4-6 復讐の達成と四度目の死
「あぎいっ」
奇妙なうなり声を上げ、バルフェルトは内臓をまき散らして絶命した。魔銃使いの威に頼り他国を侵略した大公は、その力が己自身に向けられるとはまったく疑いもせず、防備を手薄にしていたのだ。それが仇となった。
「どうだ、股間を吹き飛ばしたぞ。これで死後の世界があったとしても貴様は二度と女を抱けない。ざまあみろ! ……ぐっ」
激しい頭痛の直後、アッシュの理性は眼前の光景を残忍なものとして認めた。己自身の体に吐き気を催すほどの不快感を覚え、顔や喉に爪を突き立て掻きむしる。
「くそっ。俺はなんでこんなことをしている。これはグラハムの趣味だ。俺にこんな悪趣味はない! なんで、こんなときに、こんな記憶が! 俺はアッシュだ! グラハムじゃない!」
錯乱のままアッシュは肉塊の腹部を狙い、発砲。手が震えるため、魔力弾は外れベッドに穴が空く。アッシュは続けて乱射し、何発目かの銃声に、怒声が被さる。
「バルフェルト様!」
開け放たれたままのドアから、鎖帷子の上に白い上衣を纏った騎士が四名、駆け込んできた。壁際の燭台の焔が揺れ、騎士の剣身に反射して赤く波打つ。
(逃げた女が呼んだか。長剣を装備した騎士が四。室内では不利な状況だ)
「医者を直ぐに連れてこい! こいつは捕らえろ! いや、殺せ! 魔銃使いだ!」
状況を瞬時に判断したのは衛兵の隊長グエン・マグナ。バルフェルト直臣の騎士で、歳は二十六。肉体の全盛期にあり、皇国生まれにしては珍しい黒髪をしている。
夜と一体化しそうな黒髪の男は、距離を開ければ魔銃使いに勝てないことと、室内の近距離ならば剣でも勝算があることを知っていた。皇都の広場では魔銃使いによる模擬戦闘を何度か観戦したし、戦場で凱汪銃士隊とラガリア王国軍の実戦を俯瞰した経験もある。
(暗殺者の獲物は拳銃。小口径魔力弾なら盾と甲冑で防げるが、銃魔術『徹甲』を使われれば貫かれる。ならば、盾は重りにしかならない!)
瞬時に判断し、グエンは盾を侵入者の頭部目掛けて投げつける。凄まじい腕力である。木の板を重ね合わせ金属で補強した盾は五キログラムを越えるため、魔銃使いといえど当たれば無事ではすまないはずだ。盾を投げると同時に標的の左側へ回りこんだグエンは、飛び退こうとする侵入者の胴体を、斜め下から切り上げる。
「せえええいっ!」
「ぐっ!」
侵入者が身を引いたため、グエンは咄嗟に手首を捻って剣の軌道を変え、相手の右手首を切り落とす。大公の身辺警護を任されるに相応しい神技であった。侵入者の手首と魔銃が床に落ちたがグエンは油断をせずに、首を狙って突く。
死を目前にアッシュはつい、笑みを零してしまう。元より抵抗するつもりはなかった。追跡の目から逃れるためにも新しい体は都合がいいし、グラハムの体を使う不快感とは早急に別れたかった。それが叶うのだ。それになにより、我が物になるであろう肉体の鋭鋒たる技の冴えを一目で気に入った。
数日の付き合いだった忌々しい体から剣を引き抜くと、アッシュは他の騎士に、バルフェルトの蘇生を試みることと、改めて医師の手配を命令する。両手足を失い腹部も大きく欠損して内臓をまき散らしているが「神のご加護を信じろ! 大公を救え!」と声を張る。
「他にも侵入者がいるかもしれない。お前達は宮殿内を捜索しろ」
指示を出して二名の騎士を部屋から追いだすと、残ったのはアッシュの他には大公の応急処置を試みる騎士一名と、隅で失禁したまま腰が抜けて動けない女だけになった。騎士たるグエンならば女を気遣うべきだが、アッシュは床に落ちていた魔銃を回収すると、即座に宮殿を離れる。行動に不審を持たれようとも気にする必要はない。
城郭内の厩舎から馬を盗みバルフェルト領を後にした。城門を出る際は、顔を見せるだけで門番は扉を開けた。非魔銃使いの視力は、星明かりのみでは三メートル先すら判然としない。グエンは馬術にも優れるが、夜目が利く馬に任せた方が良さげであった。
(いい体を手に入れた。騎士グエン・マグナ。剣の腕は確かなようだ……。俺の能力で一つ確かになったことがある。俺は魔銃使いではない者にも意識を移せる。あとは……)
拳銃を構え空に向けて引き金を引く。しかし、魔力弾は射出されない。
(魔銃は使えない。これは優秀な体だが、バーンを殺すには魔銃能力は必須だ。もどかしいな。どうにか、この体のまま魔銃を使えないか、あれこれ試してみるか……)
剣の腕が立ち魔銃も使うバーンを倒すには、アッシュもまた同じように剣と魔銃を扱える肉体が欲しいところだ。アッシュはグエンの体で魔銃を使う方法を探ろうとする。だが、白百合城に帰還すると直ぐに新たな体に意識を移すため、帰路で立てた計画が実行されることはない。
後日、寝室にいた女達は大公を護れなかった責任を追及され、投獄される。体を張って身代わりになるべきだったのだ。部屋に残った女が、暗殺の真相に迫る証言をするのだが、尋問を担当した兵士がそれに気づくことはない。
「本当です。魔性の獣が大公殿下を弑したのです。暗殺者はアッシュと名乗っていました。途中から獣憑きになったかのように豹変しました。それに……。暗殺者を殺した直後のグエン様も同じ目をしていました。殺意の流れる川のように深い皺を眉間に刻み……人とは思えない形相をしていました。グエン様に、アッシュという獣が取り憑いたのです」
女の証言を信じて苛察する者はいない。しかし、調書の端に記録として残る。そして、暗殺者の死体が四輝将軍シルフィアの紹介状を持っていたことが後の騒乱に繋がる。元よりシルフィアはアッシュが皇弟を殺害した後に、皇国と対立する可能性が大きいと承知していた。けれど、その時点ではシルフィアには護るべき存在はなかったのだから、皇族との対立を恐れはしなかった。




