3-7 強制される性行
寝室の床に着いた血を拭きとるとアッシュは退室し、通路を挟んだ反対側にある部屋に入った。本来の用途では日中に主の居室として利用し、貴賓が泊まる際に寝室として貸し出される部屋だが、現在はグラハムの妹ユウナ・ルドフェルの寝室として使用されている。主からの指示があるかもしれないので、しばらく待機することにした。本心では、ボーガを探してキーシュの遺体から天使像を回収したいが叶わない。グラハムに成りきる以上、迂闊な行動は控えるしかない。
「兄様……」
ベッドに腰を下ろしたユウナが不安そうな視線で見上げてくるから、アッシュは僅かに頬を緩める。肉親の記憶は表層領域にあるのか、自然と相手の名前が口から出る。
「心配かけたね、ユウナ」
「はい……」
アッシュはユウナの隣に座り、震える肩を抱き兄を演じていると、室外から鈴の音が聞こえた。先ほどバルコニーに出たシルフィアが戻ってきたのだろう。僅か数分程度なので、アッシュは掃除の間にシルフィアがバルコニーで涼んだのだろうくらいに思った。まさか、友人の仇を鎧袖一触の勢いで蹴散らし、右腕の肘から先を切り落としたなどとは、夢にも思わない。
アッシュはユウナと共に主の部屋へ向かった。
(従者のフリを続ければ、何かの不興を買って殺されることもあるだろう。先ずは様子見だ)
ベッドに体を落ち着かせるシルフィアは、アッシュのつま先から頭まで視線をゆっくりと上げる。まるで金持ちが奴隷を裸にして値踏みするような目つきであった。
「グラハム、ユウナと目合なさい」
「……え?」
「余計な邪魔が入ったせいで、今日はまだなんでしょう。毎晩しているようにしなさいと言ったのよ」
「それは……」
毎晩していることとはなんだ――。昨晩の記憶を探ると、腕の中で眠るユウナの姿が見えた。二人は裸で同じベッドに寝ている。貧しい庶民なら個人専用のベッドはおろか寝間着すら買えないのだから、裸で臥所をともにすることは珍しくもない。しかし、貴族であれば話は異なる。あろうことか、二人は姉弟なのにシルフィアの言うようなことをする関係であった。昨晩はユウナの体力が尽きるまでグラハムは何度も己の獣欲を吐きだしていた。血の濃い世継ぎを産むために近親者と交わうわけではない。性欲を満たすために二人は体を重ねている。
「先程の男に体を乗っとられていないか、確かめる必要があるわ。そうでしょう、グラハム」
何故、こんな理不尽な命令を下せるのかと自問自答し、アッシュはグラハムの記憶に答えを見つけてしまった。脳裏に過った光景のせいで、吐き気が込みあげてくるが、顔に出さず必死に隠す。グラハムはシルフィアに逆らえない。
(くそっ……。なんだこいつの不愉快な記憶は……! 俺は、なんという異常者の体を奪ってしまったんだ!)
「私にしたかったことを、妹にすればいいのよ。そして果てる瞬間に私の名前を口にするの。いつものように」
アッシュは、グラハムの記憶を探らなければ知らずにいられたかもしれない。しかし、既に知ってしまった。シルフィアへの恐怖、同情、憐憫、贖罪、情欲……様々な感情がない交ぜになり、アッシュはグラハムの記憶が残る間、二度とシルフィアには逆らえなくなってしまう。
(くそっ……。記憶を読むのは諸刃の剣か……)
「夜中に起こされた私をさらに不機嫌にさせたいの? 早くしなさい」
「う……」
「兄さん。私なら、シルフィア様の前でも構わないわ」
アッシュが視線を向けると、ユウナは俯きがちに服を脱ぎ始めた。




