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5歳

5歳になった。


家の手伝いを命じられるということが本格的に始まった。

庭の畑仕事や洗濯、掃除、水運び、などだ。


合間をぬって、村の中に限り、家の外に遊びに行くことが許されている。


たまに母が剣術を教えてくれる。

兄や姉、近所の子供たちとも一緒だったり、1対1の付きっきりで教えてくれることもある。


剣と魔法の世界っぽくて、なかなか良い感じだ。


平民でもたまにモンスターや無法者と戦わなくてはならないときがあるので、何らかの戦闘手段を持つことは、必須というのがここでの常識らしい。


夜は食事のあとに読み書きを教えてもらっている。

これも先生は母だ。


平民の識字率は低いようなので、教えてくれる人が家族にいるのはラッキーなことらしい。

読み書きができるだけで、大人になったときの就職先や給料が有利になる。


魔法については、使い手自体が相当レアで、平穏に暮らしている分には無縁の技術だそうだ。


村民にも、魔法使いを名乗る者は一人もいない。


しかし、今は隣の勇者のところに、王都から剣術と魔法の指導者がそれぞれ派遣されてきており、村に滞在している。


アンティを勇者として英才教育しているわけだ。税金でな。


まあ勇者が将来的に魔王を倒してくれれば、以降の防衛費の節約や、経済活動の活性化、国際的発言力の強化などが期待できるので、先行投資としては安いものだろう。


やや話がずれたが、アンティの家庭教師たちも四六時中アンティに付きっきりというわけではないため、隙を見ては魔法使いの方に話しかけに行くことにしている。


ちょいちょい話しかけて得た、この世界の魔法についての知識はこんな感じだ。


まず、魔法を使えるようになるためには、「精霊」と契約しなくてはならない。


精霊は普段は目に見えないが、世界中のいろいろな場所にいろいろな種類がいる。


たまたま自分に才能があったり、たまたま特定の精霊と相性が良かったりすると、見ることができたりする。


精霊が見れたら、必死にその精霊の機嫌を取り、気に入られるようにする。


気に入られると、契約してくれたりする。


契約後、その精霊に「お願い」すると、精霊が魔力を貸してくれて魔法が使える。


基本的には一人の魔法使いにつき、一体の精霊としか契約できない。


複数の精霊と契約すると、精霊同士で仲間割れがおきるかららしい。


つまり、例えば火の精霊と契約すると、その魔法使いが使える魔法は、火の魔法のみになるということだ。


魔法の修行とは、いかに精霊とうまく付き合うかに重点が置かれる。


完全に精霊に依存しきった技術ということだろう。


しかし、その有効性はずば抜けており、一般的な魔法使いの戦力は、100人の歩兵に相当すると言われている。


ちなみにアンティはさすが勇者なだけはあり、生まれながらに聖なる雷の精霊と契約している。


指導者の魔法使いは、聖なる雷の精霊とのうまい付き合い方や、戦闘時での有効な魔法の使い方についてをアンティに教えているということだ。


俺はもちろん精霊が見えたことなど無い。


しかし、もちろんいつかは魔法を使えるようになりたいと思っている。


俺のこの世界での当面の目標は、この世界に持ち込んだ(らしい)、転生直前の肉体を復活させることだ。


1000年近くも鍛え上げた肉体であり、たぶんだが復活させられれば、この世界でもなかなか強力なのではないかと思っている。


復活させるには、何らかの魔法に頼れないかと、その手がかりを探しているというわけだ。


例えば、魂を移し替える魔法とか。


アンデッド操作系の魔法とかも有効かも知れない。


そういうのに関係する精霊を探し、視認できるようにし、機嫌を取って契約する。


……すごいハードル高そうだな。


まあ、魔法についても引き続き情報を集めよう。


「うおーん!うおーん!」


さて突然だが、父が大声で泣いている。


10歳になった長男のパッズが、王都に奉公に行くのが今日なので、寂しくて泣いているというわけだ。


この国の平民の子供の多くは、家業を継ぐ者以外は10歳になると見習いとして奉公に出されることが多い。


奉公先は様々だが、大抵は親のコネだ。

商人の家庭の子供であれば、取引先の問屋とか。


子供本人に強い希望がある場合は、親同伴の飛び込みで面接のアポを取ったりする場合もあるらしい。


大抵は、成人する16歳まで奉公を続け、そのままそこに就職するパターンが多いそうだ。


「父さん、やや恥ずかしいので泣き止んで欲しい。」


「うおーん!うおーん!」


「それに父さんは一緒に王都まで送ってくれるのだろう。まだ別れは先だというのに。」


「うおーん!!!うおーん!!!」


「別れ」という単語に反応し、さらに泣く父。


パッズの奉公先は王立図書館だ。

特別なコネが無い限り、普通は平民の子供が奉公できるようなところではない。


当然、うちにそんなコネは無かったのだが、どうやらアンティの指導者たちが、異常に勉強ができる子供が隣に住んでいることに気づき、国の行政機関に推薦してくれたようだ。


いつもはクールなパッズも、王立図書館に奉公できることが決まったときはかなり興奮していた。


俺たちが住んでいる村、「キャレット村」は、王都から馬車で2日の距離にある、街道沿いの宿場村だ。

なかなかたくさんの人の往来があるため、父の勤める料理屋もかなり繁盛しているらしい。


パッズを送り届けるために4日間、父は少し無理をして休みをとった。


パッズの王立図書館奉公は特殊なパターンだが、村民の子供が王都に奉公に行くために、父親が護衛と荷物運びとして同行することは、決して珍しいことではない。


なので、よっぽどブラックな職場でなければ、周りも比較的協力的ということのようだ。


王立図書館に奉公というのは、なかなか話題性もあったので、わりとみんなに応援されての旅立ちとなった。


母、姉と別れの言葉を交わしたあと、パッズは俺の頭を撫でてくれた。


「パイク、手紙を書くよ。王都の寺院がどんなところか、詳細を確認したら教えてあげよう。パイクが将来奉公できるかも、調べておこう。元気でな。」


俺は生命力トレーニングのために、自由時間の大半を瞑想して過ごすため、家族からはお坊さん志望だと思われているらしい。


そんなこんなで、パッズと父は王都に向けて旅立って行った。



ーーーーーーーーーー



「オラアァ!この店の有り金全部持って来い!そんで全員土下座だ!」


父が村を不在にしている4日間、俺は父の勤める店で皿洗いの手伝いをすることを申し出た。


前々から父の店には興味があったので、父の穴埋めはもちろんできずとも、猫の手よりは役に立つものと思っての志願だった。


将来、父のあとを継いで料理人になる、というようなつもりはさらさらないが、まあ単純な好奇心というのが動機の大半だ。


皿洗いなどに志願する子供が物珍しかったのと、一応俺は村の中では真面目な良い子枠に認定されていたようで、わりとすんなりOKが出た。


そしてお手伝い初日、早速トラブル発生、というわけだ。


とんでもなくたちの悪い荒くれ者が大声でわめいている。


宿場村という場所柄、チンピラや荒くれ者が店に来ることは日常茶飯事のようだ。


そして、料理が遅いだの、店員の態度が悪いだの、虫が入ってるだの、店に絡んでくる理由はおなじみのものだ。


この店の料理人や使用人もなかなか血の気が多く、腕っぷしも強いので、揉め事があっても大抵は、兵士が来る前に収めてしまうことが多いのだが、この日は相手が悪かった。


国の登録リストに無い、もぐりの魔法使いが、荒くれ者集団の中にいたのだ。


魔法使いは、国の安全保障的にも強力な存在であるため、国に厳密にリスト管理されている。リストに無い魔法使いがうろうろしているのが見つかると、結構重い処罰がくだされるそうだ。


リストから漏れているのは、犯罪者か、または最近たまたま精霊と契約できたとかで、まだリスト登録していない魔法使いだ。


犯罪者がこんな目立つ場所で、魔法を派手に使うような自殺行為をするとは考えづらいので、この魔法使いはおそらく後者だろう。


「史上最強の俺様になめた口をきいたことを、死ぬほど後悔させてやるよ!!」


そして、おそらくだが、この場を支配している魔法の正体は「恐怖」だろう。


店の中には、料理人、使用人、客など、たくさんの人がいるが、みな顔色を真っ青にして震えて動けなくなってしまっている。


俺の頭の中にも、何やら悪質なモヤのようなものが侵入してきている。


このモヤのようなものが奴の魔法なのだろう。

精神感応系の魔法と思われる。


生命力の操作技術は、この5年間でなかなか成長してきているが、どうやら生命力では魔法は防げないらしい。いや、まだ実例がほとんど無いのでわからないが、少なくともこの精神感応の魔法に対しては、直接生命力で防御することはできないようだ。


しかし、直接防御することはできなくても、無効化はできている。


魔法で恐怖に侵された脳を、即座に正常な状態に治癒し続けることはできている。


つまり、この場でまともに身動きが取れるのは、俺と荒くれ者の魔法使いだけ、ということだ。


俺は厨房の洗い場からカウンターのあたりまで移動し、物陰に隠れながら様子をうかがっている。

すぐそばでは、ウエイトレスのお姉さんが真っ青な顔で震えながらうずくまっている。


ちなみに荒くれ者の魔法使いは、自分の仲間の荒くれ者たちまで恐怖で動けなくさせてしまっている。


そこまで予定通りの行動なのか、単に頭が悪いのか、酔っ払い過ぎなのか。


たぶん後の二つの合わせ技だろう。


さて、どうするか。


隙をみて店から抜け出して、ダッシュで兵士を呼んでくるか、アンティの指導者に助けを求めるか。それとも……。


その時、バーンとすごい勢いで店の扉が開けられた。


「誰かが助けを呼ぶ声がした。子供の俺に何ができるのか。そんなことは関係が無い。俺は絶対に、傷ついたその手を離したりはしない!」


そろそろ聞き飽きたので、せめてもう少し聞きやすいセリフにならないものかと常々思っているが、口には出しづらい。

村のみんなに生温かく見守られる勇者、アンティ君の登場だった。


「ぐっ!なんだ、これは!心が乱される!」


「なんだクソガキがっ!ぶち殺すぞ!」


あ、荒くれ者魔法使いの気がそれた。チャンス!


俺は気配を消しつつ、身体能力強化による最小限・最高スピードで、荒くれ者魔法使いの背後まで移動し、ジャンプと共に後頭部にタッチした。


タッチした手から、生命力を変質させた「恐怖感覚」を流し込んでみる。


この「恐怖感覚」は、荒くれ者の魔法が俺の頭に侵入してきたときの感覚を丸パクリして、生命力で同じようなものを再現してみたものだ。


ぶっつけ本番でうまくいくかは賭けだったが、うまくいかなかったら普通にブン殴れば良い。

その場合、俺がやったという証拠がいろいろ残ってしまうが……。


どうやら俺の思惑通りとなり、荒くれ者魔法使いはその場に崩れ落ちると、変な汗をダラダラ流しながらこの世の終わりかのような恐怖の表情でうずくまった。


俺は、周りの皆が正常な判断力を取り戻す前に、流れるような動作で物陰に隠れた。


俺が物陰に隠れるのと同じくらいのタイミングで、恐怖の魔法から開放されたのか、周りの皆が何事もなかったように立ち上がった。


即座に荒くれ者たちの集団は、料理人たちにボコボコにされ、遅れてやってきた兵士に引き渡された。


「さすがは勇者!アンティ、助かったぜ。」


「いや、俺は何もしていない。いったい何が起こったんだ?」


「お前が登場してから魔法使いが倒れたよな。勇者の気迫的な何かで倒したんじゃないのか?」


「……。これも勇者の隠れた能力なのか。自分で自分が恐ろしい。先生に報告しなくては。」


「まあ細かいことはいいからメシ食ってけよ。サービスするぜ!」


「いや、やはり何か変だ。まずは先生に報告を……。」


「はい!勇者1名様ごあんなーい!」


アンティは屈強な料理人に担ぎ上げられると、奥のVIP席で料理と酒を詰め込まれてぶっ倒れた。


アンティは酒が弱い。言ってもまだ子供だしな。


よし、これで誤魔化せたかな。


それにしてもここの店のノリは暑苦しいな。


父も職場では同じような感じなのだろうか……。

ちょっと嫌だな。


トラブルはあったものの、迅速に店は営業を再開した。


「ケガはなかったか?怖かったろう。まかないを食べたら今日はもう家に帰りなさい。」


しかし料理長の気づかいで、子供の俺は少し早上がりすることになった。


まあそうなるか。

食い下がるほどのモチベーションではないので、素直に従う。


まかないは、魚の煮込み料理だった。


この国は島国で、漁業が盛んらしい。この村から海までは近くはないが、宿場村らしく、王都まで運ばれる海産物から村が恩恵を受ける分も多い。


この店では、魚の煮込み料理が大量に作られるため、まかないに出されることも多いようだ。


大鍋で魚と野菜の旨みが凝縮され、スパイスとハーブが効いたこの料理はマジで美味しかった。


ハフハフ言いながらスプーンで具材を口に入れ、スープにパンをひたしながら食べる。


毎日こんなのが食べれるなら、将来的に奉公もアリじゃね?


一瞬そんな思いが頭をよぎったが、まあ自分のこの世界での生き方に直結する選択だ。ゆっくり考えよう。


ところで、さっきは本当にうまくいったな。


生命力を、色々な効果があるものに変質させられることはわかっていたが、ぶっつけ本番であんなにうまくいくとは思わなかった。


もしかしたら、魔法を一度くらって「実感」できたのが良かったのかも知れない。


今後も、リスクが少なく魔法を実感できるような機会があれば、生命力で再現できないか試してみたいものだ。


まあなかなか低リスクというのは難しいだろうけどな。


アンティの聖なる雷の魔法なんて、絶対にくらいたくない。生命力をフル活用してもたぶん死ぬ。


「おうクソガキ、食ったんならとっととその皿洗って失せろ。邪魔くせーんだよ。」


うわっ。子供相手にずいぶん手厳しいな。正直傷つく。


本当に邪魔者を見るような目でそう言ってきたのは、たしかビッツという名前の、若い料理人だ。見た目がかなり良いので女性ファンもいるらしい。


しかし性格悪そうだな。


それとも、気づかぬうちに気に触るようなことを俺がしてしまったのだろうか。そうは思えないが……。


まあこの世界にも色んな性格の人がいるということか。


少々しょんぼりしながら家路につくのだった。



父が帰ってくるまでの残りの3日間も、皿洗いの手伝いを続けた。


ビッツからは必要なとき以外話しかけられないが、露骨に邪魔者扱いされているのを感じた。


しかし、ビッツがキツい態度を取るのは俺に対してだけ、というわけではなく、どうやら店に奉公にきている半人前には、基本的にあたりが強いようだ。


「いつまで皮むいてんだコラ!おっせーんだよ。てめーの皮をはぐぞ!」


今も見習いの少年にそう怒鳴っている。

きらいだわー。こいつ。


怒鳴られた少年が、泣きそうになりながら必死にジャガイモの下ごしらえに取り組んでいた。


「おい、ガキ相手に大声出すんじゃねえよ。てめえを剥ぐぞ。」


「……。ムカつくんすよ。半端な仕事しやがって。こっちは料理に命かけてんのに。」


年配の料理人に諭されつつも、まだ何かブツブツ言っている。


ううむ。まあ極力接点が少ないように過ごすしかないか。



他には大したトラブルもなく、無事に皿洗い最終日である4日目が終了した。


「10歳になったらまたおいで。そんときは料理も教えてやっからよ。」


最後のまかないをいただいたあと、「いりません」と言ってあったお手伝い賃を無理矢理手渡され、料理長からそう言われた。


「ありがとうございます。父と相談して決めようかと思います。」


まあ将来料理人になるというのも悪くないか。選択肢に入れておこう。



店をあとにし、家に着くと父が帰ってきていた。


「俺はやる!俺はやるぞ!」


父は何やら興奮して家の中をうろうろしていた。


それを生温かく見つめる祖父母・母・姉。


どうやらパッズの新たな旅立ちを目の当たりにし、自分も何かしなきゃと触発されたらしい。


なんと単純な……。


ちなみにパッズは無事に王立図書館に送り届けられ、寮みたいなところに入ったそうだ。


これからパッズは6年間、王立図書館で見習い修行をし、その後はそのまま王立図書館に就職か、もしくは他の行政機関に転属するかも知れないらしい。


エリート街道とは言えないものの、我が村の村民としては異例の就職コースのようだ。


そのうち手紙でも書こうかな。


さて、どうせ数日もすれば元のテンションに戻るだろうと高をくくっていたが、その数カ月後、俺は父の本気を見ることになる。

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