不思議パワー
そして35年後、ついに吸精石を入手した。
来る日も来る日も、ひたすらマシーンのように生き物を投網で捕え、鉄棍棒で殴り続けた。
全身の筋肉は、投網を投げることと、鉄棍棒で対象を殴り殺すことに特化したものとなり、バッキバキに鍛えられ、我ながらよくわからない、この動作だけを正確に繰り返す職人みたいになってきたように思う。
20年を経過したあたりから、ついにコツでも掴めたのか、鉄棍棒を振り下ろす威力が急増した。
これが自信となり、なんと虎や熊も狩れるようになった。
もちろん猛獣捕獲用の投網の使用が前提だが。
これで、得られるポイントの効率が上がり、予定より早く望みのブツを入手することができた。
長かった……。
さて、目の前には、地面から浮き上がってきたばかりの吸精石が転がっている。
見た目は血のように赤い、ゴツゴツとしたコブシ大の石だ。
これが140000000ポイントか……。
しかし改めて考えると、精を吸う石か。
触っただけで精を搾り尽くされて絶命とかしないだろうな。
少々びびりながら、人差し指で触れてみる。
途端に、全身のエネルギーが急激に失われたような感覚に襲われた。
反射的にすぐに指を離す。
え、なにこれ。多少覚悟はしてたけど、こんな……。
そのまま俺は気を失った。
…………。
意識を取り戻したとき、時計を見ると、約8時間が経過していた。
白い地面の上で気を失ったまま眠ってしまったらしい。
すぐ近くには吸精石が転がっていた。
もし寝ている間に寝返りをうって吸精石に触れてたら、そのまま精を絞り尽くされて死んでたんじゃないか……。
恐怖で身震いした。
この日は一日、重度の倦怠感が身にまとわりつき、何のやる気も湧いてこず、何とか布団までたどり着いたあと、寝転がって過ごしてしまった。
そしてその次の日は、若干ダルさを引きずりながらも、何とか午前中のトレーニングをこなし、昼食を食べながら、まだ出現位置に転がりっぱなしの吸精石のことを考えた。
あの、全身のエネルギーを吸い尽くされるような現象が、生命力を鍛えるトレーニングになるのだろうか。
はっきり言って、めちゃくちゃ体に悪そうたが……。
生命力が急激に奪われる感覚。
それは今までに味わったことがないような、根源的な恐怖感そのものでもあった。
しかし不思議なことに、その恐怖感のなかには、ほんのわずかな「快感」も含まれていた。
精を吸われる、というのは、つまりアレと通じる部分もあるということだろうか……。
まあそれはそれとして、問題はこれを継続するかどうかだ。
一歩間違えば、触れる時間を少し間違えば、おそらくあっさり死ぬだろう。
一度体感し、そう確信した。
ここで死んだら真の「無」という話だし、曲がりなりにも35年間鍛えてきたことがすべて無駄になる。
やはり恐怖感が大部分であり、あまり気は進まない。
しかし、不思議パワーを手に入れるための手がかりは、もはやこれしかない。
ポイントを貯めていた35年間も、コツコツと不思議パワーに関連しそうなものを検索していたが、ついに他に一つも見つけることはできなかった。
これを信じて、これに賭ける。
その決意を固めるために午後いっぱいを費やしてしまった。
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吸精石に触る → その日を含めて2日休む → 回復したら一日、トレーニングとポイント稼ぎ
これを繰り返した。
もしかしたら勘違いだったかと思っていたが、やはり生命力を吸われるときには凄まじい恐怖感と、わずかな快感が伴う。
このわずかな快感が無ければ、とっくに心が折れて断念していたかも知れない。
信じて賭けると決めたものの、不安と恐怖が大部分を占める、五里霧中の日々であった。
そんな日々に、わずかな希望が混じり始めたのは、約4カ月が経過してからだった。
自分の体の内部を漂う生命力の「流れ」とでもいうべきものを、リアルな感触として感じることができるようになってきたのだ。
それは、もともと当然のように体内に存在していたものなのだろう。
それの発生源は、俺の身体を構成する、すべての細胞だ。
一つ一つの細胞から、ごくわずかな生命力が発生し、その一部が、細胞外に漏れ出す。
漏れ出た生命力は、少しずつ合流し、合流したものがさらに他の流れと合流して、やがて太い流れとなって、体中を廻っている。
血液の循環とはまったく異なる、生命力と名付けるのが相応しい、体内を流れるエネルギーの「川」を実感していると、徐々に確信を深めていけたのだった。
吸精石の作用によって、体内の生命力の急激な増減を繰り返すことにより、その流れの存在を実感できるようになったのだろう。
そして、「認識できた」ということは、「コントロールできるかも知れない」という発想にたどりつく。
今はまだ何もできないが、この体内を流れる生命力に意識を集中させ、わずかでも意志の力で流れに変化を与えられないか、やってみようと思えた。
それからさらに長い年月の時間を、生命力の流れというものに向き合うことに使うことになる。
吸精石の使用は継続し、トレーニングとポイント稼ぎに費やす時間を最小限にした。
その分、自分の体内に意識を集中するための、瞑想の時間がどんどん長くなっていくのだった。
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生命力の流れに、意志の力でほんの少し影響を与えられるようになるまで5年。
どうやら生命力の流れは、「呼吸」と深い関係があるようで、様々な呼吸法を試しながら、自分の体内の感覚と向き合う。
小型発電機にポータブルプレーヤーを接続し、ヨガの動画を見て呼吸法の勉強をしてみたりもした。
かなり自在にコントロールできるようになるまで、そこから20年。
生命力は、自然に体内を流れているものだが、その流れを意志の力でいきなり急激に変化させることはできない。
あくまで流れに逆らわないよう、円を描かせるようなイメージで、体内を周回させながら、強弱や細分化、密度の濃淡のコントロールができるよう、意識を集中し続けた。
そして、生命力をコントロールし、身体の細胞に直接働きかけて、「筋繊維」や「神経」、「脳細胞」を自在に強化したり細らせたりできることに気付くのに20年。
生命力を体内で操作しようとすることをどんどんと深めていくと、生命力は意志の力で流れをコントロールできるだけではなく、意志の力を細胞に伝達させる、プロトコルのような役目も果たしてくれることに気づくことができた。
さらに、生命力自体の性質を変化させることもできるようになってきた。
フォーカスに特化した生命力で、細胞の細部を観察したり、感じ取ったりとか、細胞自体の作りに変化を与えられるような、可変性に特化した生命力に変質させたりと、様々な可能性を感じさせられた。
また、体の動作に、生命力の流れをうまく合わせることができれば、爆発的に身体能力を向上させることができることに気付くのに10年。
気付いてから、模擬戦で活かせるまで使いこなせるようになるのに40年。
これは、無意識に使いこなせるようになるまで、今までで一番難しかったかも知れない。
例えば、正拳突きという動作一つをとっても、正拳突きを構成する筋肉の動きは実にたくさんあり、その筋細胞の一つ一つの動きに生命力の流れを乗せて、筋肉の動きを加速させるように作用させる必要がある。
最初はごくゆっくりとした動作から始めて、気の遠くなるような数の反復練習をおこない、徐々に徐々にスピードを速くできるよう、鍛錬を積んでいく。
そして他の動作、「蹴り」や「受け」、基礎的な「走る」という動作にいたるまで、全部、生命力の乗せ方のコツが異なる。
凄まじい難易度と、地味な鍛錬を要したが、これをある程度使いこなせるようになってきたとき、模擬戦で投網無しで相手にできる生き物の種類が、格段に増えることになった。
さらに、体から外に向けて、ソナーのように生命力を飛ばすと、飛ばされた生命力が触れたものについて「知覚」することができるのに気づくのに10年。
模擬戦で複数の生き物を召喚し、「目隠し」をしながらでも、生命力による知覚のみで戦えるようになるまで20年。
またその頃には、数時間は吸精石に触れていないと、体内の生命力の枯渇を感じられないほどに、生命力の総量も増加していた。
生命力は、吸精石で吸ったり、コントロールして体内外に働きかけたりすると、ほんのわずかずつ総量が増えるようだった。
ほんのわずかずつとは言え、百数十年も行えば、チリも積もるということだろう。
その増加した生命力を、右手の指先ただ一点に集中させ、限界まで圧縮させると、凄まじい熱を発した。
熱で焼けた自分自身の指先の細胞は、別枠で発動している治癒用の生命力で即座に修復される。
熱を発したその指先で攻撃対象を貫いたとき、対象は内部から白い炎で焼き尽くされる。
これが今の俺の必殺技だ。
生まれて初めての必殺技だ。
なんか名前とか考えちゃおうかな。
模擬戦では、素手でも問題無く猛獣を狩れるようになっていた。
生命力操作による爆発的な運動能力の向上は、猛獣の動きを凌駕した。
また、神経や、運動能力と関係する頭脳も強化されているため、相手の動きに容易く反応し、対処することができた。
大型肉食恐竜も、たぶん頑張れば素手で狩れないことはないと思うが、まだ狩るときは投網を使用している。
大型肉食恐竜は、今の俺でも「万が一」がありえる相手であり、そのときは死ぬときなので、安全策をとっている。
ちなみに使用している投網は、タブレットから注文できる網の中で最も高額なもの(軍や宇宙関係の技術で作られた繊維だとか)を投網用に加工して使っている。
まさに究極の投網だろう。
これにも名前をつけようかと思っている。
さて、かなり長い時間はかかったが、念願の不思議パワーも手に入れることができた。
チートと言えばチートだろう。
そろそろ「鍛錬の終了」ボタンを押すときだろうか。
しかし、今の状態で剣と魔法のファンタジー世界に行ったとして、余裕で無双できるだろうか。
投網が無いと、大型肉食恐竜はまだ怖い。
おそらく、剣と魔法のファンタジー世界にいると思われるドラゴンとかは、大型肉食恐竜よりはるかに強力だろう。
……もう少し鍛えるか。
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それから何年が経っただろうか。
何十年。いや、何百年?
マシーンのように黙々と鍛錬を継続するうちに、いつの日か経過年数を数えなくなってしまったが、相当の時間が経過したのはわかる。
膨大な量となった生命力は、体内で凝縮と精錬を重ねに重ね、初期とはまったく異質なものとなっていた。
その生命力に操作・改造された肉体は、筋繊維が金属のような光沢を放ち、重く、理想的な弾性・剛性・靱性を兼ね揃えていた。
体重は5トンを超えていたが、走れば最高時速700キロを突破した。
「ソロソロ、タンレンヲシュウリョウシヨウカナ。」
声帯は特に重要では無かったので放っておいたら、肉体の変化に対応できておらず、ややカタコト気味になっている。
模擬戦では、もはやどんな対戦相手でも、ワンパンで弾け飛んだ。
ここまで鍛えれば、異世界でも活躍できるだろう!
さて、いよいよ「鍛錬の終了」ボタンを押すか。
ふと、周囲を見回した。
今の瞬間まで気に留めていなかったが、ここで永き時を共にしてきた生活用品たちが、寂しそうにこちらを見ているような気がした。
生命力の鍛錬が進むに連れ、休息や睡眠がほとんど不要になってしまったので、途中から使わなくなってしまったものがほとんどだ。
ポイントに困っていたわけではないので、下取りに出さずにそのままにしてしまっていた。
しかし、「ここ」に来てからの苦労や葛藤、喜びなとが、それらを見ていると、不思議と蘇ってくる。
「オワカレダネ。イママデアリガトウ。」
そうだ、アレには特に世話になった。
俺はたたずんでいる生活用品たちの中から、一式の投網を手に取った。
思えば、不安で満たされていた「ここ」での生活で、初めて「やっていけるかも知れない」という自信を与えてくれたのがこれだった。
いや、本当にそうだったか?
まあそういうことにしておこう。
吸精石を入手するまでのポイント稼ぎの効率を、飛躍的に高めてくれたのは、間違いなくこれのおかげだし。
何より、「投網さえあれば、とりあえず大丈夫。」という安心感は、俺の精神的な支柱になってくれたのは間違いないだろう。
自然と、無機質な殺人マシーンのようになってしまった俺の両目から、涙がこぼれ落ちた。
「ホントウニアリガトウ、ゴザイマシタ。」
ん?
網を広げてみてふと気づいた。
これハンモックだ。
投網は間違ってカップ麺をこぼして臭くなったから捨てたんだった。
……。
俺は「鍛錬の終了」ボタンを押した。