5-10 両者並び立つ
「ちいっ!」
直撃コース。だが――。
「魔銃解除」
須臾も躊躇わずバーンは魔銃を解除し、強引に自身の速度と姿勢をねじ曲げる。結果、急減速。頭部に直撃するはずだった魔力弾は肩を掠めるだけに終わる。されど、擦っただけでも生身で受けられる威力ではない。前進しようとする慣性と、後方へ引きずられる衝撃とがバーンの体をその場で錐もみさせる。嵐に翻弄される小舟のように生身の全身を暴れさせ「魔銃装着!」再度魔銃を解放し、地面に激突。
「ぐはっ!」
土壇場の賭であった。バーンはライフル弾の直撃を覚悟した。他の部位であれば致命傷にならないが、頭部の場合は冑を貫通されたら即死を意味する。そこで、業腹ではあるが相対する相手がやったことを真似してみせた。戦闘中に魔銃を解除するという、一か八かの賭。再装着も間に合った。戦闘のセンスにおいて、ラガリア王国国境警備隊第三部隊に所属した兵士アッシュと、ロアヴィエ皇国凱汪銃士隊十二番隊副隊長バーン・ゴズルは並び立った。
「ぐっ……」
バーンは全身を強打して息がつまり、直ぐに身を起こせない。アッシュは攻撃直後に転倒して地を転がっていたが、停止と同時にバーン目掛けて二発目の狙撃。
「何処でもいい! 当たれ!」
上体を起こしかけたバーンの胸部に直撃する弾道。胸甲はシルフィアによって破壊されているので、胸の防御は薄い。
「貫けぇっ!」
「うっ、おおおおっ!」
命中。バーンの魔力防壁と魔力弾がせめぎ合い、金属を削るような甲高い音と共に火花が散る。魔力弾の威力は減衰されていくが着実に防壁を貫いて進み、やがて、直撃。
「ぐあっ」
バーンが勢いよく倒れ、両腕を投げだす。ダメージがどの程度かは不明。胴体を貫通してはいない。だが、即座に立ち上がる様子はない。あと一撃、加えればアッシュの勝利だ。だが、高速移動の代償として地を転がったアッシュの華奢な身体もまた、全身を打ち負傷している。直ぐに追撃することは叶わない。
「これが何度も死んで手に入れた俺の能力だ! 格下と思って侮ったのが、お前の敗因だ!」
バーンは魔力弾を一発も撃っていない。ブレード攻撃も一撃必殺を狙っておらず、切り裂いていたぶろうとしていたことくらい、アッシュにも分かった。バーンがシルフィアに執着していたことも、そのシルフィアから負った胸の負傷が癒えていないことにも気づいた。己一人の力で掴む勝利ではないことを卑怯となじられようとも、アッシュは躊躇しなかっただろう。震える脚で立ち上がり、右腕を前に突きだす。
「ユシン! 見ていてくれ! お前の仇を討つ。魔銃装着『闇裂く猛禽の爪』」
疲労と魔力の消耗により、本来両手足に出現するはずの甲冑は右腕にしか現れなかった。しかし、倒れた相手に止めを刺すには十分。
――そして。
アッシュが一歩踏み出した瞬間、決闘を注視していた十一番隊長ルルアッド・ルドニクルが動く。元より狼藉者の要求に応じて、一対一の決闘などさせるつもりは微塵もない。彼の腹心グラト・ラーダが騎士の矜持よりも銃士隊である立場を優先し、シルフィアを草原に連れてきたのと同じように、ルルアッドもまた、騎士の誇りよりも銃士隊の理念を貫く。
「魔砲陣展開――。蒼空より悉皆鴻緒を為せ『蒼生を済う黄金の弓』」
それは、魔砲と呼ばれる、魔銃の限界を超えた力。上空一千メートル地点に巨大な魔砲陣が出現。ルルアッドの召喚銃『突撃する鷲』が飛行し魔砲陣を貫通。変化し現れる姿は、全長二十メートルを超え、八つの羽と十六の砲と、二本の角を持つ異形の飛竜。
魔銃を超越した旺然たる魔力が上空に出現し、地上で魔銃使いの何名かが使用していた索敵用の銃魔術はかき消され、魔銃の照準は狂い目標を失う。騎馬が動揺し隊列が乱れた。
威容を見上げるシルフィアの表情に焦りが浮かぶ。銃士隊が、模擬戦闘に参加しないシルフィアの能力を知らなかったのと同様、シルフィアもまた魔砲使いを知らない。
「成る程。ザコばかりではなかったようね」
上空に気を取られたシルフィアを狙う者が、遥か遠方に一人。十キロメートル離れた皇都ロアヴィクラート第二円区の大聖堂。鐘楼の傾斜屋根に背を預け、二丁の狙撃銃『光の銃』と『闇の銃』を左右両腕に構えるのは、凱汪銃士隊十二番隊隊長ヴィドグレス・グレイズイール。
彼もまた、ルルアッドと同様に、魔銃使いを超越した魔砲使いであった。魔砲の能力は『銃精霊の通り道』。彼等の科学技術ではまだ解明されていない惑星の回転すら含め、風、重力、湿度、あらゆる要素を全て考慮した上で、目標に命中する弾道が彼の目には映る。皇国最上の狙撃兵は地平線以内における静物への命中率百パーセントの技倆で、『光の銃』と『闇の銃』を二丁同時発砲。
放たれた20.2x148㎜魔力弾は亜高速に達し、シルフィアのこめかみを貫く一直線の弾道を描く。着弾まで五百メートルの位置でシルフィアが無意識の内に自身の魔力場に乱れを感じ、頭部へ魔力を集中。こめかみに直撃した弾丸は、その威力の大半を減衰されていたが、大人が殴りつけたほどの衝撃となり小さな頭部を激しく揺らす。エルフの華奢な骨格で耐えられるはずもなく、首から鈍い音が鳴る。
「く、あっ……!」
同時に命中するもう一つの弾丸は、対召喚獣用の魔力貫通弾。人体に対しては無力で、ただ、魔力装甲を貫通するだけの弾丸だが、彼の部下エナクレス・マレンの言葉を信じるのなら、シルフィアの体を攻撃するには最も適している。
弾丸はシルフィアの右膝を容易く貫通し、さらに左膝に直撃し粉砕。両脚に無数の亀裂が走り、硬質な音と共に破片が飛び散る。シルフィアの両脚、正確には装着型魔銃の義足が粉砕され、魔力の粒子となり消える。
転倒したシルフィアが遅れた発砲音を遠くに聞きながら見上げる空で『蒼生を済う黄金の弓』が全十六門の砲から魔力弾の集中砲火を地上へと撃ち落とす。空は無数の太陽が生まれたかのように燦々と輝いた。一撃一撃が展開型魔銃による銃撃を遥かに凌ぐ威力。窮地ではあったが、シルフィアの身体能力であれば両脚を失くしても、両腕が残っていれば魔力の投射範囲から離脱できていたはずだ。
「いや、やめて……」
だが、漏れたのは見た目相応の幼い声。シルフィアは両脚を損傷したことにより恐慌状態に陥り、逃走の機を失った。強者故に、魔銃使いになって以降、彼女は一度も己の身を傷つけられたことがなかった。それ故に、劣勢に立たされた際の対処を何も知らない。




