第36話
「マオ、お手玉しよ」
花冠、花の首飾り、花の指輪、花飾り───色々作ったが、次は何を作ろうか、さすがにネタが尽きてきた。
「お手玉?」
「うん。知らん?」
「うん、やったことない」
「んなら一緒にやろ。アサもいつも水瀬の子らがやっとるの見とったで」
「そうなの? みんなと一緒にあそばなかったの?」
「うん。だからアサは鬼子やで」
アサが時々言うこの言葉の意味がよく判らない。
「鬼子ってなに? あそぶの駄目だったの?」
「うん。でもずっと見とったでやり方は知っとるで。ほら、こういうのでポンポンするんや」
アサが懐から取り出したのは、白くて小さな塊。それをふたつ、三つ出して器用にポンポンと打ち上げる。何気なく見ていた真緒梨は驚愕した。
「ちょ……アサ! それ何!?」
何? と訊きながら答えはとっくに判っている。
「これ? さっきマオが教えてくれたねこや。ねこの頭」
「ひッ!」
怖がることなく、気味悪がることなく。悪びれることなく、アサが笑顔で告げる。アサの笑顔と、その手の中の猫の頭……頭蓋骨が酷く恐ろしい。
「ここに来るねこやいぬ、そのうち動かんくなるんや。まぁアサがもらっとるでやけど。んで、ほっとくと溶けて白くなるんや。白いの固いで、落としてもあんまりこわれへん。頭の部分だけ取っといてあそぶんや」
「や、やだ……」
怖い。怖い、怖い、怖い! そんなことを言うアサが。こんなことをするアサが!
一緒に楽しく遊んでいたアサがこんなことをするとは信じられなくて、信じたくなくて。本能的に感じる怖れ。感情がぐちゃぐちゃになって、涙が溢れる。
「マオの分もあるで。いぬはちょっと大きいけど、ねこはやりやすいで。ほら、こうやって……」
「嫌ッ!」
真緒梨に持たせようとしたそれを、アサの手から叩き落とす。
「マオ?」
「アサッ! こんな怖いことしちゃ駄目ッ! 猫たちも可哀想だよッ!」
「かわいそう?」
アサは訳が判らないというような顔で真緒梨を見る。
「犬や猫でも死んじゃったらちゃんとお墓に埋めてあげないといけないんだよ。そんな風にあそんじゃ駄目なの!」
桜庭の祖父母と母の受け売りだが、死んだもので遊ぶという禁忌は理解していた。
「おはか?」
「死んだらみんなお墓に入るんだよ。お母さんが教えてくれた」
犬や猫ではないが、桜庭の祖父母の家では金魚を飼っている。真緒梨は以前、死んだ金魚を祖父母と一緒に庭に埋めた。死んだものは、土に埋めて土に還る。命の輪廻。
「……」
「アサ?」
アサは両手に猫の頭蓋骨を持ったまま、それに視線を落としている。
「……マオは色んなこと知っとるんやなぁ。アサ、そんなことよぅ知らん……」
ポツリと呟いた声は、とても淋しげだった。
「あたしも色々お母さんに教えてもらったんだよ。アサも知らないことは教えてもらえばいいんだよ」
「……おかあさん」
やったらいけないということを、アサは知らなかったんだ。それにここにはお母さんが居ない。だから判らなかったんだ。真緒梨はそう解釈した。
「アサ、迷子になっちゃってたんだっけ。お母さんも迷子になってるのかな。早く迎えに来てくれるといいね」
言いながら周りを見回す。自分のお母さんもどこだろう?
「……でも、アサ悪い子やで、お母さんもきてくれへんかもしれん」
「アサのどこが悪い子なの? それに、お母さんは世界で一番の味方なんだよ!」
「みかた?」
「一番大好きって言ってくれる人だよ」
「アサにも?」
「うん。アサのお母さんもぜったいにそうだよ」
お母さん、早く会いたいな。お母さん、心配してないかな。お母さん、泣いてないかな───
空には鳴かない烏……全く生気のない犬と猫。花畑に埋もれていて気付かなかった。気が付いた時には、もう既に咬まれていた。
「アサ! アサ! 嫌だ、取って!」
猫擬きが、虚ろな目をこれでもかというほど見開き、真緒梨の腕に牙を立てる。引き剥がそうとしてもびくともしない。
「マオ、落ちついて! 取るからじっとしてや」
「やだあぁぁ!」
真緒梨の力では全く緩まなかった猫の牙が、アサが頭を掴むとスルリと抜けた。
「ほら、大丈夫や。取れたで」
腕には突き立てられた牙の跡が残る。
「何で? 何で急にこの猫たちひどいことするの?」
痛みに顔を歪ませ、ボロボロと涙を溢す。
「わからん。アサには一度もこんなことしぃへんのに」
「痛いよ……」
アサの手の中で押さえられていた猫が、アサの言葉を遮るようにまた真緒梨に飛び掛かる。犬まで加勢した。
「やだ、来ないで! アサ! 助けて!」
「マオ! あかん! マオにひどいことしたらあかん!」
「アサ!」
「大丈夫や、マオ。アサがおるで!」
アサが叫んだ瞬間、アサから黒い何かが吹き出した。その黒い何かに取り込まれた刹那、犬猫たちが消える。あとには何も残らなかった。
「……今の、何? アサ何したの?」
一瞬痛みも忘れて呆ける。
「アサがやっつけた。マオに意地悪してひどいことするで」
「そんなこと出来るの?」
ここは全て自分の思い通りに出来ると言う。実際にアサは思い通りに……真緒梨の望む通りにしてくれている。犬や猫を瞬時に消してしまう力。アサは、とても強いんだ。
「ちょっと疲れたけど……マオのことは大事やもん。血ぃ出てまったな。痛ない?」
眉をハの字に寄せて、真緒梨の腕の具合を見る。
「うん、痛いけど……あたしのことが大事?」
「うん、そや。今まではだれもアサとあそんでくれへんかった。色んな名前教えてくれたり、お花でかんむり作ったりしてくれたのマオだけや。したらいかんことも教えてくれたのもな。あんな風に笑ったのもはじめてやったんやで?」
そう言って、アサはにっこりと笑う。その笑顔を見て、真緒梨も嬉しくなった。自分の言葉はちゃんと伝わっていた。やっぱりアサは知らないだけだったんだ。
「ありがと……アサとは友だちだもん」
「友だち?」
「うん。今も助けてくれたし、友だちだよ。友だちって大事に思う人のことだよ」
「友だち……」
真緒梨の言葉を聞いて、アサは茫然とした体で立ち竦む。
「アサ?」
「マオ……マオは、アサを大事やって思ってくれるん?」
「うん! そうだよ」
笑顔で断言した。立ち竦んでしまったアサの手を引いて、花畑の中に座り込む。その時に感じた異常。
「うわ、アサの手、すごく冷たいね。寒いの?」
「うぅん、アサは……」
アサの手は凄く冷たい。冷えているとか、そんなレベルではない。凍えている。
「手、つなご。少しは暖まるよ」
「……」
自身の手と絡める。両手でアサの両手を包んで息を吹き掛けた。
「どう? ちょっとは暖かい?」
「うん……ありがとう、マオ。マオの手ぇ温といな」
「さっきからずっとポカポカしてるの。アサ? 泣いてるの?」
ふと気付くと、アサの頬は涙で濡れていた。
「うん、嬉しい……ごめんな、マオ」
「何で謝るの? ふふ、アサは泣き虫だなぁ。ねぇ、こんなところにひとりでいるの淋しいよ。あたしと一緒に行こ?」
真緒梨がそう提案すると、アサは酷く驚いた。
「……いいんか?」
「うん、行こ? あたしだったらこんなところにひとりでいるの嫌だもん」
アサが震える。
「まだ寒い?」
「うぅん……嬉しい。今までだれもそんなこと言ってくれへんかった。やから、嬉しくて……」
そう言って泣くアサはとても可愛くて。同じ歳くらいに感じていたが、とても小さな女の子のように感じた。頭をポンポンと撫でてあげようと、腕を上げようとした時───
「……う」
酷く、苦しくなった。猫に咬み付かれていない方の腕も、異様に重い。身体が怠い。
「マオ? どしたん?」
「……うん、何かね。ちょっと……苦しい。何だろ……」
喋るのも億劫だ。
「苦しいん?」
「うん……苦しいし……寒い」
さっきまでのアサと同じくらいに体温が下がる。
「ごめん……マオ、アサのせいや。楽しくって忘れてまっとった」
「何が? アサのせいって、アサはあたしを守ってくれたじゃん」
元々白い肌をしていたアサが、それ以上に青冷めた顔で焦っている。
「うん、でもな……ここでこうやってあそべるの、マオの生気もらっとるからなんや……」
「生気?」
「アサだけではこんなによぅ動けれへん。今までもそうしてきたんや。水瀬の子らの生気もらっとった。あとねこやいぬとかからも……」
「生気ってなくなるとどうなるの?」
「動けれへんようになる」
「うーん、動けないのはやだなぁ……」
生気、という言葉は初めて聞いたがよく判らない。判らないが、動けなくなるのは嫌だ。
「ごめんな、アサも嫌や。マオには元気でおってほしい。アサのはじめての友だちやし」
「そうだよ、友だちだよ。でも、ごめん……アサ。寒い……寒い。何か、すごく眠い……」
寒くて震えて、酷く眠い。花畑の中に寝転がる。
「ごめんな、マオ。眠ってええで。ここはアサがおるから。またねこたち来ても追い払ったる。アサがおるから、怖ないでな」
「……うん」
アサの手が真緒梨の頭を撫でる。さっき暖まったかと思った手は、やはり冷たい。それでも───アサの心を感じた。
アサが真緒梨を気遣ってくれている。真緒梨のために、頭を撫でてくれている。その心が、それが嬉しくて。
真緒梨は安心して目蓋を閉じて……意識を、手離した。
───
──────……




