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海修行

腹ごしらえが済むと、いよいよ海岸に移動した。


海水浴には最適の気候だが、海には危険なモンスターが生息しているので、大掛かりなモンスター対策をとれない平民にとっては、海水浴など無縁のものだ。


日陰を作って砂浜に寝そべるだけでも気持ち良さそうだが、まあ遊びに来たわけじゃないしな。


アンティが修行している間に、気合いを入れて夕飯の準備を進めよう。


とは言え、修行の内容も気になるので、少し見学させてもらう。


最初は体造りのための基礎トレーニングだ。

筋トレとかダッシュとか木刀による素振りとか。


これは旅の移動中も、毎日欠かさずにやっていたが、やはり砂浜では足場が悪いので、より良いトレーニングになっているように見える。


続いて、魔法と剣術の連携の練習だ。


魔法は、発動までにどうしても時間がかかる。


まず契約している精霊に「お願い」して魔力を借り、それを使って魔法を発動させる、というプロセスがあるからだ。


「お願い」の仕方は、精霊によって異なるし、精霊との関係性によっても変わるらしい。


また、魔法使いには3段階のレベルがあり、そのレベルによっても変わる。


魔法使いの多くは「レベル1」で、実際に「言葉」で精霊にお願いをし、魔力を借りる。


「レベル2」は、上級魔法使いと呼ばれ、我が国全体でも数十人しかいない。「意思」のみで精霊から魔力を借りられるので、魔法を発動させるまでの時間が短く、威力もレベル1とは比較にならないそうだ。バーナムがこれにあたる。


「レベル3」は、各国に一人、いるかいないかという大魔法使いだ。レベル3は他のレベルとは毛色が異なり、契約している精霊と「同化」することができると言う。

同化中はタイムラグゼロで魔法が使え、さらに身体能力も大幅に向上するので、桁違いの戦闘能力を発揮できるということだ。まさに国の守護神足り得る存在だ。


ちなみに、勇者は限界まで鍛え上げると「レベル4」になれる可能性があるらしい。

ただこれはあくまで歴史書上の話で、数百年前の勇者がそれだったという話だが、信憑性は不明だろう。


「ああ、穢れなく美しい我が半身よ。どうか我が身にその芳醇なる恵みを与え、闇を切り裂き、人々に希望の光を齎す、聖なる雷を今ここに示さん!!」


アンティの「お願い」はくどい。


しかし聖なる雷の威力は相当のもので、たぶん我が家くらいの一軒家なら灰にできるのではないだろうか。


何も無い砂浜に凄まじい轟音と共に雷が落ちる。


これでレベル1だというのだから驚きだ。

もしレベル4とやらになれるのであれば、たしかに世界の脅威から人々を守ってくれそうな期待感はある。


ただ、今現在は、魔法を使おうとしている間は、剣戟の方がどうしてもおろそかになるので、魔法と剣術の連携とは言っても、単純に相手との距離を稼ぐためのテクニックを重点的にみがいているようだ。



一通りのトレーニングが終わると、小休止の間に海のモンスターについてのレクチャーが施される。


海のモンスターと言っても無数の種類がいるが、今回修行の相手にするのは、魚人タイプのモンスターだそうだ。


海のモンスターの一般的な特徴としては、体表が硬い鱗で覆われ、さらにその上を高粘度の粘液でバリヤされており、剣が滑って非常に効きづらいという。


魚人タイプは、特にその特徴が強く表れているので、修行相手としてはもってこいなんだそうだ。


魚人モンスターを相手とする、剣による基本的な攻略法は、モンスターの急所を、的確な角度とスピード・パワーで「突く」ことである。

また、うまく急所を貫くことができても、剣が抜けなければ即ピンチなので、素早く引き抜くことも求められる。


聖なる雷の魔法は普通に効くみたいだが、最初は魔法は無しで、ある程度剣での戦闘に慣れてきたら、隙をみて魔法もOKという方針とのことだ。


モンスターを頭の中でイメージするよう指示してから、ガインが何度か剣で突く動作をやってみせ、アンティがそれを真似する。



そしていよいよ実戦の修行がスタートした。


バーナムが懐から、野球のボールくらいのサイズの赤い団子を取り出すと、それを海に放り込んだ。


そのあと、ガインがナイフで自分の指先を少し傷つけ、血を数滴海に垂らした。


しばらくすると、波に乗るようにしてこちらに向かってくる、いくつかの背ビレが見え、数瞬後には5匹のモンスターが海から飛び出し、襲いかかってきた。


俺が想像していたよりずいぶん大きく、全長2メートルくらいはあるだろうか。フォルムは人間に近いが、全身がびっしりと青黒い鱗で覆われ、大きなヒレがたくさんついているので、バケモノ感がすごい。


「とりあえずアンティの相手は1匹から始めるので、数を減らそう。バーナム、2匹頼んだ。アンティ、まずは俺のやり方をよく見とけ。」


「了解。」


素早く指示を出すと、ガインは落ち着いた動きで最初に襲いかかってきた1匹の攻撃を躱すと、その背中の中心あたりに剣を突き入れ、素早く引き抜いた。


ドガアアァァァーン!!


次の瞬間、2匹目と3匹目にまとめて雷が落ち、黒焦げになった。バーナムの魔法だ。


背中への一撃で動きを遅くした1匹目の頭部に、ガインは剣を突き入れてとどめをさすと、そのまま流れるような動きで、雷に怯んだ4匹目の首に剣を突き入れた。


うおお、かっこいいぞ。


本人は自分は兵士としては弱い方と言っていたが、とてもそうは思えない動きだ。


バーナムにもずいぶん余裕があるようだし、この世界の戦闘技術は、思っていたよりもずいぶん高いのかも知れない。


「アンティ、落ち着いて相手の動きをよく見るんだ。」


残った1匹の相手をアンティがする。


「はいっ!」


アンティの動きも悪くない。


しかし、やはり剣の刃が魚人モンスターの体表で滑り、致命傷を与えるのがなかなか難しいらしく、苦戦している。


魚人モンスターの攻撃は、カエルを思わせる跳躍からの、両腕をぶん回して鉤爪で切り裂こうとしてくるものがメインのようだ。

攻撃の際、腕が僅かに伸びるようで、間合いが測りづらそうだな。


足元が砂浜で、フットワークもいつも通りとはいかないはずだが、それでもやはり地力に差があるのか、魚人モンスターの攻撃は避けられ、いなされ、徐々にアンティから与えられるダメージが蓄積し、最後には胸のあたりに剣を深々と突き入れられ、消滅して魔石となった。


「まあ初めてにしては上々かな。アンティ、なんで苦戦したかわかるか?」


「はぁ、はぁ。少し慎重になりすぎました。」


「それもあるな。あとは、砂浜の特性をもっと体で覚えることだ。足元が悪い中での戦闘なんてザラにあるからな。もう少し走り込みやっとくか。」


「はい!!」


うーん、なんかキラキラしてんなぁ。

ちょっと羨ましい。


さて、そろそろ夕飯の準備に取りかかるかな。


「姉さんも魚人と戦ってみたいんじゃないの?うずうずしてない?僕は夕飯の支度を始めるけど、もう少し見てる?」


「いやー、さすがに勇者さまの修行を邪魔するわけにはいかないからな。」


と、言いつつ、パニィは何やらそこらで拾ってきた流木を削り、地獄の鬼が持っていそうなトゲトゲの棍棒のようなものを作っていた。


まさか、それで魚人の頭部を叩き潰すつもりだろうか……。


「そっか。でも、ずいぶん物騒な物を作ってるけど、何に使うの?」


「うん、もし魚人が仕留め損ねられてこっちに向かってきたら、頭部を叩き潰そうかと思ってな。まあ転ばぬ先の杖ってやつだな。」


「……。杖って言うよりは鬼棍棒っぽいけど。」


「うるせぇな。よし、完成っと。とりあえずそのへんに転がしとくから、パイクもピンチになったら使えよ。」


「うん、ありがと。うわっ、重いし結構良くできてる。よくこんなの作ったね。疲れたんじゃない?少し休憩しとく?」


「いや、それより海釣りがしたい。」


「そっか。じゃあ、このあたりで釣りをしてもいいのか、村の人に聞きに行こうか。道具も揃えないとね。」


「いいね。そうしよう。おーいガインさん、金くれ。」


「はぁ!?なんだよいきなり。」


「夕飯の食材調達だよ。釣りするんだ。釣り道具を買ってくる。」


「魚なら村で売ってもらえばいいだろ。その金なら渡すよ。」


「いいからその懐に入っている財布ごと渡しなさい。元々我々庶民の血税であるところの財を還元せよ。」


「っ!お前口悪すぎだろ!」


ガインはしぶしぶといった感じで、少し多めのお金をパニィに渡した。この人も子供に甘いな。


「ありがとっ!ガインさんだーい好きっ!」


「こら!やめろ!どさくさに紛れて懐の財布を盗もうとするな!」


それにしてもずいぶん仲良くなってるな。良いことだ。いや、良いことなのか?


そんな二人のやり取りを、アンティは羨ましそうに見ていた。


「お金か。お金をたくさん懐に入れておけば……。」


何か勘違いしていそうだったが。



ーーーーーーーーーー



海の沖の方では、何隻か船が浮かんでいるのが見える。

ちょうど漁のタイミングなのだろう。


海での修行を開始してから3日間が経過した。


俺が食事を作るのは朝と晩で、昼はみんなで食堂に行っている。


そして釣りがなかなか楽しい。


村の人から聞いた、よく釣れるスポットは、修行をしている砂浜から多少離れた岩場のため、そこに子供二人だけで釣りをすることは許されていないが、保護者二人の目がギリギリ届く範囲で、アンティの修行を邪魔しないくらいの距離はある砂浜から竿を振り、何とか全員分の魚を釣り上げることができている。


アンティの修行の方も今のところ順調なようだ。

砂浜でのフットワークもかなり慣れてきているように感じる。


夕食の準備まで少し時間があったので、ぼんやり修行の様子を見ていると、村の方角から一人の老人がこちらに近づいてくるのが視認できた。


杖をつき、ゆっくりゆっくりとこちらに近づいており、会話ができる距離までたどり着いたのは、丁度修行の休憩時間に差し掛かかるタイミングだった。


「あなたたちが勇者さま御一行ですかな?」


「左様です。村の皆様にはお世話になっております。」


「ほっほっ。なに、魔物の数を減らしていただき、こちらも助かっておりますわ。」


「私が勇者アンティです。必ず世界を魔王の脅威から救ってみせます。以後お見知りおきを。」


「これは頼もしい。私はトゥーナ村の相談役をしております、イシュラと申します。勇者さまにご挨拶できたこと、良い冥土の土産になりました。さて、」


それまで柔和だった老人の雰囲気が、ここで少し引き締まったものに変わった。


「冥土の土産のついでと言ってはなんですが、このイシュラから、勇者さま御一行にどうしてもお聞き届けいただきたい儀がございます。」


「私にできることでしたら、承りましょう!」


おいアンティ、勝手に安請け合いすんじゃねーよ。と、俺以外の3人から視線が集まる中、話は進んでいく。


「おそらく勇者さま御一行にとっても、無益な話では無いかと存じます。まずは、あちらに見える岩場までお越しいただけますでしょうか。」


イシュラ老人が杖で指し示した方角は、釣りのスポットである岩場の方角だった。


ここからは、俺らが走れば十数分もあれば着くが、イシュラの移動速度に付き合うのであれば、到着するまでに日が暮れるだろう。


「……。」


「よし、じいさん、あたしがおぶってってやるから、とっとと用事を済ませよう。」


今から、「時間がかかりそうで、修行の時間が無くなってしまうので、帰ってください。」とは言えないだろうと空気を読んだパニィが、依頼を速攻で片付ける方向にカジをきったようだ。いや、単に短気なだけか?


「ほっほっ。お嬢さん、大変魅力的なお誘いですが、老人をからかうものではありませんよ。こう見えても昔は鍛えておりましたので、今も体重が、って、うおおっ!?」


パニィはイシュラ老人を軽々と担ぎ上げると、砂を巻き上げながらそのまま岩場の方角へダッシュした。


「舌噛むから少し静かにしてな!」


置いていかれまいと、みんなもそれに続いて岩場に向かって走り始めた。


保護者二人は「やれやれ……。」という感じだったが、特に止めなかったところを見ると、とりあえずは成り行きを見守るのだろう。

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