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暗がりに鬼を繋ぐ  作者: 紬希
39/40

第39話







 ───






 ──────……






「アサ!」


 飛び込んだ先は、闇の狭間……そこに、ポツンとアサは佇んでいた。


「……マオ、来たらあかんよ」

「アサ?」


 アサだと思うのに、そこに立っているのは高校生の真緒梨と同じくらいの歳の女性。


「うん、私やよ。ごめんな、マオから生気もらったでちょっとだけやけど成長出来たんや」

「そうなんだ……アサ、美人だね」


 幼子の時も白い肌に大きな瞳だったが、成長した姿もその特徴は顕著だった。


「マオ、怒ってへんの? 私が生気吸ったでマオは苦しいし、狙われたんやよ」


 アサは言い辛そうに、少し目を伏せながら真緒梨に訊く。


「別に怒ってないよ。狙われてもアサは助けてくれたじゃん」

「うん……夢中で取り込んだけど、マオが怪我してまった。それに結局途中で暴走してまったし。水瀬の、あの奥様見たら止められへんかった……」


 辛そうに、眉根を寄せる。握り込んだ拳は震えていた。


「あれはアサに酷いことした人じゃないよ。もうアサに酷いことする人は居ないから」


 老僧から聴いた過去世は忘れていない。アサの哀しく、苦しい生き様。アサの拳に手を添える。狭間の時と同じ、冷たい手……凍えた身体。


 ───死に属している者の、身体……


「うん……マオ、もうあかんよ。もう還って」

「アサ……」


 自身の手を握る真緒梨の手を見つめる。


「ありがとう。マオのお陰で遊べたし、水瀬の人に一太刀は浴びせれたし……もう、終わりにする」

「アサ!」


 アサの言葉を、茫然と聴いた。


「マオのお陰。私初めて成長出来たんや。私がやってきたこと、初めて判った……私はもうここに()ってはいかん」

「……」


 それを、望んできた。そのために、真緒梨は慈晏や里沙と戦ってきた。けれど───けれど!


「ほら、見える? マオのお母さん。あんなに泣いとる。もう還って」

「アサ」


 アサが指差した先。ぼんやりと不透明に透けて光り、その中で母が号泣している。真緒梨の力の抜けた……魂の抜けた身体を抱き締めて、名前を叫んでいる。


「マオのお母さん、マオと繋がりながら私も感じとってん。今までは判らへんかったけど、マオの脚にお母さんが触る(たんび)に、この(ぬく)といの何やろう? 何で私が弾かれんのやろう? って思っとったの。お母さんがマオを想う気持ちやったんやね」

「アサ……」


 穏やかに、アサが微笑む。そこに哀しさは感じられない。


「私にもお母さんが居るんやよね。そんなことすら忘れとった」

「アサのお母さん、アサのこと凄く心配してたって……」

「うん……」


 お互い、繋いだ手を見る。見た目は全く変わらない、同じくらいの歳の手。けれど、片方は()()。もう片方は───()()の手。肉体は既に()ち果てて、輪廻に組み込まれているはずの魂。(ことわり)に反している咎人(とがびと)───


 温もりなど、欠片も持ちようがない。


 本来なら、触れ合いなどなかったはず。判っている。引き留めるつもりはない。引き留めてはいけない。判っているのに、この手を離せない!


 真緒梨の両目から大粒の涙が溢れた。頬から流れた涙は顎を伝い、握り合った手に落ちる。


(ぬく)といなぁ……マオは。涙も、焼けそうに温といわ」

「アサ……」


 しみじみと呟いたアサの目には、何の揺らぎも映っていない。キヨを見据えた時のように、憎しみを閉じ込めたような激しい感情はない。怒りや憎しみは、昇華されたということだろうか。


「マオは(なん)もかんも温いわ。ありがとうな、マオ。マオと逢えて良かったわ。憎しみのまんま暴走しんでよかった……」


 穏やかな笑み。凪いだ目には、真緒梨に対する暖かい感情が浮かんでいる。


「お母さんは死んでまった。水瀬の奥様を恨んだ……憎んだ。やけど……私がやってきたことも、やったらいかんことやった」

「アサ」

「私はずっと水瀬の子らに取り憑いてここに引き摺り込んどった……犬や猫みたいに、生気を奪っとった。マオからもらったみたいに……」

「……うん」

「何をやっとるか、自分で判ってへんかった……何百人に取り憑いたか……ッ!」


 アサの手が、真緒梨の手をギュッと握り締めた。凍えた手は震えている。アサの赦されざる罪───


 アサも、虐げられていた。幸福(しあわせ)を感じたことのない生だった。消せない過去───消えない罪業。輪廻の枠組みには……戻れない。手が身体が震えている。けれど涙は見せなかった。握っていた真緒梨の手をゆっくり(ほど)く。


「……()が見えとるうちに、いくわ」

「アサ!」


 アサは顔を上げて、迷いは見せずにそう言い切った。()()、という言葉に籠められたもの───


「あの人たちが、私のために開いてくれた道や。ありがとうって言うといてくれる?」

「アサ……」

「ちゃんと償ってくる。どんくらいになるか判らへんけど、やってくる……すごく(えらい)怖いけどな。次にいつ命をもらえるか判らん……いつ人に産まれれるかも判らん。やけど……お母さんが居ってくれるで」


 そう言ったアサの目線が、宙に向けられる。そこには、何かキラキラしたもの……


「……? アサの周り、何か光ってる?」

「うん、私のお母さん。()()()()になってても、ずーっと見とってくれとったみたい。私、そんなことも判らへんかった」


 綺麗な(きら)めきは、愛しい我が子を慈しむよう───……やっと逢えた(ヤエ)(アサ)の、悲願の邂逅だった。


「アサを迎えにきてくれたんだね……」

「うん。やから、マオはもう還って」


 ヤエの化身の光りが強くなる。光りに包まれて、アサの輪郭が朧気になる。やがてそれは、見ていられないほどの毅い光明(こうみょう)になった。






「アサ。アサ?」






「マオ」






「アサ……何か声が小さいよ。聞こえないよ!」






「もう逝くな。遊んでくれてありがとうな。名前呼んでくれてありがとう! 怖い思いさせてごめんな!」






「アサ! 聞こえない!」






「マオ! ありがとう! 大好きやで!」






「アサ!!」






「アサ──────ッ!!」






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