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暗がりに鬼を繋ぐ  作者: 紬希
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第1章 始まりの悪夢


 暗い、(くら)い───冷たい、闇の中……


 ここはいやや……だれか助けて


 だれでもええ……だれか助けて


 わたしの声を聞いて


 わたしを───見つけて


 ……お母さん


 お母さんに会いたい


 お母さんにだっこしてもらいたい


 みんなはお母さんに会えてずるい


 ずるいずるいずるいずるい


 お母さんに会いたい!


 お母さん




 オ カ ア サ ン───




 どうしてわたしはお母さんに会えへんの?




 お母さんはどこにおるん?




 どうしてお母さんはわたしのそばにおらへんの?




 だれがおってくれれば淋しくない?




 だれをよべばええ?




 オ カ ア サ ン




 オ  カ  ア  サ  ン───……






   * * * *






「───あれ?」

「どうしたの? 圭介(けいすけ)


 夜の薄暗い車の中、組んでいた足に見付けた小さな異変。


「気のせいか? オレ、こんなとこに痣あったっけ?」

「どこ?」

「ここ。足首んとこ」

「車の中じゃ暗くて判らないわよ。帰ったらよく見せて」


 母親が助手席から後部座席を覗き込むようにして告げる。


「おい、圭佑。車の中で足を上げるな」


 運転席の父親は息子の身体の異変に興味はないようだ。


「何だよ、親父。今気が付いたんだから仕方ないだろ」

「……全く。お前は親の言うことを一度も素直に聞いたことがないな」

「はあ?」


 互いに一言言えば余計な言葉がついてくる。高校生にもなった息子と父親との関係はどこもそんなものだろうか。


「ちょっと、止めてよ。車の中よ」

「何か言ったか、圭佑」


 息子に甘い母親が仲裁に入るが、狭い密室空間には既に怒りの感情が溜まっていった。


「親だからって偉そうにすんなよな」


 子どもを抜けて大人になりつつある年頃の特有さで、素直になれることはない。


「何だと! お前、せっかく久し振りに外食に連れて行ってやったのに、何だその態度は!」

「たかが飯行っただけで恩着せがましい言い方だな」


 親に依存して暮らしていることは判っているが、面と向かってそんなことを言われれば面白くない。


「ちょっと貴士(たかし)! ふたりともすぐ喧嘩腰になるの止めてよ」


 美味しい食事をしたあとの満足感はどこかに吹き飛んでしまった。


「ん? 何だ、これ……」

「また何か見付けたの?」

「違ぇよ……何だよ、これ」


 目の前にふわふわと漂う黒い何か。糸のような、肌に纏わりつく何か。


「どれ?」

「これだよ! 目の前にあるじゃん! これ何だよ!」

「うるさい! 車の中で騒ぐな!」


 苛立ちを隠すことなく、父親が怒鳴る。息子の異変を気に掛ける素振りはない。


「ちょっとあなた、いちいち怒鳴らないでよ。圭佑、これってどれ?」


 そんな自分の夫の態度に、妻は何度目かの落胆をつきながら息子を宥めるように声を掛ける。


「これだよ、これ! 何だよ、これ! 気持ち悪ぃッ!」

「何にもないわよ」

「何でだよッ! これ! これだよ! うわ、動いたッ!」

「何もないわよ。どうしたって言うの?」


 小さな子どものように癇癪を起こしたような、パニックを起こしたような息子の様子に少し焦りを感じながら、努めて普通の声を出す。息子の様子がいつもと違うことを感じていた。


「ん? 何だこれ……」

「ちょっと貴士。あなたまで言い出すの?」

「違う。ほら、何か黒いのがハンドルに絡み付いて……」


 そう言いながら顔色を変えて訴えてくる夫の手元を見るが、いつものハンドルと何ら変わりはない。


「何もないわよ。何よ、ふたりとも。ふざけてるの?」

「ふざけてなんかねぇよッ! 何だよ、これッ! ネバネバして気持ち悪ぃッ!」

「や、ヤバい……」

「ちょっと、取ってくれよッ!」

「車の中じゃどうしようもないでしょ。帰ったらよく見てあげるから」


 絶えず喧嘩ばかりしているくせにそっくりなふたりに、半ば呆れる。こんなところだけ息ぴったりなんて。


「ううわわわわわ……」

「? ちょっと、あなた。スピード出し過ぎじゃない?」

「オレじゃないッ! この黒いのがアクセルに……ッ! ハンドルも動かないんだッ!」

「ちょ、ちょっと、そこまでしないでよッ! ふざけるにも程があるわよッ!」

「ふざけてないッ! ブレーキを踏めないんだッ!」


 脚だけでなく身体全体でブレーキを踏み締めているが、速度のついた鉄の塊は一向に主導権を握ることが出来ない。


「親父ッ! 車止めろよッ! この先カーブだろッ!?」

「やってるッ! やってるけど、脚が動かないんだッ!」


 血の気が失せる。いくら何でも悪質だ。命を危険に晒してまで悪ふざけをするなんて!


「ちょっとッ! ちょっと止めてよッ! いい加減にして、このままじゃ落ちちゃうぅッ!」

「うあああああッ!」

「母さんッ! 親父ッ! オレまだ死にたくねぇよッ!」

「いやよ、いやああああッ!」

「死にたくないぃぃッ!」




 ───始まりは、何処でも起こりうる事故。翌日の地方新聞の片隅に載るような。


 それが、総ての始まり。





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