短編 28 おばあちゃんの知恵袋というレアアイテムを探すプレイヤーの話
こんな話を書くとしたらどんな感じになるのかな。
これも先にタイトルを考えて、そこから生まれた短編です。
俺は一人のプレイヤー。とあるゲームに嵌まっているただのプレイヤーだ。
今の俺はあるクエストに行き詰まっている。
『おばあちゃんの知恵袋を探しています。見つけて届けてください』
こんなクエストを受けてから俺のゲームライフは一変した。
「おばあちゃんの知恵袋は何処だぁぁぁ!」
「ごぶぅ!? こんなところにあるわけないごぶ!」
手始めに訪れたのは町近郊の洞窟だった。ここにはよくゴブリンが住み着いている。
「……洞窟には無いのか?」
「……普通はないごぶ」
洞窟には無い。それが分かっただけましなのだろう。
「そうか。邪魔したな」
「ばいばいごぶー」
ゴブリン達は手を振って見送ってくれた。このゲームの魔物はとてもフレンドリーだ。
「いや、お前らの討伐クエストもついでに受けたんだ。死んどけ!」
「ごぶー!?」
これが生きるということ。残酷だがお金と経験値の為なのだ。成仏するがよい。
ゴブリン達を殲滅した後は町に戻って情報を集めた。
「やぁ! ここは始まりのまちだよ」
「おばあちゃんの知恵袋を知らないか?」
「やぁ! ここは始まりのまちだよ」
NPCは役に立たない事が分かった。ムカついたが我慢した。これに手を出すと衛兵が無限に沸いてきて自分が殺される。
拳を握りしめながらギルドに向かった。
「おばあちゃんの知恵袋を探している」
「……火傷にはアロエって聞いたわよ?」
ギルドの受付嬢から有力な情報をゲットした。何かの符丁なのだろう。おばあちゃんの知恵袋が置かれた場所、それを示す暗号か。
火傷……火山か?
そしてアロエ。これは確か植物だったはず。
火傷するような場所……そして植物がある場所におばあちゃんの知恵袋はある。
「礼を言う」
「え、あ、うん。またどうぞー?」
ギルドの受付嬢に礼を言った自分は火山に向けて旅に出た。
それは長い旅だった。草原を越え、湖を越えて、砂漠を越えて、海を渡り、ようやく辿り着いた。
品川火山パーク。
名前はどうでもいい。ファンタジー世界なのに超都会でビビる。これが東京なのか? マジぱねぇ。
ここは攻略最前線の高レベルダンジョンになる。出てくる魔物はデスマーチングリーマンズ。マーマンではない。一応ここは火山だからだ。火山なのにこいつらはアンデット属性でもある。謎だ。
こいつらは普通に強い。群れで来る。だが申請呪文『今日もザンギョウダヨー』と『妻からのミクダリハンー』にはてきめんに弱い。
聖騎士や特別な職業にしか使えない魔法だが自分には使える。やはり聖騎士はロマンだ。
ここでは流石にソロはキツい。仲間を求めてギルドに寄ったが攻略組は他のプレイヤーとは雰囲気からして別物だった。
その中で特に異質な気配を醸す者、黒いコートの剣士を見かけたので誘ってみたのだが……。
「あ、自分、女の子以外とパーティー組む気無いんで」
と、断られた。とりあえず決闘を吹っ掛けて真っ二つにしてやった。
真似っこプレイに文句はない。だがそれに見合った実力を最低限付けておくのが原作に対する礼儀というものだ。
一応ここでも受付嬢に聞いておく。
「おばあちゃんの知恵袋を探している」
「……えっと。スイカには塩……かしら?」
ここでも新たな符丁が示された。受付嬢の顔にも困惑の表情が浮かんでいる。確かに謎だ。
スイカ……火山にスイカだと? そんなアイテムがあるのだろうか。そして塩。塩化ナトリウム。
……炎色反応か?
「礼を言う」
「あ、うん。またどうぞ?」
ギルドを後にした自分は道具屋に寄ってみた。売られているものを確かめるのだ。予想が正しければここにヒントがあるはず……だと思いたい。
スイカ……売ってた。とりあえず買った。水分補給に使えるらしい。火山に挑む際の必需品だそうだ。
塩……これも売ってた。塩飴に塩キャラメルも売ってた。やはり火山用である。汗対策らしい。ゲームなので大丈夫なはずなのだが気にしない。
塩キャラメルは自分用のおやつとして買っておいた。そういえば最近生キャラメルの話を聞かなくなった事を思い出した。あれで荒稼ぎしていた会社はどうなったのか、地元の会社なので少し脳裏に浮かんだ。
まぁどうでもいい。
やはりこの品川火山パークに探し求めるもの……おばあちゃんの知恵袋はある。その確信が出来た。
実は砂漠を越えてる辺りで疑問に駆られたのだ。
『……なんか間違ってね?』と。
だが間違っていなかった!
答えは全てここにあったのだ!
迷いが晴れたので早速火山へと登る事にした。ここは攻略最前線。ソロで登るプレイヤーは皆無だ。何故ならここの魔物『デスマーチングリーマンズ』は群れで現れて囲んでくる厄介な魔物だ。数には数で対抗しないと『勉強はしといた方がいい。資格も若いうちに取っとくべきだよ』とか『公務員は止めた方がいい。安定とか言うけど同僚も上司も糞だからね。そのうち自分も同じ糞になっているのを自覚すると死にたくなるから。それでも公務員になりたければ止めないけど、本当に糞になるからね?』と滔々と説教をかましてくるのだ。
確かに学校の教師を見てるとなんか納得してしまう。あいつらは本当にクズだと思う。自分は家業を継ぐことになってるのでどうでもいいけど。都会には憧れるけど、それは旅行でもすればいい。
「食らえ! 『急に仕様変更キター!』」
「ぎゃー! 納期直前に何考えてんだクライアントー! バカなのかー!」
申請魔法によってリーマンズが右往左往しているうちに山を駆け登る。ソロだからこそ出来る『抜け駆け』だ。
申請魔法にも色々ある。ダメージではなく状態異常に特化した魔法を使えばソロでもなんとかなるのだ。
……魔物達が泣き叫んで右往左往している姿は少し哀れに見えたがこれもクエストの為なのだ。許せ。
そして幾度も悲鳴と涙を乗り越えて……。
遂にたどり着いた。
品川火山パーク、八合目。あちこちから噴煙の上がる高山地帯。
通称『ドラゴンさんのお宿』である。ここには温泉旅館を営むドラゴンがいると言う。現実でもビルの屋上に温泉施設があるというから都会ってのはすごいと思う。
ここの温泉には特別な植物が生えるとギルドでは噂になっていた。『ドラゴン草』と呼ばれる希少な素材らしい。これを調合するとすっごい効き目の薬が出来ると言う。
魔法で何でも治るからそこまでの価値をまるで感じないが、まぁゲームなのでそこはスルーしておこう。それに自分の目的はあくまでも、おばあちゃんの知恵袋なのだ。
きっとおばあちゃんはここまでドラゴン草を取りに来て知恵袋を置き忘れていったのだろう。中々武闘派なおばあちゃんだが、うちのババアも熊相手にショットガンを持ち出すので、ババアというものは皆そういうものなのだ。きっと。
「ぎゃおーす!」
「ちっ! 遂にドラゴンが出てきたか」
おいでやす! と書いてある旗を振るドラゴンが目の前に現れた。その奥には古びた温泉旅館が見える。
あの先だ。あの温泉旅館の温泉にドラゴン草は生えている。男湯では青い草。女湯では紅い草。そして混浴ではピンクの草がそれぞれ生えているのだ。
「だが俺の目的はおばあちゃんの知恵袋だ!」
多分おばあちゃんは女湯に忘れたのだろう。真正面から旅館の人に『忘れ物を探したいので女湯に入れさせてくれ』なんて言ったら普通に殺される。
「ドラゴンよ! 俺はお前を討ち果たし女湯に堂々と入らせてもらう!」
この温泉の番人であるドラゴン。それを倒さなければこのクエストは終わらないのだ!
いざや空よ哭け! ドラゴン退治の始まりである!
「……とりあえずGM呼んだんで詳しくはそこで聞くドラ」
……こうして俺の旅は終わりを迎えることになった。
長い長い俺の『おばあちゃんの知恵袋』を巡る冒険はここでその幕を閉じたのである。
その後。
チビドラ達に囲まれてGMに事情聴取を受けた自分は、そこでようやく大きな勘違いをしていたことを知った。
おばあちゃんの知恵袋。
これはアイテムではなかった。
依頼人に『おばあちゃんの知恵袋っぽい知識』を伝えるとクリアできる簡単なクエストだったのだ。
まぁ『はじまりのまち』で受けられるチュートリアルクエストだから難度としてはそんなものなのだろう。
俺は凹んでいた。男湯でチビドラ達に慰めてもらいながら涙を溢していた。
まだチュートリアルが終わってないから『はじまりのまち』に戻らないと他のプレイヤーとパーティーも組めないのだ。
自分もなんかおかしいとは思っていた。ここに来るまで何故か誰ともパーティーが組めないことに。でもそういうものかと思っていたのだ。
「あんまり気にしないどらー。こういうのもゲームの楽しみどらー」
そんなことを言ってくれたチビドラは暢気に温泉で泳いでいる。人間はダメだがドラゴンなら温泉の中で泳いでもいいらしい。
「転送チュートリアルもしてないから歩きで帰らないといけないどらー。頑張るどらー」
……ここは品川火山パーク。そして『はじまりのまち』はプレイヤー個々に設定されている。
このゲームでは現実世界と地理的なリンクを行っている。現実の地図がこのゲーム内でも通用する仕組みになっている。縮尺は大体同じだ。
東海道を皆で歩いて冒険する。そんなイベントが今、行われているらしい。
まぁそれはよいのだ。
肝心なのは自分の『はじまりのまち』の位置だ。
チュートリアルイベントが起こる『はじまりのまち』はプレイヤーのリアルでの地元である。
自分の場合……北の大地だ。それも北海道のど真中。
……また一月掛けて冒険をするのだ。たった一人で。
「お土産でドラゴン草を一揃いあげるどらー。3つ同時に食べるとドラゴンになれるどらー」
……ドラゴンか。男ならば心惹かれるものであるな。
お風呂の中ではあるが早速インベントリから取り出して……はむっ。
「でもチビドラからスタートだからおすすめはしないどらー」
「……そういうのはもう少し早く言えどら」
自分は温泉に浮かんでるチビドラよりも更に一回り小さい蜥蜴のようなものになっていた。
とりあえず嘆いても仕方ないので温泉をジャバジャバ泳いで遊んだ。チビドラ達と一緒にである。意外と浮くもので驚いた。
このあと温泉に来た高レベルプレイヤー達と出会い、自分はなんとか地元に帰ることになったのだがそれはまた別の物語である。
俺の『おばあちゃんの知恵袋を巡る冒険』はこれでお仕舞いだ。
あとGMの人に教わったのだが……火傷したら普通に病院に行くようにと教わった。アロエを使うよりもまずは冷やして病院に、だそうだ。
アロエを探してる暇は普通無い。そりゃそうだ。
一方スイカに塩は問題無いそうだ。塩分も取れるし甘味が増すと。チビドラ達もむしゃむしゃ食べていたのでこれは役に立ちそうだと思った。
……北海道にスイカ自体が出回るようになったのは最近だ。北の大地を甘く見るなよ?
今回の感想。
チビドラをもっと! もっと出そうよ!