第35話
「あ」
「アサ? どうしたの?」
「ほらマオ、見てみ」
アサがそう呟いて、指差した先に居たもの。
「え、何? 猫?」
どこから来たんだろう? そういえば、こんなにたくさん花が咲いているのに、虫の一匹も居ない。なのに、この猫はどこから?
「これ、ねこって言うん? 時々こういうのくるで、そういうの捕まえてあそぶんや」
「どうやってきたの? その猫」
「さぁ? アサは知らん。でも時々くるで。もうちょっと大きくて形がちがうのもくるし」
「ふぅん……」
「マオもさわる?」
猫はもう大人なのか、両手でないと抱けそうにないサイズだ。
「じゃあ、ちょっとだけ……!? 嫌だ!」
真緒梨が猫の毛並みに触れた瞬間、猫の身体が変化する。
「マオ?」
「やだ、何これ!? アサ、取って!」
普通の猫なら有り得ない変異。猫の横腹から無数の脚が生えていた。
「マオ、どーしたん? それそういうヤツやで。知らんの?」
「猫がこんな足になるわけないじゃん! やだ、取ってよ!」
その脚で真緒梨の腕を這ってくる。重くて、気持ち悪くて、パニックになる。
「こういう足やないの? はい、取ったで」
アサは平然としている。
「何で猫の足がクモみたいな足になるの? 気持ち悪い。顔もすごく怖い。血出てるじゃん」
よく見てみると、猫……猫擬きの身体は血だらけだ。どこで負った傷なのか、ぱっくりと開いた傷が生々しい。
「あ、ほら。もうひとつきた。大きくて形のちがうヤツ。これも名前ある?」
「……それは、犬だよ」
またこれもどこから来たのか、猫擬きよりも一回り身体の大きい犬……犬擬き。
「いぬ。そんな名前なんや」
「アサ……知らないの?」
「ここで初めて見たんや。クモとかゲジとか他の虫は見たことあるけど。お屋敷ン中には居らんかったし、アサはお屋敷から出してもらったことないもん」
アサの言うことは、時々理解出来ない。
「お屋敷ってお家のこと? アサお家から出れなかったの? 何で?」
「アサは悪い子やで。あ、アレは? 空とんどるヤツ」
アサが指差す先には、空を飛ぶ姿。
「鳥……真っ黒だからカラスかな」
「ふーん、からす。みんな名前があるんやな」
───何か、奇怪しい。
「……からす。からす。どっかで聞いた気ィする。からす。からす……」
「お母さんから聞いたんじゃないの?」
「そうなんかな……アサのお母さん?」
烏だと思ったのに、鳴き声ひとつ立てない。猫も、あんなに怪我しているのにそれを庇うこともしない。横腹から生えている脚も気味悪い動きをしている。犬を見てみると、こちらも目が無かった。なのに平然と歩いている。
───ここは、何か奇怪しい。花がカサリと動いたと思ったら、そこには……
「やだ、クモがいる!」
真緒梨の広げた手の平より大きい、黒々とした蜘蛛。気が付くと、それが2匹、3匹と……
「マオ、怖がらんでも何にもせぇへんよ」
そう言うアサの手の上に這う蜘蛛。
「怖いよ! すごく大きい! やだ、ムカデまでいるじゃん! 刺されたら大変だよ!」
長く、黒々とした身体をうねらせて、たくさんの脚で這い回る。
「ムカデ……その名前どっかで聞いたな。だれに聞いたんやっけ」
「もうやだ! どっか行ってよ!」
涙目で追い払おうとする真緒梨を落ち着かせようとするように、アサは笑い掛ける。
「大丈夫やって、マオ。時々な、こういうのと一緒に違うところに行くんや。お屋敷の上の方に行けるん。そっからマオのことも見たんやで」
「え、どういうこと?」
「え? 一緒にあそびたいなぁって思ったんや。アサはいつもそうして見とるん。やで見失わんように目印つけたんや」
アサの言うことは、あんまりよく判らない。目印とは何なんだろう。お母さんなら判るだろうか。
「……あそぶのはいいけど、その怖い猫とか犬は嫌だ。虫も嫌」
今までの真緒梨が知っている猫や犬とは違う。飛び掛かってくるような狂暴さはなさそうだが、とにかく不気味だった。
「うん、わかった。んならちがうことしてあそぼう。また追いかけっこする? かくれんぼ?」
「走るのはまだむり。何かすごくだるいんだもん。座ってたいよ」
座って花遊びしていても、なかなか体力は回復しない。身体は怠いままだ。
「あ、お花のかんむり壊れてまった……」
「それぐらいならすぐ直せるよ。首かざりも一緒に作ろうか」
「うん」
虫はアサが追い払ってくれた。花畑の中に座り込んでまた花と戯れる。
「ほら、さっきより可愛く出来た」
「ほんとや。お花ってきれいなんやな。今までこんな風にあそべるなんて知らんかったわ」
眩しそうに花冠を持ち上げながらアサが感嘆する。
「お花であそんだことないの?」
「うん。アサのしごといっぱいあったし。しごと出来んとご飯もらえへんかったで、全然あそべへんかった。ここに水瀬の子ら呼んでも泣いてばっかでちっともあそんでくれへんかったし」
「最初にあの顔見せたの? あの血出てる顔」
「うん」
最初のあの顔を思い出して、真緒梨はブルリと震える。あんな顔を見るのは二度とご免だった。
「だったら泣くよ。すっごく怖かったもん」
今まで、あんな怖いものを見たことはない。
「そっか。面白い顔したら笑うかなって思ったんやけど、それがあかんかった?」
「あれじゃ笑えないよ! 笑うならこういう顔だよ、ほら」
自分の言葉に項垂れるアサが何だか可憐らしくて、真緒梨は思いっきり変な顔をしてみる。
「あはは! マオすごい顔!」
真緒梨を見た瞬間、弾けるようにアサが笑った。その反応に嬉しくなる。
「ほらー、笑えるでしょ?」
「あははは! アサな、今いちばん楽しい!」
奇怪しいと思う気持ちは、どこかに行った。




