4-12 一夜明けて
翌朝、食堂で顔を合わせたシルフィアは全て分かっているような笑みを浮かべる。アッシュはユウナの役割を演じる必要があるので、朝食を用意した。食事が終わりエナクレスが退室すると、後片付けをするアッシュをシルフィアがからかう。
「隈ができているわ。女の体は初めてなのかしら。遊びすぎよ」
「ぐっ……。昨晩はどうかしていたんだ。忘れてくれ」
「そのような喋り方は駄目よ。貴方の能力が人にバレるかもしれないわ」
「男のような喋り方をする女だっているだろ」
「次からは相手を選ばないといけないわね。殺される前に犯されるわよ」
「やめてくれ。想像したくもない。それに、子供がそういうことを言うな」
アッシュはシルフィアに勧められたので同じテーブルで食事を取ったのだが、前日までの感覚で朝食を用意したら量が多すぎて食べきれなかった。キーシュやバルヴォワ、グラハムやグエンとは明らかに体の使い勝手が異なる。
「この体は小さいし力が弱いし、食事も少ししか入らない……。お前がいつもパンを一切れ口にしたら食事を終えるから、節約しているのかと思ったんだが、違うんだな」
「エルフの子供ですもの」
少なくとも従者が二人もアッシュに殺されたことになるのだが、シルフィアは一切、咎めはしない。シルフィアは鼻歌交じりに食後の紅茶を飲み終えるとカップをソーサーに置き、背後に控えている男に声をかける。
「さて、ボーガ。説明しなくても最初から分かっているでしょ? ユウナの中にいるのは一週間前にやってきたキーシュよ。貴方は孫の助命と引き換えに、今まで私に仕えてきた。あっているわね?」
「はい」
「けれど、仕える理由はなくなったわ。これからどうするの? 私は貴方を失いたくないのだけれど」
ボーガは目頭を押さえて沈黙。言葉を絞りだすまでに、いくらかの時間を要した。
「グラハムもユウナも、彼の能力を知った上でのこと。もしかしたら、自ら死を望んだのかもしれません……。ですが、恨むべきではないと分かってはいても、私にとっては二人とも可愛い孫で……。ああ……。これは……」
「ボーガ、全て貴方に任せていたのだから、どの程度の蓄えがあるのかは分からないのだけれど、城にある金品は自由にしていいわ。しばらく暇をあげるわ。……最後に紅茶のおかわりを頂けるかしら」
「かしこまりました」
「貴方の淹れる紅茶が一番美味しかったわ」
「ありがとうございます」
紅茶の準備をするため、ボーガは背を向ける。食堂と調理場は同室にあり、仕切りはない。
「私とルドフェル家の人間には色々とあったのよ。グラハムの記憶にあるでしょ。でも、貴方がそれを知る必要はないわ」
「顔に出ていたか」
「ええ。知りたそうにしていた。ユウナはそういう表情はしなかったわ。不思議ね。中身が変わるだけで大分印象が違うわ」
「成りすますときは気をつけないといけないな。いや……。これ以上は無理だ。他人の体に意識を移していくと、俺が俺ではなくなってしまう……。新しい体の記憶が俺の性格や行動に影響を与えてしまう」
「昨晩の行為も?」
「茶化さないでくれ」
痴態を晒したが、一時の恥で済ませていい問題ではない。アッシュは死ねば相手の体を奪う。だが、新しい体から受ける影響が強くなってきている。本来のアッシュの性格であれば、女の体を得て自慰に耽るなどありえない。
「ああ、本当、見ていて面白いわ」
シルフィアが微笑む。アッシュはその笑顔が苦痛に歪む瞬間を見たいと思い、血の海に沈む四肢を失った幼い体が脳裏を過り、下腹部の深い所が熱を帯びるのを感じた。
「くそっ!」
厭悪すべき疼きを追い払うためにアッシュはテーブルを叩く。
「死んで他人の身体を奪う能力がこんなに厄介だとは思いもしなかった……!」
「女の子がそんなことを口にしたら駄目よと、からかえる状況ではないのかしら」
幼くして穎悟たるシルフィアは、表情からアッシュには余裕がないことを読みとった。
「……今日、貴方の復讐を果たしましょう。貴方は私の代わりにルドフェル兄妹を殺した。だから今度は私が協力する番ね。こちらの根回しは済んだし、後で銃士隊に乗りこみましょう」
「いくらなんでも唐突……。いや、そうだな。先延ばしにすることじゃない。俺が俺でいられるうちに……。シルフィア。頼む、力を貸してくれ」
「ええ。貴方がバーンに復讐できるよう、私が舞台を整えてあげる。ボーガが淹れてくれた紅茶を飲んだら出かけましょう」
「恩に着る……。なあ、なんで、そんなに協力的なんだ?」
「言ったでしょ。貴方が思っている以上に私は貴方に感謝しているし、興味を抱いているの」
アッシュは破壊衝動から目を背けるために、視線を地面に落とした。だからアッシュの瞳はシルフィアの表情を映さない。けれど哀憐に色づいた声音から、シルフィアが優しい表情をしていることがよく分かった。
ああ、その顔が血に塗れて苦痛に歪むところを見たい。




