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暗がりに鬼を繋ぐ  作者: 紬希
13/40

第13話


 その日の夜、真緒梨は母と伯母と枕を並べて眠ることにした。伯母は祖父母に散々こき使われていた。伯母も言われっぱなしではないので、すぐに口論になっていた。祖父母の言葉は酷く汚い。


「ごめんね。里沙さん、真緒梨ちゃん」


 結局、祖母から昔の話を聞き出すことは出来なかった。


「伯母さんが謝ることじゃないですよ」

「ウチの母、昔からああで……人のこと考えられないのよね。それで里沙さんにも随分嫌な思いさせちゃって。本当にごめんなさい」

「お義姉さん、もう済んだことですよ」

「ありがとう……そう言ってもらえると、気持ちが楽になるわ」


 自身も嫌な思いをしているだろうに、真緒梨と里沙を気遣ってくれる。あの祖母とこの伯母に、母子の血の繋がりがあるという現実が不思議なほどだった。弥生は鞄の中から何か白い物を取り出した。


「ちょっと蒲団敷くの待ってね」


 見ていると、部屋の中にパラパラとそれを撒き始めた。


「……(はら)(たま)え (きよ)(たま)え (まも)(たま)え 御祓給(みそぎたま)え 六根清浄(ろっこんしょうじょう)


「伯母さん、それは……?」

「これね、赤穂(あこう)天塩(あまじお)

「?」


 真緒梨と里沙は顔を見合わせる。おおよそ部屋中に塩を撒き終わった弥生は、掃除機を出してきて、今度はそれを吸い始めた。


「祓い給え 清め給え 守り給え 御祓給え 六根清浄」


 何度も唱える伯母の声に、何か心地好さを感じる。最後に白い器に大きく盛り塩をして、部屋の四隅に置いた。


「お待たせ」

「伯母さん……これって、何かお(はら)い?」

「そんなに大したものではないんだけどね、気が済むって言うか……何か変な感じになった時はこれをやってるの」


 弥生も何かを感じるのだろうか?


「本当は玄関も廊下も全部やりたいんだけどね……母があんなだから、取り敢えずこの部屋だけでもね」


 少し、部屋の空気の明るさが増した気がした。


「私もね、時々何か変な感じがしていた時があるの」


 3組敷いた蒲団の上に座り、弥生の話を聞く。


「初めにこの家の(いわ)れについて聞かされた時は何も感じなかったけど、11歳になってここに戻ってきた時から……何て言うかね、ザワザワする時が増えたの」


 あの(いや)な感じを、弥生も味わっていたのだろうか。


「誰かに見られているような……自分の周りに何か張り巡らされているような、凄く厭な感じになった時もあったわ。金縛りも遭った。弟は何にも感じてなかったみたいだけど。だからお寺の住職さんに部屋を清める方法を教えてもらったの。気になる時はいつもやってる。効果があるかどうかは判らないけど、やらないより気持ちがマシだからね」


 結界、みたいなものを張るということなのだろうか。ならば、この部屋は安全? あの黒い影や蟲たちはこない?


「母に相談しても無駄だった……あの人は目に見えないものは信じない。うぅん、自分が信じたいものしか信じない。それに、周りの人間を思い通りに動かさないと気が済まない(たち)よ。私もどれほど振り回されたことか……だからとにかく、早くこの家から出たかった」


 弥生は口を(つぐ)み、頭を軽く振った。


「ごめんなさい、愚痴っちゃった。真緒梨ちゃん。私は何か見えるわけじゃないけど、真緒梨ちゃんも多分、何か感じてるのよね?」


 弥生の言葉に真緒梨は無言で頷いた。


「こないだの真緒梨ちゃんの様子は只事(ただごと)じゃなかったし、この家の謂れも普通に考えておかしいわ。昔はそりゃ子供は育ちにくかったと思うわよ。だから7歳までは神の子として育ててたんでしょうし。でもいつの時代って話よ。時代錯誤もいいとこだわ。医療レベルだって格段に違うし、家に居るから死ぬなんて、そんな迷信頭から信じられるわけないわ」


 真緒梨と里沙の心の声を、弥生が代弁してくれているようだ。


「何も信じないくせに、水瀬の家は昔からこうだって言って、何も考えてないんだから……」


 あの祖父母にとって、家が───家だけが、拠り所なのだろうか。


「明日、住職さんに会ってみない? 昔のことは水瀬の人間より知ってるかもしれない。母は頼りにならないし」

「お願いします!」


 弥生の提案に、是が非でも。事情を知っている人と話をして、少し先が明るくなった気がした。


 だから。


 弥生と話をして、真緒梨は少し落ち着いた。そして母と伯母に両隣を囲まれて安心していた。だから、水瀬家に居るというのに熟睡することが出来た。ここしばらくゆっくり眠れなかったのだから、真緒梨も里沙も深い眠りの中に入っている。




 ───




 ──────……




 水瀬家に、そろそろと近付く()()───


 家の空気は冷えて、身体に纏わり憑くような粘り気を帯びる。


 ズル……ズル、ズ……ズ……


 ガリガリ……ガリガリ……ガリ……ガリ


 大気中から、土の中から───悪意を持ったものたちが、(つど)い始める。シン、と静まった家の中。和室の中には3人の寝息が落ちている。


 ズ……ズズ……


 カサカサ……カサカサ……


 何かに導かれるように、真緒梨が居る部屋に向かう。()()は真緒梨を「真緒梨」として認識しているわけではない。ただただ、求める、取り込む「もの」として狙っていた。他はない。玄関も、部屋の敷居も、それには何ら障害にならない。


 ズズ……ズ……ズ……


 ガサガサガサガサガサガサガサガサガサ


 部屋を区切る襖も関係なしに、黒い触手を伸ばす。その先が、弾かれたように拒絶された。




 ぎいいぃぃいいいいい……




 求める「真緒梨(もの)」はすぐそこに居るのに……


 歯軋りにも似た音が漏れる。何度触手を伸ばしても弾かれる。黒い影に怒りに似た感情が生まれた。正確には、黒い影の中に居る()()()()に生まれた感情だ。




 ぎぃ……




 ああぁぅぅぅぅう─────────




 邪魔をされたことなどないのに。望めば、いつでも望む場所に行けるはずなのに! 遮るなんて許さない!


 黒い、蜘蛛の触手を拳のように振り上げて、襖に叩き落とした。




 おおおぉぉああああああああああああ!






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