非モテ系呪術師
フィルデ・テルマ。三十二歳。独身。職業呪術師。一応、国で三人しかいない《賢者》の称号を持つ男である。
賢者と言えば、このセテナ国において国王の相談役を務める名誉ある立場であり、高給取りのエリートだ。見た目だってそこそこ悪くない。あくまで、そこそこだけども。髪は白っぽい灰色で、瞳は曇天みたいな灰色だけど。よく見れば鼻筋は通っているし、顎のラインだって綺麗だ。身長もまあそれなりにあるし、不潔でもない。
だがしかし。
彼はモテなかった。
まったくちっとも全然モテなかった。
女のおの字もなければ、恋愛のれの字もない。かと言って男色の噂が立つこともない。
清々しいまでの非モテっぷりを揶揄ってくる友すらいない。
なぜなら、彼が呪術師だからである。
呪術は魔術に比べてマイナーであった。それでいて、陰気・汚い・怖いというマイナスイメージが付き纏う。
酷いもんである。
同じ術師でも、魔術師は華やかで人気なのに。
そんなわけで、フィルデは今日も今日とてのそのそと灰色のローブ姿で王宮の回廊を陰気に歩いていた。助手もいないので、必要な資料は自ら運ばねばならないのである。一応、国王陛下から「直属の部下を付けてやろうか?」と打診があって喜んだのだが、あとから「ごめん」と気まずげに謝られた。どうやら、みんなフィルデを怖がって逃げたらしい。悲しいことである。
ふ、と彼は顔を上げた。
今日は晴れている。
左手側にある中庭からはさわやかな緑がよく見えた。
芝生に落ちる木漏れ日に目を細め、彼はそっと指を向けた。
さわさわと揺れる影の中に不自然な動きがある。蜥蜴のように動くそれに向けて無造作に空気を弾いた。
弓の弦をそうしたときのように、風が尖り真っ直ぐに影の中にいた蜥蜴を撃ち抜く。
蜥蜴は、木漏れ日の中へ溶けるようにして消滅した。それを確認して、彼はまた歩き出す。
王宮は、呪いが集まりやすい。
権力者は何かにつけて恨みを買うものだからだ。
嫌われ者の呪術師が《賢者》に選ばれるのも、つまりはそういうことである。
誰しも我が身は可愛い。
フィルデは資料を両腕で抱え直し、背中を丸めた。
ああ。
「結婚したい・・・・・・ 」
しみじみそう思った。
ちゃんと仕事をしても誰も褒めてくれない。労ってくれさえしない。
むしろ、誰も見てない。毎日毎日頑張っているのにな。虚しい。空っぽだ。虚無だ。
周りの三十二才を見れば、結婚して、子どもまでいるという話だ。元同級生たちの噂に聞くたびに「あ、また結婚式に呼ばれなかった」と心が死ぬ。
呪術師が式場に来ると縁起が悪いと誰も呼んでくれないのだ。ご祝儀だってちゃんと包むしなんなら災難避けの呪いも無料でやるのに。誰も「結婚したよ」の連絡さえくれない。ぼっち。ぼっちである。
「師匠の大嘘つき」
親もなく独りぼっちだったフィルデを弟子として育ててくれた師匠のことは、心から尊敬しているが、「呪術を極めれば相手のハートをがっちりキャッチ! モテモテうはうはライフが送れるぞ!」と嘘をついたことは一生赦さない。
当時寂しくてたまらなかったフィルデは、呪術師になれば、たくさん友達ができて、運命の恋人とも出会えて、お金もがっぽり稼げて、幸せになれるという師匠の言葉を信じたのである。
しかし、現実はモテモテどころか爪弾きのぼっちっちライフである。
唯一、お金だけはあるが、生活費以外に使い道もないから、溜まる一方だ。毎月、匿名(※呪術師と、わかると場合によっては寄付を拒否されるため)で適当に寄付するくらいしか消費する手段がない。
「結婚したい・・・・・・ 」
もう一回つぶやいて、そういえば、前にも言ったな、と思い出した。たしか、師匠が唐突に遊びに来た時だ。しこたま飲まされて、「結婚したい・・・・・・ 」とこぼした。フィルデはいくら酔っても記憶が消えないタイプだったので、よく覚えている。
フィルデ以上に飲んでいた師匠は「よし、私に任しとけ!」とご機嫌に笑って請け負ってくれたが、以来音沙汰ない。
「まあ、師匠だしな」
師匠は、酔っ払うとたびたび記憶を無くすので、覚えてないんだろう。飲んだ日の翌日もニコニコなんの気負いもない顔で出て行ったし。
フィルデは、ため息をつき、肩を小さく丸めて自分に割り当てられた個人の研究室を目指した。