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4話 チュートリアル戦のようなもの4

 細身の男は一瞬何が自身に何が起きているのかが理解できなかった。いや、頭ではわかっていた。


 少なくともナイフが右足首を貫通するその寸前までは、あと少しで表通りまで逃げ切れる。そこにいる仲間の造園であの得体の知れない銀髪の孤児を撃退できる。


 そう考えていた。


 実際はそうはならなかった。


 右へ曲がり、その先の一本道さえ抜けてしまえば表通りは目と鼻の先だった。


 しかし、曲がろうと一歩踏み込もうとした直後に、体重をかけていた右足首の腱を切られてしまい力が入らなくなった。


 まともに体重を支えられなくなった細身の男は、勢いのついたまま全身を固い地面へと強かに打ち付け、苦悶の声を上げる。


 すぐさま起き上がろうと全身に力を込めるが、痛みに身体が思うように動かない。


 そうしている間にも、後方からありえない速さで迫る足音が否応なしに耳に入る。


「くそっ!」


細身の男は涙混じりの声を上げ、立ち上がろうとするも、身体にうまく力が入らず再び転倒してしまう。


 自身に死を告げる足音がもう既にすぐそこまで迫っている。


「こんなところで……」


少しでも距離を離そうと必死に、荒い呼吸を繰り返しながらも両手で地面を這うように進む。


 孤児の気配がすぐ頭上にまで迫ったとき、男の口からは、自身の死への予感に恐怖と絶望から、「あぁ……」と意味を持たない震えた声が漏れていた。


 あまりの恐怖に振り向くことすらできない。


 そのときすでに細身の男の胴は、上から押さえつけられていた。


 まだ幼い子供の膂力のはずなのに、まるで巨人か何かと錯覚してしまうほどの凄まじい力。


 僅かな抵抗すら許さない力によって押さえ込まれ、その拍子に肺が圧迫され、細身の男の口からは大量の空気が苦悶の声と共に吐き出された。


 それと同時に孤児の小さな手が自身の顎の下。遅れて後頭部へ添えられているのに気が付いた。


「や、やめ……」


これから何をされるか察した細身の男は悲鳴を上げ、もぞもぞと身を捩る。


だが、変わらず万力で固定されているかのように動けず無意味な抵抗となる。


 添えられた両手が徐々に力が込められてゆき、自身の首が可動域を超えようと捻られる。


ミチミチと首から嫌な音をたて始めた。


 その音を耳にしながら男は自分の行動を後悔していた。


15歳のときに、「教会」に適正が認められ、憧れのハンターになることができた。


街の外をうろつく魔獣を定期的に狩り、「教会」でカルマを浄化する。そして狩った魔獣を換金し、真っ当に日銭を稼いでいた。


 だが、最近突然「教会」から依頼があったのだ。


『スラム街を開拓したいから、そこの住民を追い払え』


『そこの住民を殺し、カルマを得た場合は、それと交換で報酬の金を追加で与える』


その報酬はなかなかに高かった。あまりに高額であきらかに怪しかったが、先に依頼をこなした同業者の一人が報酬を自慢したことで皆がこの依頼を受けるようになった。


 今まで順調に殺し、稼いでいた。最近はもう人を殺すことに慣れてしまい、効率よくできるようになった。


ハンターの男たちとは違い、「生命の格」が低いスラムの住人は弱かった。それでいて、魔獣を討伐したときよりも多く報酬が貰えたものだから、最近のハンターたちのメインの仕事はこの「スラム狩り」だった。


 皆安定して大金を得ている。だから、なぜこの依頼がとても高額なのかを細身の男は失念していた。


 不自然に高い報酬がある仕事は、こういうイレギュラーが存在することを。


――こいつは今までの奴と違って、多くカルマを持っているかもしれない。


銀髪の孤児を初めて見たときに、ハンターの直感で存在の異質さを感じた。だが、珍しい見た目をしていたからつい思ってしまった。


――こんな奴、放っておけばよかった


 今更悔いてももう遅かった。そして、無情にも……


――ゴギャッ


 可動域を超えた首の骨が砕かれた音を最期に、細身の男の涙に滲んだ視界が暗転した。


読んでくださりありがとうございました。

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