胃痛持ちの国王陛下
「マ、あんまり気負うなよってことだ。万が一《賢者》を辞める時があっても、俺お前ら全員連れてくって決めてるし。お前らのことも受け入れてくれるお嫁さんを探すつもりだから」
ぽんぽん、と軽く肩を叩かれて、ラガルトは呆然とした。
「初耳ですが⋯⋯ ?」
「そうだっけか? でも、ついてくるだろ?」
さらりと言われて、言葉に詰まった。
《保管庫》に収蔵される呪剣は、国所有の呪具だ。
フィルデは、間違いなく契約を結んだ主人だが、あくまで管理者であり、所有者ではない。
どこに気持ちがあろうが、とっさに答えられるはずもなかった。
下手に答えれば、フィルデは本気でやる。
そういう人なのだ。
「⋯⋯ 私が、いては、見つかるものも見つからない、のではないでしょうか」
どうにか、絞り出した声で話題をずらすとフィルデは腕を組んで考え出した。
「ダメかなぁ。でも俺、今だって《保管庫》と身体の中、繋げてるから、どっちみち一緒だと思うんだよ」
そうだった、とラガルトは頭を抱えた。
(この方は、規格外だった)
《保管庫》の中にある呪具には、さまざまあり、ラガルトのように刺した対象から記憶を抜き取るだけの小さな力しか持たないものもあれば、広範囲を荒野に変えるものもある。
それらは、社会に出れば混乱を招く危険なものだ。同時に、切札として見ればこれほど強力なものはない。
ゆえに、国は《呪具》を破棄せず保管するのだし、複数の呪具を封印する《保管庫》は、国の内外を問わず常に狙われている。
《保管庫》の管理者となった歴代の《賢者》の呪術師たちは、伸ばされる不穏な手から自分の技術を全て注いで凡ゆる呪術を施し《保管庫》を守ってきた。
しかし、だからと言って自分の体と《保管庫》の内部を繋げてしまったのはフィルデだけだ。
フィルデがひょいひょい《保管庫》から呪具を召喚できるのもそのためである。
彼は自分自身の呪力回路を《保管庫》に施された術式に組み込んで『通路』と見做し、己の身体をまるごと《保管庫》に繋がるもう一つの扉にしてしまったのだ。
しかも、独断で。
フィルデ曰く「いやだって、絶対怒られると思って。どうせ怒られるならやっちゃってからの方がいいなって」
これを聞いた時、宰相はこめかみから血を吹き出して倒れ、国王は顔を覆って「お前って、ホント⋯⋯ ホントさぁ⋯⋯ 」と呻いていた。
ちなみにこれ、ラガルトがフィルデに初めて召喚された時に見た光景である。
フィルデは「ほらほら、こうやるといつでもどこでも取り出せて便利ー」と実際にやってみせ、『王宮で過労死しそうな人ランキング』万年一位と二位を本気の過労死寸前まで追い込んだ。
あの第三王女がやたらとフィルデに当たりが強いのはこの辺りに起因する。
彼女からしたらフィルデは、事情こそ伏せられていて知らないものの父親の胃に穴を開けた大罪人なのだ。
フィルデが、今も変わらず「寂しい寂しい」言いつつも呑気に《賢者》として生きていられるのは、あの時の二人が方々に根回ししてくれたおかげである。
その点について、ラガルトは申し訳なさと感謝しかない。
だってあの時はあまりの場面に、絶句するしかなかった。フィルデと契約したことを「早まったかもしれない」と剣の姿のまま震えたのは、後にも先にもあの一度きりだ。
フィルデは、震えるラガルトに「寒いのか?」と、見当違いの心配をしてくれた。
優しい。優しいけれど、そうじゃない。
どこの国のトップが「歩く人間兵器になっていいですか?」と聞かれ「いいよ!」なんて許可するだろうか。
怒られるだけで済むわけがない。
危険人物として即刻処刑されたっておかしくなかったのだ。
それでも、フィルデはなんでもないような顔をして呪具に笑う。
ーーいつかみんなで故郷の海を見に行こう。
曰く付きの呪具がぞろぞろ連れ立って物見遊山など、きっと人間からしたら悪夢だろう。国王と宰相は今度こそ来世に旅立ってしまうかもしれない。
けれど。
ラガルトや他の呪具たちは、夢物語だと思った。
フィルデが、あんまり無邪気に言うから、その綺麗な青い美しさを信じたくなってしまったのだ。
そもそも、《保管庫》の呪具全てと対話交渉し、契約を結ぶのだって正気の沙汰じゃない。思いついても絶対に実行しようとは思わないだろう。
意思を持っているとは言ってもほとんどの呪具は正気を失って怨嗟と悲嘆を吐き出すだけの状態だった。
呪具は、通常使用者から寿命など対価を強制的に取り立てることで能力を使うが、呪術師は、契約の際、呪具に刻まれた年月を自身に取り込み、曰くを解析することで、使用の対価とする。
ラガルトだけでも約六百年。
それを複数。
呪具全てを賄える呪力があったとしてもまともに向き合えば先に精神が崩壊する年月だ。
年々使い難くなる呪具の使い手は近年になく、それは歴代の国王と宰相が共に誰かを犠牲にして呪具を使用することを良しとしなかった証でもある。
呪具は使わずとも相手に存在をちらつかせるだけで役に立つのだ。
それを自覚している呪具は、このままいつか朽ち果てられることを《保管庫》の中で祈ってきた。
そしてフィルデはそんなこと全く意に介さず周囲に相談もせず「よーし、じゃあやろっかぁ」と呑気すぎる宣言をして実際一人でやってのけてしまった。
《保管庫》無断接続事件のついでとばかりに、事後報告された国王は灰になった後、とうとう堪えきれなくなったように怒鳴った。
「こンの、バカタレーー!! これだから頭のいい天才バカは嫌なんだ。なんで、勝手するの。なんで大人しくできないんだよ。そんなだから『呪術師って何考えてるからわかんなくて怖い』ってビビられるんだよ。俺だって怖いわ! いやホント何考えてんの? 大事なことだから二度言うけど、何考えてんの!? お前、俺の相談役なの分かってる!? お前死んだら、どうするつもりだったの!? バカなの!? 発狂したらどうするつもりだったの??? あまつさえ、お前が死んだり発狂したら誰が《賢者》の呪術師の椅子に座ると思う!? お前の師匠だぞ!! お前は俺の国を潰す気か!!!! ただでさえ、呪術師はパチモン多くて国民から詐欺師のイメージ全然抜けないし、ガチもんは一癖も二癖もあるやつばっかだし、相談役にしてる俺もアホタレ共にチクチク嫌味言われるし。イメージ払拭しようにもお前はお前でやらかすし。いいか? 俺の許しなく死んでみろ。他の《賢者》の軍師と魔術師に言って、どんなことしても蘇らせて今度こそ勝手できないように椅子にくくりつけてやるからな!!」
ド長文ノンブレスの怒りは、ビリビリと空気を割るほどの音量だったが、フィルデは「うん、ごめんね」と軽くどこか嬉しそうに謝っただけだった。
国王は、力尽きたようにそのまま座り込み片手で目元を押さえて吐き捨てる。小さな小さな消えてしまいそうな声で。
「⋯⋯ うるせぇよ。クソ、生きててよかった」
聞いていたラガルトの方が申し訳なくなるようなたくさんの感情が入り混じった声だった。
「お前、わかってんの。この国出してやれないぞ」
「いいよ。もともと出て行く予定もないし」
「仕事はこれまでの倍以上やってもらうからな。アホタレどもに足を引っ張らせないようにキッチリやれよ」
「うん、わかった」
「呪具の力は俺が命令した時以外に使うな」
「善処するね」
「バカヤロウ。絶対だよ。俺が責任取れなくなるだろうが」
それから、と国王は頭をガシガシ掻き回す。
「貴族の婿入りは諦めろ。貴族令嬢を嫁にもらうのもだ。お前がどこの家と繋がってもパワーバランスが崩れる」
「うーん、そっか。俺その辺考えるの苦手だしなぁ。わかった街でお嫁さん探す」
「おう、好きにしろ。と、言いたいが、嫁の身辺は調査入れるからな」
「うん、それを受け入れてくれる人探すね」
「いや、それは黙っててやれよ。こっちだってバレねぇようにするから」
「そうか?」
「そうだよ。⋯⋯ 最後に、呪具を使って実績をつくれ。機会は俺と宰相でつくる。呪具がお前を主人と仰ぎ契約を違えることなく力を使い、国の役に立つと示してみせろ」
フィルデがラガルトを掴む手に少しだけ力を込めた。
「それは、どうしても?」
「どうしてもだ。お前がやったことについては、必要なやつら以外には伏せるが、俺はまだ呪具を信用してない」
国王の視線は、ラガルトに据えられていた。苛烈な青の瞳をラガルトは、緊張を持って受け止める。
「なぁ、呪具よ。意思を持つなら聞こえてるんだろ。お前が、俺の国と俺の《賢者》を害そうとしたら俺は俺の持つ全てを持ってお前を殺す。必ずだ。違うと言うなら証明してみせろ」
それは本気の瞳だった。
「⋯⋯ だとさ。ラガルト、力を貸してくれるか?」
仕方なさそうにのんびりとフィルデは言い、ラガルトは、剣の姿で礼こそできなかったけれど、気持ちを込めて了承した。
まあ、まさかそのたった二ヶ月後にフィルデが街の婚活パーティーでさっそくやらかして、国王がひっくり返ることになるとは夢にも思わなかったけれど。
つい、過去にまで意識を飛ばしていたラガルトは、フィルデに顔を覗き込まれて、仰け反った。
「大丈夫か?」
「ええ、はい」
「本当だな?」
「? はい」
「そうか。なら、いいや。俺は一度風呂に入ってくるから。手間かけてすまんが、留守番と部屋の片付けを頼む」
「畏まりました。お戻りはいつ頃でしょうか?」
「一時間内程度で戻る予定だ。書類は作り直すから全部捨てていい」
「承知しました。訪ねて来た者は扉を開けず、すべてお断りしてもよろしいですか?」
尋ねながらもラガルトはタオルなど入浴に必要なものを手提げに詰めた。
フィルデに渡す。
「ありがとう。うん。来客はないとは思うけど、その場合は、断って。扉も開けなくていい。陛下からの声かけがあった場合だけ報せてくれ」
ラガルトが「承知しました」と再び頭を垂れると、フィルデの手が頭に乗った。
国王に言われたくせにフィルデは「呪具の力は使ってないよ」と言い逃れをして、たびたびラガルトを《保管庫》から出しては、まるで人のように扱う。
正直やめてほしい。
だって、そんなふうにされたら。
勘違いしてしまいそうだ。
もしかしたら、なんて。
内側で言葉になりかけたそれを掻き消すように。
ラガルトは、閉じた瞼を硬くする。
「いってくるな」
柔らかな声に「はい」と答えるのが精一杯だったなんて、フィルデに伝わらなければいいと切に願った。
フィルデのやらかし
初めての婚活パーティーにいく時、ラガルトを連れて行こうとしたけど、国王が「ダメ」と言ったので、自宅にたくさんある呪いのお人形の中から一つ選んで連れて行きました。寂しくなったからです。
名前はキャシー。髪が伸びる可愛い女の子です。
女性は逃げました。男性も逃げました。
この婚活では一組もカップルができず、主催者から国に泣きが入り、国王はひっくり返りました。
国王「その人形たちは家から出すなって言っただろ!! 馬鹿野郎、ステイシーもジュリエッタもダメだ!」