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料理大会

父は自分の店を持つことを決心したようだ。


しかしうちには開業資金など無い。


そこで父があてにしたのは、今勤めている店の「2号店」の新規出店の、責任者となることだった。


……まあファンタジーの世界観的には地道っちゃ地道だが、それでも父の情熱を目の当たりにしていると、こちらも応援したい気持ちになってくる。


「第127回、めし処パンゲア主催!激ウマ料理王決定戦を開催いたします!!」


『ワー!ワー!』


『早く食わせろー!』


『この日を待ってたぜ!』


数カ月前に皿洗いの手伝いをした店内は、大勢の人と異様な熱狂に包まれていた。


こんな大会があったとは知らなかったが、ここで優勝すると、賞金と料理王(当店限定)の称号が与えられるらしい。


普段の大会ではそれらをもらって終わるが、現在は店が2号店の新規出店を計画しているところなので、裏事情として、今回はその責任者を選ぶ基準としても重視されるとのことだ。


父は厨房の片隅で、血走った目で包丁を砥いでいる。

端的に言って超コワイ……。


ちなみに、父はこの数カ月間、非番の日はもちろん、寝る間も惜しんでオリジナル料理の研鑽に明け暮れていた。


それでも残念ながら父のオリジナル料理はマズかった。


マジで神様、何とかしてやれよ。と、幾度も思ったものだ。


俺はというと、父のサポートという形でコック服を身に着けている。


この大会は、この店の料理人であれば誰でもエントリーできる。ただし、使用する食材の費用は自分持ちなので、それがエントリー費用代わりということになる。


そして、それぞれ一人だけサポートをつけることができる。


サポートの人選に縛りは無い。

極端な話、前回の優勝者や、ライバル店の凄腕料理人をサポートにつけることもできる。


ただし、サポートに許されているのは、下ごしらえと盛り付けだけだ。とは言え、もちろん重要な役割だ。


普通は、仲の良い他の料理人をサポートにつける。


父は、決して人望が無いわけではないらしいが、父のオリジナル料理が激マズなのは周知の事実のようで、誰も泥舟に乗りたくないと、サポートに手を上げてくれる料理人はいなかった。


サポートについた料理人の料理が酷評されると、自分の評価も下がるということが理由だろう。


そこで、ここ数カ月の日々の研鑽を手伝っていた、俺に白羽の矢が立ったというわけだ。


父のオリジナル料理の試食もさせられるので、なかなか大変だったが、まあ放ってはおけないだろう。


血の涙を流す勢いでフライパン振ってたからな……。


前世も含めて、そこまで情熱的に何かに取り組んだことのない俺には、十分尊敬に価した。


そして完全に無視していた、母と姉は鬼だと思った。



コンテストの料理は、二種類を完全オリジナルで作らなくてはならない。


一種類目は、3名の審査員に食べてもらう料理だ。


もう一種類は、自由参加の会場のオーディエンスに振る舞う料理だ。


前者は、百点満点の点数で評価が出される。


後者は、拍手とリアクションで評価がされる。


両者を店のオーナーが見て、オーナーの判断で優勝者が選ばれるという仕組みだ。


たくさんの客への振る舞い料理もあるので食材費も馬鹿にならないだろう。


食材費を捻出するため、大会の直前に、父は必要なもの以外の調理器具を売却し、さらに母と祖父母に土下座して金を借りていた。


その様子を見て、俺もちょっと涙が出た。


今回のエントリーは4名。


その中には、俺の嫌いなビッツも含まれていた。


ビッツは、俺が父のサポートであることを確認すると、露骨に嫌そうな顔をした。


「挑戦者のみなさん、準備はできましたでしょうか!?それでは調理、スタートです!」


「よし、パイク。まずはここにある芋と人参を全部剝いてくれ。」


父は俺に指示を出すと、自身は今朝、肉屋で買ってきた肉(豚肉っぽいやつ)を叩き、調味料で下味をつけ始めた。


料理を審査員やオーディエンスに出す順番は、早いもの勝ちだ。


最初はみんな腹ぺこなので、早く食べるほど美味しく感じやすい。

満腹になってくれば、その逆になるだろう。


もちろんみんな、それも加味して評価するだろうが、やはり早く料理を出せるほど有利ではありそうだ。


それも承知で、時間をかけてじっくり美味しい料理を作るのも戦略だろう。


父は、スピードは特に気にせず、自分の納得のできるものを、自分のペースで作ることを選んだようだ。


ちなみにこの日の審査員は、


・料理長:四十代後半。血の気の多い料理人たちを取りまとめる眼力の強いオッサン。


・村長:六十代前半。ひょろっとしているがグルメ。


・行商人:各地でおいしいものを食べている。


の、3名だ。


オーディエンスは全部で50人はいる。


エントリーしていないこの店の料理人や使用人、ライバル店の料理人も含まれているが、多くは近所の村民だ。


王都からわざわざ足を運んだ人もいるみたいで、なかなか多くの人に楽しみにされている催しのようだ。


父が数カ月研鑽を重ね、この日のメニューに選んだのは、


審査員用に「ランドボアのステーキ」

オーディエンス用に「カレーのような煮込み料理」


だった。


何度試作しても激マズがアウトプットされる父のオリジナル料理に対し、根気強く意見を述べ、粘り強く改良を重ねた結果、


「マズイっちゃマズイ。」


「ギリ食えなくはない。」


と、最終的には、今までの中で最も拒否感が少なかった祖父母の感想を引き出した、現在父が作れるベスト料理である。


どう考えても勝てる要素はゼロだが、父の血の滲むような努力の結晶に対し、


「無理っしょ。」


とは言えなかった。


審査員やオーディエンスが厨房の方を、固唾をのんで見守る中、父は、注意深く火加減を調整しながら、カレーのような煮込み料理のトロみの変化に集中していた。


下ごしらえもなかなか大変だったが、俺に残された仕事はあとは盛り付けくらいだ。


さて、ここで俺はこのあとの自分の行動について悩んでいた。


悩みとは、


「介入するかどうか」


ということだ。


介入とは、できあがった父の料理を盛り付けるときに、生命力を使った細工を施すかどうか、ということだ。


生命力は、手のひらなどから直接注ぎ込むことで、他人や動植物にも影響を与えられることは確認しているが、生命活動を停止してからしばらく経ったものに対しては影響を与えられない。


しかし、指先に生命力を高圧縮させたときに生じる「熱」を適度に与えると、少しだけ生命力が「入る」ことがわかっている。


つまり、父の料理を俺の力で温め直せば、ドーピングされたような料理になるのではないか、ということだ。


うまくなるかはわからないけど、たぶん体には良いと思うんだよなー。


父の料理はほぼ完成し、少し味見をさせてもらったが、うん、残念ながら家族の贔屓目で見てもうまくはない。冷静に客観的に見ると、まあマズい。


しかしだ。俺がここで介入するのは、父の決意や、今まで積み重ねてきたものに泥を塗るということだ。


そして、ふと横の調理スペースに目を向ける。


そこには、時折額の汗を拭きながら、歯を食いしばり、必死な目で調理をするビッツの姿があった。


本当に憎らしいやつで、大嫌いだが、料理に向き合う姿勢は、ただただ真摯だ。


俺の軽率な行動で、彼らの想いを侵してもよいものなのだろうか。



ーーーーーーーーーー



熟考の結果、俺は介入することにした。


よく考えたら、そもそも料理をマズく作るのは食材に対する冒涜だし、ビッツはやっぱムカつくので、こんなやつの想いがどうなろうと知ったこっちゃない。


「……!」


それなりに気合いを入れて、指先に生命力を集中させる。


すると、指先が白く光り、高温の熱が生じた。

熱で指が火傷するので、同時並行で治す必要があり、合わせてかなりの生命力を消費することになる。


今の俺には結構な負担だが、まあなんとかなるだろう。


審査員用の料理は、メインのステーキは父が皿に盛り付け、付け合せを俺が盛り付ける段取りだ。


指先の光がバレないよう、位置取りに気を配る必要があるため、若干挙動不審な動作となってしまうが、極力目立たないよう、そして焦がさないよう注意し、付け合せを盛り付けながら、ステーキを含めて料理を温めた。


オーディエンス用のカレーのような煮込み料理は大鍋に入っているので、まず表層を温め、全体に熱が行き渡るよう入念にかき混ぜた。


盛り付けた料理は、薄っすら光を放っているようになってしまった。


うーむ。まあこれくらいならなんとか誤魔化せるレベルかな……。


この時点で相当の生命力を使ってしまい、正直いますぐ帰って寝たいところだったが、ここは頑張って顛末を見届けよう。


料理を審査員やオーディエンスに出す順番は、結局挑戦者の中で3番目となった。


「3番目の挑戦者は、マグナです!調理の腕前はパンゲアで1・2を争いますが、メニュー以外の料理はなぜか激マズという異色の料理人。今大会一番のダークホースです!一体どんな料理を出してくるのか……。それでは皆様、ゲロ袋のご準備はよろしいでしょうか?どうぞご賞味ください!」


ひどいが的確なアナウンスと共に、父の料理が各テーブルに並べられた。


「まあ義理で一口食べるか。」


「匂いは良いからいつも騙されるんだよな。」


「あれ、なんかぼんやり光ってないか?」


「!味はマズいのに、何だこれ!?」


「ヤバい!なんか体の中から力が湧いてくる!」


「身体が!身体が喜んでる!?」


「うぅ。なんか知らないけど涙が止まらん。」


「あれ?腰痛が治った。」


「うぅ……。涙が……。」


「おかわりは!おかわりはできないのか!?」


「もうこれマグナの勝ちでいいだろ!」


「優勝ー!優勝ー!」


「マ・グ・ナ!マ・グ・ナ!」


父の料理が配膳され、しばらく経つと、会場は異常な熱狂に包まれた。


やはりそうなってくれるか。

期待通りの展開に俺は満足するが、同時に少しの「やってしまった感」を味わっていた。


それから会場がある程度落ち着くまで少々の時間を要したが、父は無事に優勝して、賞金と料理王の称号を得た。


そして、興奮冷めやらぬオーナーから、来年オープン予定のめし処パンゲア2号店の責任者に、父を指名することを宣言した。


ちなみに4番手だったビッツの料理は、一応試食はされたものの、父の料理の影響から、ほぼ存在しなかったことにされ、とても悔しそうにしていた。


ビッツの方は正直どうでもよかったが、涙を流して歓喜する父を見て、罪悪感が胸を締め付けた。


そして俺は、大会が始まってから俺の方を観察していた視線に、このときはまだ気づいていなかった。

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