだ。
「奥方様…」
「あなたどなた?」
「ハラセキです」
当然と言えば当然だが目を丸くしてハラセキさんをにらむ。
口を扇で押さえながらも必死に驚きをこらえ、かつ俺とミナレさんに問いかけようとする。だがオレは正直話す気が起きないし、ミナレさんも苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「このノージとか言う小僧の」
「違う」
「ノージと言う少年が作ったチーズだそうです、それを食べた所こうなりまして、何が何だか」
「チーズ……」
ナオムンが勝手に説明してくれたからありがたかったけど、ほんとは説明などしたくもない。チーズと聞いて何かおばさんの頬が膨らんだ気がしたけど、ちっとも可愛くない。
「きれいになるかどうかわかりませんよ」
「ハラセキはなったからな」
「そうだ!令嬢様ならばそれこそ万人が振り返るような美少女になるはず!」
ナオムンはここぞとばかりにさらにご機嫌取りに走り、さっき俺が渡したチーズを取り出す。
「食べなさいナオムン」
「はい」
で、ツヌークとか言う令嬢様に言われるまま半分に分けて口に入れる。
ナオムンの体が光り出す。
そしてすぐ光が消えた。
「あまり変わらんな」
「いや少し髪の毛が黒くなり、肌がきれいになったな」
—————まあ、プラスの変化だった事には間違いない。
「まあとにかくだ、これでわかっただろう」
「なるほど、わかったわ。早速その残り半分を渡しなさい」
「ご令嬢様」
「そんなみっともない!」
「ではノージとやら、一つ出しなさい」
俺は奥方様とやらをほっといて、一枚のチーズを出した。
俺以外誰の手も付いていない、生のチーズ。
「そうだ、こちらを!」
「そうじゃないのツヌーク!」
「母上のためにも、私はもっと美しく!こんなハラセキ如きに負けたくないのです!」
ハラセキさんへの対抗意識を満たすように、チーズをほとんど嚙もうともせず一気に呑み込む。
ご令嬢様がいちいち聞いて呆れる仕草だ。
「ダメよ、吐き出しなさい!」
「あいお」
「こんな事に頼らなくてもあなたは十分…!」
首根っこを掴んで母親が揺らそうとするが、時すでに遅くツヌークは輝き出した。
「強い!」
「ハラセキさんの時より、もっと……!」
ツヌークを包む光は、ハラセキさんの時よりかなり大きい。ナオムンの時とは比べ物にならない。
さすがに今度ばかりは直視できないと目を背けるが、それでも光は侵入して来る。もう、数歩ほど後ずさるしかなかった。
(俺はもう知らねえよ)
俺がそう決め込んで光が消えるのを待つが、その間に
「何事か」
と言う太い声が入って来る。
「あなた!」
「そこのナオムンが勝手にチーズを渡したのだ、そちらのお嬢様に」
「違います!」
「あまり違わん、食べたチーズは同じなのだからな。ヅケース殿」
ミナレさんもよく話せるよな、
このものすごい光の中で。って言うかヅケースって、この屋敷のご当主サマ…………
「あ、光、が……」
そうこうしている内に、光が消えた。
そして。
「誰だよお前!」




