5-12 体が勝手に動く
流星群の如き煌めきを伴い、上空から砲火が降り注ぐ。万全であればシルフィアは『蒼生を済う黄金の弓』による砲撃から逃れられたし、全身に魔力が浸透している彼女の体は、直撃弾を耐えられたかもしれない。だが、狙撃によって脚を失い、脳裏に二年前の記憶が過った。グラハムに四肢を破壊された記憶。力関係が逆転した後、グラハムを下僕として使い続けてきたが、深く刻まれた恐怖は拭い去れなかった。
シルフィアはパニックに陥り、退避行動を取れなくなる。その光景を、アッシュは見た。爪を振り下ろせば、バーン・ゴズルに止めを刺せる。バーンの目は生きている。胸に受けた衝撃から今にも立ち直りそうだ。背中を強打して、一時的に息が詰まっただけだ。数瞬後には起き上がる。復讐の好機は今しかない。
「くっ……!」
痛感した。アッシュの能力では、バーンに及ばない。様々な能力を駆使して肉薄したが、同じようなだまし討ちは二度と通じないかもしれない。辛うじて掴んだ復讐の機会、手放すわけにはいかない。だが、今まさに復讐を成し遂げんとしていたアッシュは――。
「シルフィア!」
腕部の魔銃を解除し、脚部に展開。砲火の中に飛び込み、シルフィアの小さな体を抱き上げる。アッシュは全魔力を右腕に集中させ、甲冑で魔力の砲弾を殴る。一撃阻止しただけで前腕甲が三割近く消し飛んだ。至近弾は無視。余波で体に火傷を負うが、アッシュには痛みに呻く余裕はない。
「ひ……い……」
「シルフィア、大丈夫だ。俺が護る」
「な、なんで……」
再びの直撃弾を防いだとき前腕甲は完全に砕け散った。残りは僅かに右の手甲のみ。ユウナ・ルドフェルの肉体に宿っていた魔力は既に尽きる寸前であった。
「引き裂きたかった……潰したかった。でも、できなかった」
錯乱したシルフィアの言葉を、アッシュは理解できる。シルフィアはグラハム・ルドフェルを殺害したかったが、できなかった。残酷な態度を取り虚勢を張ってはいたが、元は貧民街に住むただの孤児。人を殺すだけの覚悟は持てなかった。ボーガがルドフェル兄妹の助命を買って出てくれたのは、渡りに船であった。こうして、シルフィアはグラハムに意趣返しできない心の弱さを隠した。
「どうして、私を護るの……。貴方は死ねば新しい体に代わるだけでしょ……」
「そうかもしれない。けど、今俺が死んだらお前が無事では済まない」
「……残念ね。その体でなかったら、惚れていたわ」
アッシュはシルフィアを抱き、砲火に翻弄される。砲撃はいつまで経っても止まない。シルフィアの魔力防壁で減衰しきれない至近弾が次々と襲い掛かる。ユウナの体は全身が焼けただれ血に塗れ、限界を迎えつつあった。
三度目の直撃弾。アッシュは拳に残った最後の甲冑で迎撃。相殺しきれずに魔力弾は右腕を吹き飛ばした。肩から先がなくなり、焼けただれたおかげで傷口は塞がり、出血は免れる。許容できない痛みを脳が認識しないため、アッシュは激痛にのたうち回らずにすんだ。
「ぐっ……!」
「死になさいよ。死んで攻撃を止めればいいでしょ!」
「駄目だ。俺がこの攻撃をしているやつになって、攻撃を止めたとしても、放たれた後の攻撃は消えない。お前が助からない」
「……馬鹿ね」
「すまないシルフィア。お前を護れるのは、あとはこの体だけだ。覆い被さってもいいか」
「嫌よ……。あいつの妹に抱かれているだけでも業腹なのに。……仕方ないわ。貴方に力を上げる」
シルフィアは自分の唇を噛み切り、血を流してからアッシュの口に触れる。二人の唇に血の紅がささった。
「何を……」
「私の体液は魔力でできているの。そういう体質になったのよ」
アッシュはシルフィアの言葉に軽く混乱するが、即座に己の体に起きた変化が困惑をかき消す。体内から魔力が零れてくる。それは、シルフィアの魔力量からすれば、血液一滴分の些細なものに過ぎないが、一般的な魔銃使いを遥かに凌ぐ。
「私は脚を壊した攻撃を警戒しないといけないし、まだ震えているから動けない。だから、貴方が頭上のアレを切り裂いて」
ユウナの右腕があった位置に、半身を覆う程に巨大な甲冑が出現。バルヴォワの魔銃は、より大きく禍々しい形状へと変化していた。前腕甲に生えるのは、突き刺す鋭利な爪ではなく、巨体を抉るための、短く太い爪。




