7歳
打ち上げで酔いつぶれた父を、迎えに来た母と姉と共に家に連れて帰った。
「まさか優勝するなんて夢にも思わなかったわ。」
幸せそうな表情のまま眠ってしまった父をベッドに放り込んだあと、リビングで母がそうつぶやいた。
「こんなことなら料理の特訓に少し付き合えば良かったよ。実は陰ながら応援してたことにできないかな。パイク、口裏合わせてよ。」
賞金のおこぼれに与ろうと、保身に走る姉。
「まああの人は細かいことにこだわらないと思うけど、『家族の応援あっての優勝』的な着地にしたいよね。」
母も大概である。
「たのもう!!」
そのとき、バーンと玄関の扉が開いた。
何やら決意を固めた目をしたアンティがそこに立っていた。
「アンティ、夜だから静かにね。」
「す、すいません。」
母にそう言われ、萎縮するアンティ。
言動と行動はアレだけど、基本はいい子なんだよな。
「パイクに話があるのですが、少々パイクをお借りしてもよろしいでしょうか。」
「いいけど、もうすぐ夕飯だから手短にね。アンティ、あんたも夕飯まだなら食べてきな。」
「ありがとうございます。夕飯は今日はうちで食べるので、また誘ってやってください。」
そして俺はよくわからないまま、アンティに外に連れ出された。
外に出て玄関の扉を閉めると、アンティは俺の方を振り返り、俺の目をまっすぐに見ながら話し始めた。
「今日のマグナおじさんの料理、あれを『本当の意味』で作ったのは君だね?」
「……。どういう意味かな?」
「とぼけなくてもいい。ここ数カ月の君の行動は、見させてもらっていたよ。」
「のぞき見してたってこと?のぞき見なんて勇者らしくないじゃん。」
「それについては謝罪しよう。悪かった。でもどうしても気になってしまってね。」
ううむ。日々が平和すぎて油断したか。アンティがピーピングしていたとは。全然気づいてなかった。
生命力をコントロールする技術に俺が注力していることは、周りにどんな影響を与えるかわからないので、もう少し秘密にしているつもりだった。
でもバレたなら仕方ないか。
気持ちを切り替えていこう。
それにしても、アンティがわざわざ俺を家の外に連れ出して、話す場を設けた目的はなんだろうか。
「俺が16歳で旅立つとき、君を『勇者のパーティ』の一員として迎えたいと思っている。」
おお!そういう展開か。一気にファンタジーっぽくなってきたぞ。
おそらくアンティは、生命力をコントロールする技術の詳細や効果までは把握していないはずだ。
詳細はわかっていないものの、俺が何らかの特殊能力を持っていることを疑い、探っていたのだろう。
そして今日、疑いが確信に変わり、話しかけてきたというわけか。
「急いで決める必要はない。俺が16になるまでに考えておいて欲しい。」
「……。わかったよ。アンティ。」
ということは、あと9年後か。
それまでには、生命力をコントロールする技術の強化や、総量の増加はかなり進めることができるだろう。
この世界でどれだけのアドバンテージになるかはわからないけど、ワクワクしてきた!
気合いを入れ直して鍛えよう。
「もちろんパイクに危険が及ばないよう、全力で守るよ。パーティの食を統べる、大事なコックだからな!」
……。
そっちか。
あれ?数カ月間観察されてたんだよね?
生命力をコントロールする技術に特別な意識を持ちすぎて、自意識過剰だったかな。ちょっと恥ずい。
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7歳になった。
アンティが、俺を「勇者のパーティ」に誘う意向であることが伝わったためか、しばらく前からアンティの指導者たちの、俺に対する態度に変化があった。
わりと積極的にいろいろなことを教えてくれるようになったのだ。
特に、この世界で勇者の脅威になりえる存在について、詳しく教えてくれた。
大きく分けると、モンスター、魔族、ドラゴンの3種類だ。
すごいファンタジーっぽい!
教えてもらったことを要約するとこんな感じだ。
《モンスター》
世界各地にいろいろな種類が生息している。
「動物」とは異なり、やっつけると体が消滅して魔石を残す。
魔石は、加工したりエネルギー源にしたりできるので、質やサイズにもよるが、魔石市場でそれなりの金額で取り引きされる。
モンスターハントを生業にしている人も多いが、特に強力で有害なモンスターの発生が確認された場合は、国軍によって計画的に討伐される場合もあるらしい。
《魔族》
「精霊」が何かのきっかけでダークサイドに堕ちて受肉した存在だと言われている。
個体数は多くないが、脅威の度合いはモンスターとは比較にならず、出現が確認されたら、災害に近い扱いとなり、即座に国の専門部隊が派遣されることになる。
ちなみに専門部隊についての詳細は、まだ秘密とのことだった。
そして、魔族の中でも特に強力な個体が「魔王」と呼ばれている。現在確認されているところで、世界に5体存在するらしい。
めちゃくちゃ強いので、限界までレベルアップした勇者以外では太刀打ちできないと言われている。
また、精霊が魔族にチェンジする条件は、いくつか説が挙がっているが、その中で人間が特に注意すべきと言われているケースがある。
それは、精霊が激怒するような方法で、その精霊の契約者である魔法使いが殺されることだ。
また、魔法使いとその精霊との間に、強い信頼関係があるほど、魔族化する確率が上がるらしい。
とは言っても、魔法使いが殺されたからといって、高確率で魔族が誕生する、というわけではない。確率としては低いものの、魔族化したときのリスクが大きすぎるので、魔法使いを殺したり殺されたりするときは、特に注意しましょう。ということだ。
つまり、もし対人戦で相手方に魔法使いがいた場合は、基本的に殺すのはNG。無力化して捕えるのがGood。ということである。
また、この世界では、わりと頻繁に国同士の戦争もあるらしく、遠距離から互いに魔法をドンパチやる局面もある。自国側の魔法使いが遠距離攻撃とかで殺されて、もしも精霊が魔族化してしまうと、その魔族によってさらに被害が拡大する場合があるので、とにかく魔法使いは殺されないように守る、というのがセオリーのようだ。
《ドラゴン》
個体数は少なく、今までに世界で10体のドラゴンが確認されているのみだ。
人間を襲うことは滅多に無いが、数十年に一度くらいの頻度で、前触れもなく街や城に大被害をもたらす場合があるらしい。
ドラゴンに対して、この世界の人間は有効な攻撃手段を持っていない。
というよりは、どちらかというと前世でいうところの神様みたいな存在に近く、一部の地域では信仰の対象となっている個体もいるらしい。
普段は火山の中や湖の中、土の中、洞窟の中などで眠っているが、空を飛び続けている個体もいる。
体長は数十メートル。
巨体だが驚くほど俊敏。
全身は最高硬度の鋼鉄のような鱗で覆われ、剣や槍はもちろんのこと、攻城兵器が直撃したとしても傷一つつかないそうだ。
おまけに、魔法が全く効かない、という特性もある。
魔法が「効きづらい」では無く、「全く効かない」のである。
もしも万が一遭遇してしまったら、「逃げる」か「隠れる」か「祈る」の三択だそうだ。
それは、例え限界までレベルアップした勇者だとしても同じらしい。
このように聞いてしまうと、好奇心で自分から探しに行くようなことは控えるべきと心から思える。
でもいつかは見てみたいものだな。ドラゴン。
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王都から派遣されてきているアンティの指導者は二人いて、
剣術の指導者は、ガインという三十代後半のおっさんだ。
ここに来る前は、国軍の歩兵部隊の教官をしていたらしい。本人はあまり強くないらしいが、人に教えるのがうまいことで定評があり、勇者の指導者として抜擢された。
たしかにガインの話はいつもわかりやすくて面白い。
俺はガインから直接剣術を教えてもらったことはないけど、きっと教えるのもうまいのだと思う。
魔法の指導者は、バーナムという二十代後半の青年だ。
雷の精霊と契約しており、同種である聖なる雷の精霊と契約しているアンティの指導に向いているだろうということで、抜擢された。
名前に表れているとおり、雷の精霊は、聖なる雷の精霊の下位に位置している。
しかしながら、バーナムは精霊との信頼関係や、魔法の取り扱いに熟練しており、アンティが試合で勝ったことは一度もない。
また、俺にも敬語を使ってくれるような丁寧な青年である。
そんな二人と一緒に、俺とパニィは同じ馬車で海に向かっている。
「パニィ、良ければ僕の後ろに乗らないか?風が気持ちいいよ。」
「断る。」
アンティはなぜか単独で白馬にまたがり、馬車と並走していた。
なぜこのような状態になっているかと言うと、アンティに一緒に海に行こうと誘われたからだ。
勇者修行の一環で、海洋モンスターとの戦闘を経験するために、馬車で片道一週間ほどの、修行に向いていると言われる環境の海岸に行くという。
それの同行に誘われた。というわけだ。
俺を誘った目的は、遠征中の一行への食事の提供だ。
アンティが16歳になってからスタートする、本格的な冒険の旅に同行する、予行演習という意味合いもあるだろう。
勇者のパーティには参加したいと思っているので、ここで失点はしたくないところだ。
料理は、ここ2年間でも、家の手伝いやパンゲア2号店の手伝いなどで修行しているので、そこそこ自信はある。
問題は、生命力による加熱での調理をやるかどうかだ。
おそらくアンティからは、父が優勝した料理大会での料理のようなものを期待されている気がする。
その予想が正しいのであれば、やっといた方がいいだろう。
生命力による加熱での調理も、この2年でそれなりに練習しているが、やり過ぎないようにうまく調整しよう。
そして、なんで姉であるパニィが同行しているのかというと、アンティがパニィのことが好きだから、というのが理由だ。
勇者のくせにずいぶん手近なとこにいったな!
パニィの方はあまり相手にしていないようだが、母からの圧力もあり、同行することになった。
「愛する人が遠くに行ってしまう前に、ひと夏の思い出をプレゼントしたい。」
何やら気持ち悪いことを口走っていたが、要するに、もうすぐ奉公に出る予定のパニィと、その前に一緒に旅行に行きたかった。ということだ。
こんな浮かれた勇者で大丈夫なんですか?と、ガインに聞いたところ、
「今回はそんなに危険じゃないし、子供が一人増えたところで大丈夫なんじゃない。」
だそうだ。
いや、俺が聞きたかったのはそういうことじゃなく、勇者の心構え的なとこなのだが。まあ悪影響とは考えてはいないということだろう。
やや話が噛み合っていないが、俺とパニィが今回同行することについて、うちの両親に前もって根回しをしたのはガインだ。
俺が勇者のパーティに誘われていることは、まだオフィシャルで本決まりのことではなく、両親には伏せてあるので、
・あくまで料理担当として俺(パニィは補佐)を必要としていること。
・アンティと歳が近く、仲の良い二人が同行することで、親近者を守るというモチベーションをアンティに与えたい、ということ。
・今回の行程が、綿密に計画されたもので、極めて安全であること。
このあたりが、配布資料と共に熱くプレゼンされた。
父はそれでも心配していたが、元女戦士として各地を旅したことのある母的には、「かわいい子には旅をさせよ」の精神で、OKが出たということだ。
そんなこんなで、行き帰り合わせて約3週間の旅が始まった。
ちなみに馬車代や食材費、消耗品費を含めて、旅費は国持ちだ。
つまり税金だ!