1話 チュートリアル戦のようなもの/TIPS・『気操流』
ざっと見たところ、ここは路地裏のような所だ。
日中なのに太陽の光がほとんど入らず全体的に建物の影になっていて薄暗い。
それだけならまだよかった。
ここは袋小路になっているらしく、俺の背後には家の壁が聳え立ち、唯一の通路は男2人が塞ぐように立っている。
俺は未だにじわじわ痛む腹を庇うように蹲っていた。中途半端に敷かれたレンガが所々体に食い込んで痛いけど無視できる程度だ。
俺はばれないように、ゆっくりと目線だけを粗暴な男たちに向けた。
俺と近い所にいるのが大柄の男、そのすぐ後ろに細身の男がいて、2人はこそこそと何やら話し合っていた。
断片的にだが、会話がちらほら耳に入る。時々「殺す」と聞こえるのが穏やかじゃない。
どうやら俺は今、命の危機に陥っているらしい。本当に何がなんだかわからないが、こんな所で死ぬわけにはいかない。
まずは何がなんでも生き延びてやる。
幸い、俺が動かないからか気絶したと思い込んでいるのか、攻撃してくる様子はない。
油断しているのか……?
だが、今の俺が立ち向かっても返り討ちに遭うのは目に見えている。そこで、2人を観察することにした。
武器の類は2人とも右手に持ったナイフ。
それに対して俺は襤褸切れのような服に裸足と、なんとも心許ないが、ある中で戦うしかない。
手前の男が強そうだ。まずはこいつをなんとしないと話にならない。
他には何かないか。動きの癖は? 何かないか、なんでもいい。
俺は一心不乱に観察し、集中力が極限まで高まったそのとき――
俺の視界が見覚えのあるものへと切り替わった。
靄のような薄く白い光が、2人の男を発生源とし、体表から濃淡をつけて漂っている。
これは……いや、間違いない。10年以上も見てきた光景だ。断言できる。
『気操流』で『気』を知覚しているときと同じ見え方だ。
ゲームのときはこの状態で『気』を操っていた。
俺は試しに体内の『気』を全身に巡らせてみることにした。
身体の中心で渦巻くMPを全身の細胞一つ一つに送り込むイメージで。
10年以上してきたことだ。今更難しいことじゃない。
その証拠に、俺のイメージ通りに体内では何かが、ずずず……とめぐり全身を満たすような感覚が広がる。
成功だ。
『気』を扱えるなら別だ。わざわざチャンスを窺がう必要はない。
こちらから仕掛けて一気にこいつらを倒す。
俺は頭の中で即座に立ち回りを組み立てたと同時に、ゆらりと上体を起こし立ち上がった。
気操流)
五大流派の一つ。
mp(魔法や気を扱う際に使える)を消費して、身体や武器に「気」を纏わせる。気を纏わせると、対象の強度や攻撃力を大いに高めることができる。
mat(魔法攻撃力)の数値の影響が少なく、適正の有無関係なくmpの基本値(プレイヤーの元になるステータス)が0でさえなければ誰でも習得できる。
また、「勁撃」など、当たり所によってはノックバック効果が期待できる技がある。対人戦ではよく使われるテクニックだが、狙って打つには相当練習する必要がある。
「己と向き合い、気を知覚することで、武を更なる高みへと昇華させる」をコンセプトとする。
読んでくださりありがとうございました。