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契約

「ゴクッ。ご、ごほんっ。ふぅ。パワフルな娘さんですな。驚きましたわい。さすがは勇者さまのお仲間ですな。女戦士か武闘家の卵といったところですかな。」


岩場にたどり着くと、ややズレた感想をくれたイシュラ老人だったが、腰につけていたボトルの液体を一口飲んで一息つくと、気を取り直したのか依頼の説明が始まった。


「勇者さまの御一行であれば、『太陽神の剣』の伝説はご存知ですな。」


「エルヴィント山の山頂の岩に刺さっているという、伝説の剣ですね。伝説の勇者のみが引き抜くことができるという。」


ガインが受け答える。


エルヴィント山は、勇者が16歳で本格的な冒険の旅に出発したあと、最優先で向かう予定の場所であると、俺も教えられている。


「その通りです……。これからご案内するのは、それと同じようなものであると、ええ、左様な次第でございます……。」


そう言って、意味ありげな視線を残したあと、イシュラは岩場の奥へと進んでいった。


動きは相変わらずゆっくりとしたものだが、老人とは思えないバランス感覚で、しっかりと先に進んで行く。やはり現役は退いているとはいえ、海の男ということか。


「そんな話、聞いたことあるか?バーナム。」


「いえ、知りませんでしたね……。」


足を滑らせないように気をつけながら、しばらくついていくと、イシュラはある場所で足を止めた。


「……。こちらでございます。」


イシュラの視線の先には、岩に挟まれた古い網があった。


「ただの網が岩に挟まれて取れなくなって放置されているだけのように見えますが。」


「だまらっしゃいっ!!」


突如激高するイシュラ老人。


「これがトゥーナ村に伝わる伝説の投網、『海神の投網』でございます。」


「は、はぁ。」


「これを引き抜くことができた者は、当村では『海の勇者【網】』を名乗ることが許されるのです。」


あ、保護者二人とパニィが飽き始めている。すごく帰りたそうだ。


「海の勇者【網】は、村の食堂での食事が生涯無料となります。」


「まじかっ!?」


お、食いついた。


「今まで、幾多の屈強な男たちが挑戦を繰り返してきましたが、海神の投網に認められた者は現れておりません。どうか、わたくしの目が黒いうちに、この網が引き抜かれる瞬間を、拝ませていただきたいのです。」


うーむ。

一瞬食いついたが、よく考えたら、岩に挟まれた網を引き抜いたところで、生涯食堂の食事が無料になるとは思えない。ボケ老人の戯言である可能性が濃厚か。


微妙な表情をしていたので、たぶんガインも同じように考えたのだろうが、


「わかりました。やってみましょう。」


やってみることになった。


まあ網を引き抜けるにしろ引き抜けないにしろ、早めに片付けた方が早く修行に戻れるということだ。


まずはガインだ。

メンバーの中で、最も腕力があるのは彼だろう。


岩の隙間と網を指で触り、挟まれ具合を確認する。

その後、グイグイと網を引っ張ってみるが、まったく引き抜ける様子は無かった。

最後に渾身の力で、網が破けても構わないというような力で引っ張ったが、網はびくともしていなかった。


「いやー、ダメだったわー。」


眉毛はハの字に寄ってはいるものの、全く残念そうではない表情で、ガインは匙を投げた。


続いて、パニィ、バーナムが挑戦するが、結果は同じ。


パニィについてはリアルに悔しそうではあったが。


トリは勇者であるアンティということで、俺としては「海の勇者【網】(トゥーナ村限定)」の称号を、ぜひアンティにゲットしてもらって、肩書的にややこしいことになって欲しくもあったが、それにチャレンジしてもらう前に片付けなくてはならない問題があった。


あれ?見えてるの俺だけ?


前の3人が網を引っ張っているとき、それを阻止するような動きで、逆側から網を引っ張っていた、小さな妖精のような女の子がいるのだ。


今は網の上に座ってこちらを見ている。


「おいパイク、ボサッとしてないでやっちまってくれ。」


ガインから急かされるが、本当に見えてないのか?

うーん。

まあとりあえず話しかけてみるか。


俺はその子のすぐそばまで近づいた。まずは挨拶だな。


「こんにちは。僕はパイクと言います。」


【こんにちわ!ウチことが見えるん?】


「うん。見えるよ。君は妖精さんかな。」


【ウチは「投網の精霊」や!】


いやいや、投網って道具じゃねえか。道具由来の精霊とかっているの?

もっとこう、自然現象とか、自然界の物とか、そういうのに関わりのある精霊ばかりだと思っていたが。



「そうか、君はここで何をしているの?」


【投網をいじめたらあかんのよ!】


……。


「まあ投網は便利だし大切だよね。」


【そうなんよ!】


「でも、岩に挟まったままだと、投網もかわいそうなんじゃないの?」


【違うんや。この投網は役目を終えて休んどるんや。】


「なるほどね。でも休むなら、こんな場所じゃなくて、波や雨風に当たらない場所の方が良いんじゃないの?」


【っ!たしかにその通りやな!お前良いこと言うな!】


そこで、投網の精霊は俺のことを上から下までマジマジと見つめた。


【お前、ウチのことも見えるし、なかなか見込みがあるな。ウチと契約するか?】


お、魔法使いになれるお誘いかな。

投網の精霊か……。


魔法は、理想を言えば、俺の体の中に収納されているという、「転生前の空間で鍛え上げた肉体」を有効活用できるようなものを習得できるのが望ましかったが。

投網の精霊の魔法では何ともならないだろうかな。


「では、よろしくお願いします。」


一瞬、少し待ってもらおうかとも思ったが、俺は肯定の言葉を口にしていた。


魔法使いになれるチャンス自体が相当レアみたいだしな。そして何より、転生前の空間でたくさんお世話になった投網と、また縁ができたのが嬉しかった。


ィィィイイイィィィィーーン!


俺が肯定の言葉を口にした次の瞬間、投網の精霊は強烈な光を放ち、飛び上がると、俺の肩に乗ってきた。


精霊が放つ光が、肩を起点として広がり、俺の全身を包み込んだ。


俺の体調に特に変化は無いが、これが精霊との契約か。

これで魔法が使えるようになると。


【契約完了なんよ。これでウチらは夫婦や。これからよろしくな!】


「うん。よろしくね。ん、夫婦?」


あれ?なんか聞いてた話と違うような。


【そらそうよ。精霊と契約したら、そら結婚と同じことなんよ。】


そう言うと、投網の精霊は俺の顔を見てニヤリと笑った。


あ、これ、前世で騙されたときの感覚と同じやつだ。

結婚詐欺に遭ったときとは少し違うけど、アレだ。変な悪徳宗教絡みの誓約書にサインしたときの感覚だ。


こわいこわい。


でも怖くはあったが、不思議と嫌な感じはしなかった。


まあ契約してしまったものは仕方がないし、今ジタバタしたところでどうしようもないのだろう。

契約=結婚なのかについては、あとでバーナムにこっそり相談だな。みんなの前で話して、パニィに変なイジり方をされるのは避けたい。



「それで、この岩に挟まった網って、君の力で引っこ抜けるかな。」


【うん。別にええよ。でも、岩の下側から引っ張ったら、意外と簡単に引き抜けると思うけどな。】


そうなのか?

滑らないように気をつけながら、試しに岩の下側に回り込み、そちら側から引っ張ってみる。


すると、精霊の言った通り、意外と簡単に網を引き抜くことができた。


「う、う、海の勇者の誕生じゃーー!!」


イシュラ老人が興奮して絶叫した。目が完全にキマっていた。


「おお、パイク、すごいじゃないか。」


「ありがとうございます。あー、バーナムさん。俺、魔法使いになったっぽいです。」


「なるほど。もしやとは思いましたが、さっきまで話しかけていたのは精霊だったのですね。おめでとうございます。」


「相談もせずに契約してしまいましたが、大丈夫でしたかね?」


「大丈夫ですよ。基本的に魔法使いが増えるのは、国にとっても歓迎すべきことです。ただ、管理はしっかりされているので、旅から帰ったら一緒に王都まで行って、魔法使い名簿登録の手続きをしましょう。それまではむやみに魔法を使わないように気をつけてくださいね。」


「ありがとうございます。よろしくお願いします。」


「ちなみに何の精霊と契約したのですか?」


「投網の精霊だそうです。」


「えっ?道具由来の精霊と契約したのですか?なかなか珍しいですね。道具由来の精霊と契約すると、物質具現化魔法を使えることが多くて、すごくレアなんですよ。」


「そうなんですね。物質具現化魔法ですか。」


「とりあえず私の権限で、パイクに仮免許を与えますので、あとで練習してみましょう。」


「ありがとうございます。よろしくお願いします。」


「そんなことより、祭りじゃ!海の勇者誕生の祭りじゃー!!」


うーん、気持ち的には早く魔法を試してみたいのだが。

イシュラ老人を完全に無視するのもどうかと思うしな。ん?


ふと、岩から引き抜いた投網を確認する。


「これ、投網じゃなくてハンモックですね。」


「えーっ!」


イシュラ老人が泡を噴いて倒れた。

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