2話 チュートリアル戦のようなもの2
「なっ! まだ動ける元気があるのか!」
近くにいた大柄な男がそう言うや否や、右手に持ったナイフを突き刺してきた。
狙いは心臓。
目線と『気』の流れでバレバレだし動きに無駄が多い。ゲームだと初心者の動きに近い。
いくら大人と子供ほど体格差があっても関係ない。
俺は元々トッププレイヤーだ。無数の対人戦を乗り越えてきた自負がある。それに加えて『気』を扱えるようになった俺にはその攻撃は届かない。
この『気』を纏った状態の俺は身体能力が大幅に上昇し、さらに肉体の強度も上がる。
今の俺は子供の体だが、大人と何ら変わりない身体能力、鋼鉄まではいかないものの、それに匹敵するほどの肉体の強度が備わっている。
それでもゲームの俺と比べて格段に弱くなっているが、今はこれでも十分戦える。
俺は心臓に迫るナイフを握る手に、自身の左手をぶつけて切っ先を反らすと同時に、相手の懐へともぐりこむ。
この大柄な男は身体の小さい俺に攻撃を当てるために前傾姿勢に近かった。それに加えて、ナイフを突き出した力も乗っている。
だから、襟首を掴んでこうやって力の方向に引っ張ってやると簡単に体勢が崩れて大柄な男でも投げ飛ばせる。
大柄な男はまともに受け身を取ることもできず、勢いのまま顔面を固い地面へと叩きつけられた。
大柄な男は声にならない苦悶の声を上げると動かなくなった。
そして彼が持っていたナイフは軽快な音を立てながら、俺の足元へと転がった。
こいつはしばらく戦えないだろう。次だ。
俺は足元のナイフを即座に拾い上げると、もう一人の細身の男と対峙する。
強さは体表から滲み出る『気』を見る限り大差ない。
距離はそこそこ空いている分、俺からは仕掛けづらい。もう2、3歩程詰めてきて欲しい所だが、こいつは詰めて来ないだろう。
先ほど後ろで寝ている大柄な男を投げ飛ばした一部始終を見ているんだ。さっきまでと比べて戦意が希薄に見える。この様子だと、迂闊には近づいて来ないだろう。
「ま、待ってくれ! 俺は殺すつもりはないんだ。信じてくれよ、なっ」
細身の男は怯えた様子で宥めるように両掌を俺へ向けている。だが、右手にはナイフを持ったままだ。
これを信用しろ、というのは無理がある。
俺は無言で細身の男を見据えたまま、摺り足で僅かに間合いを詰める。
「だいたい、俺は『スラム狩り』なんて反対だったんだ。でも一人殺すごとに『カルマ』と交換で金が手に入るんだ。しばらく楽して生きていけるだけの金だ。わかるだろ!」
歯牙にかけない俺の様子に焦ってか、聞いてもいないことを言い訳のように捲し立てているが関係ない。
俺が更に摺り足で近づいたところで動きがあった。
細身の男の目線が、俺の後方を覗うようにちらりと動いた。
まさかっ、と俺は後方へ意識を僅かに割いた。
大柄な男が気絶したふりをしている可能性を捨てきれていなかったからだ。
だが、大柄な男はうつ伏せで気絶したまま動く様子もない。
俺の意識が後方へ割かれた瞬間――
ヒュンッ――
と空気を裂くような音が俺の耳に入った。
反射的にナイフを横薙ぎに振るって飛んできた何かを払い落とした。
同時に金属同士が衝突するような甲高い音が響き、右手に少なくない衝撃が伝わる。
追撃が来ることを予測し、ナイフを元の位置に構え直したが細身な男の行動は、俺の予想外なものだった。
細身な男は俺に背中を向けて脱兎のような勢いで走り去り、距離が遠のいていく。
「逃げたか……」
ひとまず乗り切った。
一瞬安心していた俺だったが、男が言っていたことが頭によぎった。
「スラム狩り」
「一人殺すごとに金が手に入る」
報酬が出るという事は、組織的にスラム狩りをしている可能性が高い。
このままあいつを逃がして、仲間でも呼ばれたら……
「まずい! まずいまずいまずい」
俺は全身に『気』を巡らせて、更に脚力を集中的に強化して全力で追いかけた。
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