3-3 シルフィアの興味
「ぐっ!」
アッシュが呻き声をあげる頃には左肩も外された。続けてくるぶしの辺りを踏み砕かれた。
(このまま殺されて従者の体を奪ったら、即座にシルフィアを襲う。……だが、こんな子供を殺すことになる。本当にいいのか? いや、外見に惑わされるな。こいつは皇国の軍人だ!)
霜柱でも踏むような軽い音が鳴り、アッシュの膝が粉砕した。
「ぐっ、あああっ!」
「ボーガ。これ以上、不快な声を聞かせないで」
「失礼致しました。この男は森に捨てておきましょう。野犬の餌くらいにはなります」
(犬の餌?! 待て、犬に食い殺されたら、俺はどうなる)
この場にいる者に命を奪われなければ侵入した意味がない。アッシュは異能力を手に入れてから、自殺や病死については考えたが、野犬のことなど一考すらしていない。
「俺は銃士だ。慈悲を! 野犬ではなく、せめて将軍であるシルフィア卿に殺されたい!」
「貴方、随分と潔くて不自然よ。ボーガ。この男は魔銃を持っていないのよね?」
「ええ。こちらにお連れする前に確認しました」
「ふうん……。野犬の餌になりたくなければ、お前の目的を言いなさい」
「お、俺は、銃士隊の中に裏切り者が――ぐああっ!」
口にし終える間もなく、ボーガがナイフでアッシュの右手小指を切り離す。
「ほ、本当だ。俺は――ぐああああっ!」
薬指、中指と続けて切り落とされる。
(野犬に意識を移せるとは思えない。なんとしてもでもこの場で殺されなければ!)
人差し指と親指もあっという間に切り離されてしまう。ナイフは指だけでなく脳にも刺さったのかと錯覚する程の鋭い痛みが走ったが、アッシュは口を割らないように凌いだ。
(ユシンは……殺された皆はもっと苦しかったはずだ……!)
自分自身の苦痛は耐えられる。だから、アッシュの心が折れるのは、親友の思いが踏みにじられかけたときである。
「ボーガ、その男の腰にある袋。中には何が入っていて?」
「やめろ!」
思わずアッシュは革袋を体の下に覆い隠そうとした。しかしボーガの腕は皮袋を引きずりだし、紐を解く。アッシュは両手足が砕かれているため、上体を動かすしかない。ボーガは袋から人形を取りだすると、危険物ではないことを確認してから主に差しだした。木彫り人形の何が感興を誘ったのか、シルフィアはそれを様々な角度から眺める。
「木でできた人形ね。翼があるわ」
「返してくれ。それは大事な物なんだ」
「命乞いよりも先に言うこと? これを使って脅してくれと言っているようなものよ?」
「ただの人形だ。お前にはなんの価値もない!」
「あら。今までシルフィア卿と呼んでくれていたのに、お前と呼ぶの? そこまで必死になるものなの?」
シルフィアは人形を指で弾き、燭台の火に透かし、なんの変哲もないことを確認するとベッドを降り、アッシュの前にしゃがんで人形の羽を掴む。
「やめてくれ!」
「大事な物なら壊したくないわ。ね、だから、これが何か教えてくれるかしら」
シルフィアの口元が緩む。銃士隊の反乱を告げたときには反応しなかった銀眼が、今は光を蓄え、木彫りの人形に熱い熱を送っている。
「俺の故郷では、相手の幸運を祈って木彫りの天使を贈るんだ」
ペールランド北東部の風習であることや、夏の間に乾燥させておいた針葉樹を使って、冬に雪が積もって家から出られない時に彫ること等を細かく説明する。アッシュにとっては単なる時間稼ぎではあったが、シルフィアは思いのほか心を動かされたようだ。
「誰かの幸せを願ったのね。大事な物のようだから返すわ。貴方の想いが届くといいわね」
(なんなんだ、この女……。理解できん。拷問を受けている相手に言う言葉か?)
困惑したためか、深い理由はないが、アッシュはシルフィアの勘違いを訂正する。
「……違う。それは俺が贈るために彫ったんじゃない。友人が俺に託してくれた物だ」
「やっと、嘘のない言葉を聞けたわ。喜びなさい。私は貴方に興味を持ったわ」
シルフィアが右手の人差し指でアッシュの顎を持ちあげる。
(気分屋か強者故の驕りか知らないが、話を聞いてくれて助かった……)
アッシュは土壇場で現状を打破する方法を思いついた。話が通じる相手かもしれないと思いかけていたので、多少は良心の呵責があるが遠慮する余裕はない。




