転生
【鍛錬終了ですね。お疲れ様でした。】
何もない空間から、声が聞こえてくる。
懐かしい声だ。
【普通の人は、何日かで孤独に耐えられなくなって、すぐに終了ボタンを押してしまうのです。あなたは1000年近くもよく独りで耐えられましたね。頭おかしいんじゃないですか?】
なんて失礼な。
てか気づけば1000年近くも修行していたのか。
【それでは四の五の言わず、剣と魔法のファンタジー世界にレッツ転生しましょう!心の準備は良いですか?それではっ!……おや?】
声が止まった。
急に何かに気づいて、考えているような雰囲気だ。
【……。もしかしてそこに転がっているのは、吸精石ではありませんか。しかも限界まで生命力がチャージされている。】
「ハイ、ソレガナニカ。」
【……。それ、私にいただけませんか?】
いただくも何も、もともと転生先には何も持っていけないと思っていたので、すべての物品はここに残していくことになると思っていたが。
まあ、あえて欲しがるのなら、差し上げても問題ないか。
「ハイ、ワカリマシタ。」
【……。ありがとうございます。ちょっとあなたのここでの鍛錬の様子の記録を確認させていただきます。ダイジェスト版で。】
それからしばらくの間、声がやんだ。
……。
……。
【……。なるほど。これは驚きました。貴重なサンプルデータになりそうです。そうそう、吸精石のお礼に、特別サービスをご用意しましょう。】
今サンプルデータって言ったか?やはり今までの「これ」自体が何かの実験なのか……。
【本来は転生先には記憶以外を持ち込むことはできないのですが、特別に一つだけ、ここに存在するものに限り、持ち込むことができるようにしましょう。】
……。その特別サービスとやらも気になるが、その前に、「記憶以外は持ち込めない」ってどういうこと!?
鍛えに鍛えたこの体で異世界にいけるわけじゃないの!?
かなりショックだ……。
生前に詐欺にあったときの感覚を思い出した。
【ポイントもたくさんお持ちのようですし、今、新たに物品を注文して、それを異世界に持ち込んでいただいてもOKです。】
【鍛錬の様子をダイジェストで確認させていただきましたが、かなり思い入れのある道具に巡り会えたみたいですね。地球の最先端技術で作られた繊維は、異世界モンスター相手でも十分に活躍できると思いますよ!特別にお教えしますが、あれで身動きを封じるのは抜群に有効で、中級以下のモンスターは、苦戦することなく倒すことができると思います。】
「デハ、ゲンシリョクハツデンショデオネガイシマス。」
【そこ「投網」違うんかい!】
おお、そういうことか。空気が読めないというところは、一度死んでも直らないらしい。
【あと、原子力発電所は、たくさん専門知識を持っていて経験を積んだ人がたくさんいないと動かせません。】
そうか、電力の安定供給は異世界でも重宝されるだろうと考えたが、運用が難しいか。
「デハ、イマノワタシノ『カラダ』デオネガイシマス。」
【……。それは言うかと思いましたが、あまり意味がありませんよ?その体で転生できるわけではなく、転生体はランダムで生まれ落ちる普通の赤子です。ただの死骸を持ち込むようなものですよ。】
「カマイマセン。オネガイシマス。」
【わかりました。では具現化キーを記憶の中に埋め込んでおきますので、具現化させたくなったら、強く具現化したいと念じてください。強く念じるとセキュリティ解除の手段が頭の中に浮かんできますので、セキュリティを解除すれば具現化できます。】
「ワカリマシタ。」
【では、いよいよ剣と魔法のファンタジー世界に転生です!いってらっしゃーい。】
その声と共に、俺の体が光に包まれ、だんだん意識が遠のいていく。
それにしても、転生後に引き継げないんじゃ、全然チートじゃないじゃん。
また騙されたのか……。
生まれ変わったら、次はもう少し人を疑うようにしよう。
そして、嫌なことや怪しいことには素直に「ノー」と言える人になりたいものだ。
ーーーーーーーーーー
無事に転生できたらしく、俺は布に包まれて母親らしき人に抱かれている。
まだ目が良く見えないので、どのような環境に転生したのか、何もわからない。
せっかく剣と魔法のファンタジー世界に転生したのであれば、できれば剣か魔法の教育を施してくれる家庭環境であってくれるとありがたいが……。
まあ最悪、著しく劣悪な環境への転生で無ければ文句は言うまい。奴隷スタートとかはできれば勘弁してもらいたい。
何となく、周囲の雰囲気は明るそうだ。
今のところ、泣く・飲む・排泄する、の3種類しかやることが無いので暇である。
体内に意識を集中すると、生命力の流れをしっかり感じることができた。
良かった。生命力について「認識できる感覚」は、失われていないようだ。
生命力をコントロールすることは、一種の技術だ。
一度習得したことのある技術であれば、再度同じ道を辿ることは、ゼロから習得するよりもはるかに容易だろう。
転生前と同じレベルに達するには、それでも長い時間が必要だと思うが、せっかく暇だし、やれるだけやってみよう!
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3歳になった。
1歳の後半くらいから、この世界の言語が少しずつ理解できてきたので、周囲の会話から色々なこともわかり始めた。
どうやら俺は、ごく普通の平民の家庭に転生したらしい。
祖父母、両親、兄、姉の、自分を入れて7人家族だ。
「パニィ、ちょっとこっちに来なさい。父さんの新作料理を食べさせてあげよう。」
父は料理人をしているらしい。
自分で店を持っているわけではなく、雇われの料理人だ。
無駄にいかついマッチョ体型だが、狭い自宅のキッチンで、背中を丸めてオーブンの火加減を調節している。
今日は非番らしいが、新作料理の試作をしている。研究熱心なことだ。
「え、親父のオリジナル料理ってクソまずいじゃん。お断りします。」
姉の名前はパニィ。6歳だがなかなかのしっかり者だ。やや口は悪いが……。
「そう言わずに食べて感想を聞かせてあげなよ。父ちゃんが出世したら、パニィの欲しいもの、買ってもらえるかもよ。」
そう言う母は専業主婦だ。元々は女戦士だったらしく、兄や姉、近所の子供にたまに剣術を教えている。
「やだよ。今、ビックリするくらいまずいのに、出世するまでどんだけ人体実験する気だよ。あたしじゃなくて、たまには兄貴に食べさせれば?」
「出世してからではなく、今から書籍を何冊か購入してくれれば検討するが。」
写本の手を止め、父の方にチラリと視線を向けてからそう答えたのは、兄のパッズだ。8歳にして勉学をこよなく愛している。
「ちょっとちょっと!パニィもパッズもひどくない?あ、そしたらパイクちゃん、ちょっとおいしおいししてみましょうか〜。」
パイクちゃんとは今の俺の名前だ。
この家の子供の名前は、なせか頭に「パ」がつく。
理由は知らないが、両親の知能レベルを考えると、おそらく大した理由は無いだろう。
「おい、パイクはまだ3歳だ。殺す気か。殺すぞ。」
母が若干キレたのと時を同じくして、玄関の扉が勢いよく開いた。
そしてヤツが現れた。
「誰かが助けを呼ぶ声がした。幼い俺に何ができるのか。そんなことは関係が無い。俺は絶対に、傷ついたその手を離したりはしない!」
相変わらずニュアンスのみのセリフと共に登場したのは、お隣に住む勇者のアンティ君(5歳)だ。
そう勇者。彼は勇者らしい。
彼が生まれたときに、生まれたばかりの彼に向かって空から青色の祝福の光が降り注いだのだそうだ。
それを見て、各国から偉い司祭だとか学者だとか仙人だとか宰相だとかがお祝いに来て、ワッショイワッショイ勇者に祭り上げたのだとか。
彼は、16歳になったら魔王を倒すために旅立つことが確定している。
うーむ、転生者としては、お隣さんに目立たれるのは微妙な心境だが、それはそれで面倒ごとを引き取ってもらえたような気もして、まあ頑張ってくださいという感じだ。
「おおアンティ、良いところに来たな。新作料理を作ってみたんだけど食べていくかい?」
「!……良いでしょう!望むところです!」
若干目元を引きつらせながら、アンティは我が家のテーブルに礼儀正しく着席した。
すかさず父がキッチンから運んできたのは、皿に乗ったグラタンのような何かだ。
アツアツの湯気が立ち上り、見た目はなかなかおいしそうだ。
「召し上がれ!」
「いただきます!」
アンティが震える手でスプーンを掴むと、恐る恐るグラタンのような何かをすくい、フーフー冷ましてから口に入れた。
見る間にアンティの顔色が青紫色になり、ダラダラと冷や汗をかき始めた。目の端には涙が浮かんでいる。
そう、父のオリジナル料理は殺人的なマズさだ。
使用する具材や調味料はごく一般的なものだ。
調理の手際も良いので、インプットの前段階では問題無いのだろう。しかし、おそらく相性が最悪の組み合わせを、天性の勘で選び取って、結果的に激マズ料理がアウトプットされるのではないだろうか。ある種の才能だ。
「はぁ、はぁ!」
皆が固唾をのんで見守る中、呼吸をおかしくしつつも、アンティはグラタンのような何かを完食した。
「おいしかったかい?良ければ感想を聞かせて欲しい。」
「はい……。おいしかった、です……。ごめんなさい。剣術の修行があるので、感想は、また後日……。」
ヨロヨロと席を立つと、登場とは打って変わって、弱々しい足取りでアンティは玄関へと向かった。
「アンティ、今度外で遊んでね。」
俺は3歳児らしさを意識しながらアンティに抱きつくと、手のひらからアンティの胃のあたりに生命力の治癒を少しだけ流した。
これで少しは楽になってくれるといいが。
「ああ、白馬で遠乗りにでも出かけようじゃないか。」
少しだけ顔色が戻ったアンティは、中途半端なセリフを残して隣に帰っていった。
少々おかしな育ち方をしているが、俺は彼を真の勇者だと認めている。
何しろ、このようなやり取りは今月ですでに5回目だからだ。
マジで勇者だと思うよ。もしくはドMか。
「あんまりおいしくなかったのかな。オーブンする前に少し煮込みすぎたかな。」
たぶんそういうレベルの話ではない。
食器を片付けながらそうつぶやいた父の言葉に、その場にいた全員がそう思ったことだろう。
ちなみに父が、「レシピ通り」に作った料理はめちゃくちゃうまい。雇われ料理人をしているうちは問題は少ないだろう。
しかし、自分の店を持てるようになるのが父の夢らしい。
道のりはなかなか険しそうだ。