第39話
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──────……
「アサ!」
飛び込んだ先は、闇の狭間……そこに、ポツンとアサは佇んでいた。
「……マオ、来たらあかんよ」
「アサ?」
アサだと思うのに、そこに立っているのは高校生の真緒梨と同じくらいの歳の女性。
「うん、私やよ。ごめんな、マオから生気もらったでちょっとだけやけど成長出来たんや」
「そうなんだ……アサ、美人だね」
幼子の時も白い肌に大きな瞳だったが、成長した姿もその特徴は顕著だった。
「マオ、怒ってへんの? 私が生気吸ったでマオは苦しいし、狙われたんやよ」
アサは言い辛そうに、少し目を伏せながら真緒梨に訊く。
「別に怒ってないよ。狙われてもアサは助けてくれたじゃん」
「うん……夢中で取り込んだけど、マオが怪我してまった。それに結局途中で暴走してまったし。水瀬の、あの奥様見たら止められへんかった……」
辛そうに、眉根を寄せる。握り込んだ拳は震えていた。
「あれはアサに酷いことした人じゃないよ。もうアサに酷いことする人は居ないから」
老僧から聴いた過去世は忘れていない。アサの哀しく、苦しい生き様。アサの拳に手を添える。狭間の時と同じ、冷たい手……凍えた身体。
───死に属している者の、身体……
「うん……マオ、もうあかんよ。もう還って」
「アサ……」
自身の手を握る真緒梨の手を見つめる。
「ありがとう。マオのお陰で遊べたし、水瀬の人に一太刀は浴びせれたし……もう、終わりにする」
「アサ!」
アサの言葉を、茫然と聴いた。
「マオのお陰。私初めて成長出来たんや。私がやってきたこと、初めて判った……私はもうここに居ってはいかん」
「……」
それを、望んできた。そのために、真緒梨は慈晏や里沙と戦ってきた。けれど───けれど!
「ほら、見える? マオのお母さん。あんなに泣いとる。もう還って」
「アサ」
アサが指差した先。ぼんやりと不透明に透けて光り、その中で母が号泣している。真緒梨の力の抜けた……魂の抜けた身体を抱き締めて、名前を叫んでいる。
「マオのお母さん、マオと繋がりながら私も感じとってん。今までは判らへんかったけど、マオの脚にお母さんが触る度に、この温といの何やろう? 何で私が弾かれんのやろう? って思っとったの。お母さんがマオを想う気持ちやったんやね」
「アサ……」
穏やかに、アサが微笑む。そこに哀しさは感じられない。
「私にもお母さんが居るんやよね。そんなことすら忘れとった」
「アサのお母さん、アサのこと凄く心配してたって……」
「うん……」
お互い、繋いだ手を見る。見た目は全く変わらない、同じくらいの歳の手。けれど、片方は生者。もう片方は───亡者の手。肉体は既に朽ち果てて、輪廻に組み込まれているはずの魂。理に反している咎人───
温もりなど、欠片も持ちようがない。
本来なら、触れ合いなどなかったはず。判っている。引き留めるつもりはない。引き留めてはいけない。判っているのに、この手を離せない!
真緒梨の両目から大粒の涙が溢れた。頬から流れた涙は顎を伝い、握り合った手に落ちる。
「温といなぁ……マオは。涙も、焼けそうに温といわ」
「アサ……」
しみじみと呟いたアサの目には、何の揺らぎも映っていない。キヨを見据えた時のように、憎しみを閉じ込めたような激しい感情はない。怒りや憎しみは、昇華されたということだろうか。
「マオは何もかんも温いわ。ありがとうな、マオ。マオと逢えて良かったわ。憎しみのまんま暴走しんでよかった……」
穏やかな笑み。凪いだ目には、真緒梨に対する暖かい感情が浮かんでいる。
「お母さんは死んでまった。水瀬の奥様を恨んだ……憎んだ。やけど……私がやってきたことも、やったらいかんことやった」
「アサ」
「私はずっと水瀬の子らに取り憑いてここに引き摺り込んどった……犬や猫みたいに、生気を奪っとった。マオからもらったみたいに……」
「……うん」
「何をやっとるか、自分で判ってへんかった……何百人に取り憑いたか……ッ!」
アサの手が、真緒梨の手をギュッと握り締めた。凍えた手は震えている。アサの赦されざる罪───
アサも、虐げられていた。幸福を感じたことのない生だった。消せない過去───消えない罪業。輪廻の枠組みには……戻れない。手が身体が震えている。けれど涙は見せなかった。握っていた真緒梨の手をゆっくり解く。
「……道が見えとるうちに、いくわ」
「アサ!」
アサは顔を上げて、迷いは見せずにそう言い切った。いく、という言葉に籠められたもの───
「あの人たちが、私のために開いてくれた道や。ありがとうって言うといてくれる?」
「アサ……」
「ちゃんと償ってくる。どんくらいになるか判らへんけど、やってくる……すごく怖いけどな。次にいつ命をもらえるか判らん……いつ人に産まれれるかも判らん。やけど……お母さんが居ってくれるで」
そう言ったアサの目線が、宙に向けられる。そこには、何かキラキラしたもの……
「……? アサの周り、何か光ってる?」
「うん、私のお母さん。こんな風になってても、ずーっと見とってくれとったみたい。私、そんなことも判らへんかった」
綺麗な煌めきは、愛しい我が子を慈しむよう───……やっと逢えた母と娘の、悲願の邂逅だった。
「アサを迎えにきてくれたんだね……」
「うん。やから、マオはもう還って」
ヤエの化身の光りが強くなる。光りに包まれて、アサの輪郭が朧気になる。やがてそれは、見ていられないほどの毅い光明になった。
「アサ。アサ?」
「マオ」
「アサ……何か声が小さいよ。聞こえないよ!」
「もう逝くな。遊んでくれてありがとうな。名前呼んでくれてありがとう! 怖い思いさせてごめんな!」
「アサ! 聞こえない!」
「マオ! ありがとう! 大好きやで!」
「アサ!!」
「アサ──────ッ!!」




