表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/11

3話 チュートリアル戦のようなもの3/TIPS・『五大流派』

「頼む! 間に合え!!」


ひたすら前に足を動かし、強化された聴力で僅かに拾う足音を見失わないよう、俺は細身の男を追いかけている。


 幸い、道は入り組んではいるが一本道だ。直線を駆け抜けて、曲道では側面の壁を蹴って進行方向に勢いを付けることで、速度を落とさないで進む。


バタバタと必死に駆ける足音、かすれるような息遣いを聞き逃さないように神経を尖らせ集中し、それをたどる。


 視界に映る景色を置き去りにするような速度で、しばらく狭い路地裏を駆け抜けていると、逃げるように背を向けて走る男を前方に捉えた。


「いた!」


俺は無意識に呟き、脚に一層力を込めた。


細身の男の前方の更に奥の曲がり角から明るい光が差し込んでいる。


そろそろ表通りだろうか。

このまま逃がすわけにはいかないが、今のあいつと俺の距離はかなり離れている。


このまま俺がいくら脚力を強化して追いかけても間に合わないのは明確だ。あいつが曲がり角を曲がってしまう方が速い。


細身の男が身体の重心を右に曲がろうと今にも傾けようとしているのが、俺の強化された動体視力で捉えている。


このまま逃げられたら仲間を呼ばれて俺はおしまい。


今の俺は多少『気』を扱えてはいるものの、体躯も小さく非力。おまけに今まで使えていた五大流派の武術で使える技も限られている。


俺は自分の右手に持ったナイフをちらりと見やり、逃げる男の背を見据えた。


ナイフを投げれば間に合うかもしれない。


迷っている時間が惜しい。やるしかない。


俺はナイフを握り直すと、右手を後方に振りかぶる。

目線は逃げる男を見据えたまま。


狙うべきある一点を凝視し、投げるタイミングを計る。


絶対に失敗できないこの局面。

心臓が速くに脈打ち、息が詰まるようなこの緊張感と重圧は何度経験しても慣れない。


俺は詰まった息を肺から全部吐き出すように、大きく息を吐くことで呼吸を整える。


俺はいつもこの動作で、冷静になれるように習慣をつけていた。


精神が落ち着くと、思考がクリアになり、感覚が研ぎ澄まされていく。

この数瞬の時間が引き延ばされたような感覚。


――来たっ


俺が最も高い実力を発揮できるこの状態。


あの走る男の動きがよく見える。


曲がろうと、右足を軸に体重を傾けていた。


――あと少し


右足のばねで踏み出そうと踵が浮くその瞬間。


――ここだ!!


俺は全力で、あらんかぎりの力を込めてナイフを投げた。


そのナイフは直線状の軌道で、男へと向かう。


そして吸い寄せられるように男の足のアキレス腱を靴ごと貫いた。


▽▲▽▲▽


 俺は五大流派の全ての『技』を習得するための反復練習を幾度も積み重ねてきた。


『技』によっては、練習のしすぎで、日常生活でも無意識に身体を動かしてしまって恥ずかしい思いを何度かしたこともあるほどだった。


中でも、習得にかなり苦戦した技術がいくつかあった。


その一つが投擲だ。『常闇流』の特性上、投擲を扱う技が多い。


 動いている標的に当てるのは相当難しいという話はよく聞く話だった。


 実際試してみると、聞いていたよりも難しかった。

投擲の練習に使う『高速でランダムな動きをする的』に当てられるようになるまでにかなりの時間を費やした。


できるようになるまでは、ログインしては拠点の練習用のフロアにひたすら入り浸る日々。


限られた時間の中、的を狙っては投げ狙っては投げ、うまくいかずああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返してはまた投げる。


 そんな日が続いた時期があった。


俺はなんとしてでもこの技を使えるようになければならなかった。


できるのとできないとじゃ、勝率がかなり変わってくることに、連敗が続いて気が付いたからだ。

上位勢たちは当たり前のように神業な精度で当ててくる。


俺もこれくらいは当たり前にできるようにならないとこの先あいつらには勝てない。そう実感した。


――やめようかな。


中々できないから、そう頭によぎる度こともあったが、勝利の瞬間を情景し、雑念をかき消してはひたすら投げた。


 もはや何日目か数えるのも億劫になっていた頃、唐突に当たった。


その時の感覚は今でも覚えている。


集中し、狙いを定め振りかぶり、ナイフが手から離れる瞬間――


俺の身体が無意識に、的に命中させるための動きを正確になぞったような……そんな不確かな正解を引いた感覚と、頭のどこかでは『ああ、これは当たったな』と確信した自分がいた。


その結果思った通り、苦無が吸い込まれるように的へ命中し、砕けた的が地面に落下した。


後はその時の動きをひたすらに練習し、命中精度が百パーセントになるまでに至った。


 あのとき味わった、筆舌しがたい心胆から震えるようなあの高揚感。

あれが俺の人生で、初めて心の底から感じた『達成感』というものだった。


五大流派)

メインストーリー内のイベントで登場する。古代の英雄が神を打倒するために編み出した、五種類の武術。

そのイベント内でプレイヤーが習得できるのは、『初級』レベル(空手で表すと白帯)相当までで、その先から階級を上げるにはそれなりの時間をかけて技を習得していく必要がある。

『神速流』、『潺流』、『常闇流』、『断岩流』、『気操流』があり、その中で一番人気が『神速流』。

難易度高く習得までにかなり時間が掛かるのが『潺流』と『気操流』。


読んでくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ