謁見
「おもてを上げい!」
数日後、俺は王城の謁見の間で、この国の王様への挨拶に同行してしまっていた。
初めて訪れる王都の街並みを楽しむ間もなく、馬車は王城に到着し、あれよあれよと言う間に謁見タイムだ。
このスピード感から、勇者に対する王様の期待度が高いことがうかがえる。
どこかの段階で、俺だけセパレートされるだろうと思いこんでいたが、わりと自然な流れで同行しているのだった。
まあどうせ、ひざまずいているだけで特段他に何もないだろう。と、このときは思っていた。
「陛下、お久しぶりでございます。いつも篤いご支援を賜り、謹んで御礼申し上げます。」
さすがにこの国の王様だけあり、凄まじい威厳を放っているが、アンティに向ける表情は柔らかい。
「よい。して、勇者殿の修行は進んでおるかな。」
「はっ。先日は海のモンスターとの戦闘方法を現地で学びました。」
「そうであるか。うむ、うむ。」
満足そうに柔和な笑みを浮かべている。まるで孫に向ける表情のようだ。
「して、そちらの者は?」
あれ、こっちに話きちゃう?
「はっ。先般ご報告させていただきました、料理人でございます。やはり特別な巡り合せの元にある者であることは間違いなく、その証として、先日見事に精霊との契約を締結いたしましてございます。」
『おおぉ〜っ!』
謁見の間には多くの貴族や兵士もおり、謁見の様子を静かに見守っていたが、アンティの発言でにわかにザワついた。
「静粛に!」
「うむ、それは興味深い話である。その方、名は何と申す。」
「発言を許す!」
ちょいちょい場の進行のために声を張っているのは、大臣っぽいおじさんだ。
……。緊張するけど、仕方ないな。
「パイクと申します。」
「ふむ。アンティよりさらに幼いようだが、あっ晴れである。聞けば、その齢で料理の道を極めたとか。」
なに、なに?
なんかおかしな話になっている気がする。
どうやらアンティは以前から俺について、王様に話をしているようだ。
怖いな。穏便にことを済ませたい。
小物であることを全力でアピールしたい。
でも、この場で王様相手に否定的なコメントはしない方が良いだろうな。
生前でも、事実とはいえ、否定的な意見を偉い人の前でして、とんでもない目にあった同僚を何人も見てきた。
一旦当たり障りの無いコメントをし、あとで中間管理職を通して軌道修正するのが吉と見た。
「恐縮です。」
「否定せんとは大した自信だな。興味深い。しからば……。王宮屈指の料理人と味比べでもしてみるか?」
「恐縮です。」
「さすがは勇者アンティが見込んだ者である。」
「料理対決の準備をせよ!」
あれ?なんだこの流れ。
ーーーーーーーーーー
謁見は一時中断し、俺は王宮の厨房に連れて来られた。
「第一王子専属料理人!ヴィーノ!」
「第二王子専属料理人!サバン!」
「第三王子専属料理人!クリス!」
「第四王子専属料理人!ゼフィー!」
「第五……。」
「……。」
王宮屈指の料理人、めっちゃたくさんいるな。
王子絡みの専属料理人の名乗りのあと、今度は王女絡みの専属料理人の名乗りが始まって、もうとっくに名前を覚えられなくなってしまっている。
というか、こんなにたくさんの料理人がエントリーしてしまうと、審査するのも大変なのでは。
まあいい。もうこうなってしまったらベストを尽くそう。
めちゃくちゃ広い厨房の横には備蓄庫があり、肉、魚、野菜、穀物、果物など、たくさんの種類の食材が大量にストックされていた。見たところ新鮮で状態も良い。調味料の類も豊富にあった。これらを自由に使って、何でも良いので自信のある料理を作ってみよ。とのことだ。
そして、厨房には先程謁見の間にいた貴族や、なんと王様まで様子を見に来ている。……。この国の要人はどんだけフットワークが軽いんだよ。
というか、俺に対して何をそんなに期待しているのだろうか。それとも、料理対決みたいなのが娯楽として盛んな国なのか。
さて、どうするのがベストだろうか。
周りの人々の様子を見ると、誰も彼も期待に目をキラキラさせている。
前世を含め、こんなにたくさんの期待の眼差しを向けられたことがあっただろうか。
「ガッカリさせたくない。」
直感的にそう思った。
それであれば、やはり全力を尽くすべきだろう。
しかし、これだけの人の目があると、生命力を使った加熱の調理を誤魔化すのは難しいかも知れない。
あれはどうしても指先が光ってしまうので、何かでうまく隠さないと、どうしても目立ってしまうだろう。
どうしようか……。
いや、そうだ、逆に考えるんだ。
目立たなくさせようとするから、悪目立ちする可能性が高くなる。
それであれば、逆に調理自体を目立つようにすれば、光る指先が自然なものとして人々の目に映るかも知れない。
今思えば、このときの俺は人々の期待の眼差しに当てられて、少々浮かれていたのだろう。
イメージしたのは、前世で言うところの太極拳だ。
ゆったりとした動きで、虚空に残像を画きながら、「武」を体現する。
転生前の修行空間での鍛錬。
影の生き物たちとの膨大な模擬戦。
そこで培った「武」の感覚を、動きの中で表現する。
今この瞬間、俺は一人の表現者だった。
人々の視線が、俺に集まっているのを感じた。
全身を流れる生命力をコントロールし、体の動きに合わせて、指先に集中・圧縮させると、指先に光が灯った。
その指先で炙るのは、備蓄庫で確保した、高級そうな獣の生肉だ。
残念ながら名前は知らないが、たぶん高いやつだ。
今まで、他人に食べさせたことのある、生命力調理による料理は、「まず普通に調理したもの」を、光る指先で「再加熱する」というものだった。これで、料理に少しだけ生命力が入る。
しかし、「生の状態の食材」を、光る指先でゼロから加熱して調理すると、「入る」生命力の量が、格段に増える。
この調理法が、今の俺ができる全力である。
全力のおもてなし。
これが通用しないのであれば、俺は勇者のパーティの料理人を辞そう。
普段は王族が使用することなど決して無い大食堂。
そこを会場とし、料理対決の審査がおこなわれる。
「ステーキでございます。」
特別に許可され、俺自ら王様に配膳させていただく。
「こ、これは……。」
威厳のあった王様の顔に、驚愕の表情が浮かんでいた。
皿の上に盛り付けられていたのは、ステーキが一枚だけだ。
添え物も、ソースも無い。
しかし、そのステーキからは、光が放たれていた。
2年前のパンゲア料理大会で、父の料理に細工したときの薄っすらとした光とは光量が違う。
他の審査員は、よく知らないがとても偉そうな大臣的な人が6人、他のテーブルについており、そちらには城の本来の給仕がステーキを配膳していた。
その6人も、一様にステーキの輝きに驚愕の表情を浮かべている。
「ゴクリ」
美食など、食べ尽くしてきたであろう面々のなかから、生唾を飲む音が聞こえた。
ステーキからは光だけではなく、舌を火傷するほどの熱量を内包することを示す湯気も立ち上っており、その旨そうな香りは、広い食堂を満たしているようであった。
静まり返る食堂の中、王様がステーキにナイフを入れた。
やわらかい!
ナイフは大した抵抗を感じさせることなく、肉を一口大に分離させた。
肉の断面より溢れる肉汁。
焼き方はミディアムである。味付けは、下味に塩コショウを降ってある程度だ。
切り取られたステーキが、王様の口に運ばれる。
味わうように咀嚼され、ゆっくりと飲み込まれたとき、王様の瞳から一筋の涙が頬を伝った。
その後も食は進み、王様はステーキを完食されたあと、よく冷えた水を一口飲み、深い息を吐き出した。
そして、毅然とした表情で俺の方を見ると、厳かにお言葉をくださった。
「おかわりを頼む。」と。
ーーーーーーーーーー
他の料理人の料理を食べることなく、俺の優勝が決定した。
俺の出したステーキは絶賛され、大変な注目を浴びる騒ぎとなってしまった。
火を使わず、指先の光で肉を炙る調理法について、「魔法ではないか」との疑惑が挙がったが、魔力の波動が確認されなかったとのことが宮廷魔法使いから報告されたため、これは否定された。
では、あの光は何なのか?という質問に対して、
「何となくできるようになっていたのでよくわかりません。」
と、苦しい弁明をしてみたが、「勇者のパーティメンバーに選ばれるくらいなのだから、あり得る。」と、意外にも強い追求は受けなかった。
やはり心配しすぎだったかな。
生命力のコントロール技術について秘密にすることは、いらない騒動を回避することだと思っていたが、自意識過剰だったのかも知れない。
しかしそれにしても、冷静になって考えてみると、少しやりすぎだったかと、怖くなっている。
「勇者が連れてきた子供の料理人が、最近偶然にも魔法使いになった」
という、微妙な話題性の存在から、
「王様を泣かすほど料理を異常に美味しく作る珍獣」
というポジションにクラスチェンジしてしまったように感じられる。
このままだと、勇者のパーティではなく、王宮の料理人に就職する可能性もあるそうだ。
途中だった勇者の謁見は、一連の騒ぎの影響で一旦見合わせとなり、その夜は王城の一室に泊めてもらえることになった。
平民の子供に対する対応としては、異例のことらしいが。
俺とアンティにはそれぞれ別の来賓用の部屋が与えられた。
ガインとバーナムは、それぞれ兵舎の自分の部屋で過ごすらしい。
そういやあの二人、騒動のときに一切フォローしてくれなかったな……。まあ、どうしようもなかったか。
【へえ。ここが今日泊まるところか。今までになくラグジュアリーやね。】
部屋は30畳程で、ふかふかの絨毯が敷き詰められ、高級そうな家具に囲まれている。
そして出ましたよ、天蓋付きのベッド。
いやー、やっぱ世の中金だよね。と、半ば本気で思わされてしまう。
「明日には王様との謁見が終わって、そのあとに魔法使いの登録をするっていう話だから、それが終わって村に帰ったら、たくさん魔法の練習をするつもりなんだ。」
【うん、まあ任しとき。最強の投網の使い手に育てたるわ。】
「よろしくお願いします。ところで、ずいぶん遠くまで連れてきちゃったけど、大丈夫だった?投網の精霊的には、海の近くにいたい、とか無いの?」
【いんや、色々見れて楽しいよ。それにウチらは夫婦やからな。どこまでも一緒におるんや。】
ううむ、前世を含めて、家族や詐欺以外で、ここまで他者が自分と一緒にいようとする意思を示してきたのは初めてなので、正直どうすれば良いのかわからない。
こういうとき、どんな顔をすれば良いのかわからない。
笑えばいいと思うよ。
そんな幻聴が聞こえた気がした。
「ニコッ。」
【うわ、キショいな。やめろや。】
モックに本当にイヤそうな顔をされた。




