魔法
「海の勇者【ハンモック】よ、もう少しゆっくり歩いてくれませぬか?腰に響きましてな。」
俺は海の岩場の岩に挟まれたハンモックを引き抜いた功績を讃えられ、海の勇者【ハンモック】)の称号を得た。
嬉しくないし、正直わけがわからない。
今はイシュラ老人を村に送り届けるために、俺が彼を背負って歩いている。
【うあぁぁ。うああぁ。なんでなん……。】
投網の精霊は、俺の頭の上で先程から悲嘆に暮れていた。
投網の精霊を名乗っているくせに、投網とハンモックの違いに気づけていなかったのがショックなのだろう。
俺も前世では似たような感覚を味わったことがあるので、気持ちはよくわかる気がする。
前世では一時期、ビンテージジーンズに凝った事があり、通ぶって友人のジーンズを鑑定し、価値有りと太鼓判を押した逸品のタグに「ユ○クロ」と記されていて赤っ恥をかいたものだ。
「まあまあ。ところで君の名前は何ていうの?」
【ううぅ。名前なんて無いよ。投網のせいれ……。うあぁぁん!もう投網の精霊とは名乗らん。パイク、なんか名前つけてくれや。】
自信を無くしてかわいそうに。ん、今さらにエグッたのは俺か?
「そうだね。そしたら、『アミちゃん』でどうかな。」
【センスゼロやな。あー、やっぱウチが自分で決めるわ。今日この日の屈辱を決して忘れないよう、今の瞬間からわしのことは『モック』と呼んでくれや。】
「わかったよ。モック。」
【うわーん!】
やばい、精霊と良好な関係を築ける気がしない。
あとでバーナムにじっくり色々教えてもらおう。
しかしこれ、傍から見たら、ただ俺が独り言をつぶやき続けているように見えるんだろうな。
アンティとバーナムが精霊と話しているっぽいところをよく見ていたので、慣れたつもりでいたが。
ーーーーーーーーーー
トゥーナ村に着くと、あたりは騒然としていた。
2つのイレギュラーが、ほぼ同じタイミングで起こってしまったからだ。
1つ目のイレギュラーは、漁に出ている船が、大量のモンスターに襲われているというものだ。今までも、一匹か二匹のモンスターに船が襲われることはあったが、不活性の時間帯に大量のモンスターに襲われたことは、一度も無いという。
船上の漁師たちもプロなので、必死に応戦しているが、いかんせんモンスターの数が多すぎて、全滅は時間の問題だと大騒ぎになっている。村では、救助の船を必死に準備しているところだ。
「早くドナンドちゃんの食事を用意しなさい。こんな生臭い魚なんて、食事とは言わないわ。」
2つ目のイレギュラーは、第五王女殿下の一行が、この村にやって来てしまったということだ。
一行は村にいきなり大勢で乗り込んできて、愛犬のエサを要求。しかし残念ながら、その犬が好む食材や料理を村側が用意することができず、大変ご立腹されている様子だった。
「わたくしの家族も同然であるドナンドちゃんがお腹をすかせているのよ?かわいそうとは思わないのかしら。仕方がないから教えて差し上げます。魚ならクロントの大トロなら、ドナンドちゃんの口にも合うと思うわ。」
「王女殿下、恐れながらクロントはここから遥か北方で捕れる魚でございまして、この村では入手いたしかねます。今、漁に出ている船の中に、この村で捕れる最高級の魚がいるかも知れませんので、そちらをご賞味いただきたく存じますが、現在漁船団がモンスターに襲われているという状況でございまして、まずは救助を優先したく……。」
対応しているのは、村長と思わしき老人と、俺たちに倉庫の使用を認めてくれた責任者の人だ。
そして、第五王女は確かに美しい人物だった。二十歳くらいだろうか。しかし、顔は醜悪に歪み、青筋がこめかみに浮き出できる。
周囲を固めているのは、鋭い槍を持ち、このクソ暑いのに全身を鎧で覆った親衛隊だ。30人はいるだろう。
「はぁ。そんな事情は関係ないでしょう。」
第五王女は、やれやれといった無駄に優雅なリアクションで首を振った。
「わたくしはただ、ドナンドちゃんの食事をお願いしているだけですわ。訳のわからないことをベラベラと。もういいわ。騎士長、この者たちを処刑しなさい。そのあと、この村にいる馬の中からマシなのを選んで捌きなさい。焼き方はいつも通りよ。馬のランプ肉ならドナンドちゃんも何とか食べてくれるでしょう。あら?」
第五王女がこちらに気づいた。
「貴方たち、見覚えがあるわね。たしか前に王宮に挨拶に来た、子供の勇者と、その教師かしら。」
「はっ!第五王女殿下におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう。このような場所でお会いできた僥倖、運命の女神に感謝いたします。」
ガインとバーナムが光の速度でひざまずいたので、急いでそれに倣う。
「あら?おかしなこともあるものね。あなた達が駐在している村からここまでの移動経路を考えると、途中でわたくしたちに気づかないわけが無いわよね。挨拶を受けた記憶が無いのだけれど。」
ガインとバーナムの額にびっしりと冷や汗が浮かんでいる。
「そうだとしたら、不敬ここに極まれりよね。困ったことだわ。」
やばい、パニィがキレ寸だ。いくらパニィが強くても、この数の親衛隊では相手にもなるまい。
どうする。どうしよう。
「隊長、そこの者たちの処刑の前に、この不敬な者たちを拘束しなさい。良い機会だから、勇者に真の善なる行いというものを教育して差し上げますわ。拷問器具の種類くらいは選ばせてあげようかしら。」
あー。これ詰んでるな。仕方ない。やるしかないか。
それにしても、こんなヤバいやつが国のトップの方にいるとはな。
この状況では選択肢が無さそうなので、俺は覚悟を決めた。
俺は全力で精神を集中させると、2年前に荒くれ者の魔法使いから受けて体感した「恐怖の魔法」の、生命力によるコピーを、あらん限りの力で周囲に撒き散らした。
2年の間、これについても練習を重ね、今では直接対象の頭に触れなくても、半径十メートル程度の範囲内の生物に、強い恐怖を与えることができるようになっている。
ただし、対象が指定できず、無差別に恐怖を与えてしまう上に、生命力の消費が著しい。
しかも今回は、なるべく穏便に事態を納めることができる可能性に賭け、関係者全員を恐怖で「気絶」させることが必要だ。
「ぐうぅぅぅ!キツいぃ……!」
これをやった犯人が俺だとバレると、間違いなく反逆罪で死刑だろう。家族にもそれが及ぶ可能性も高い。
しかし、あのまま自分を含め、みんなが拷問されることを受け入れるくらいだったら、いかに状況に流されがちな俺でも、暴れて皆殺し。まではしなくとも、少なからず死者は出るだろう。
どうせやるなら、わずかでも誤魔化せる可能性に賭けたい!
そのためにも、絶対に全員気絶させる!
「ぐあああぁぁぁぁ!!」
そして、俺はほとんどの生命力を使い果たした。
そして見回せば、周囲に立っている者は一人もいなかった。
なんとかなったか……。
俺は朦朧とする意識のまま、すぐ近くの雑貨屋(店員は効果範囲内だったので気絶)にあった墨と筆を失敬し、気絶した第五王女のおでこに「魔王参上!」と書いた。
そのまま第五王女を近くに置いてあった大きなタルの中に押し込み、魚の出荷用と思われる荷馬車の上に載せておいた。
多分ダメだろうとは思うが、運が良ければ時間稼ぎ&魔王の仕業にできるかも知れない。
さて、次だ。
俺は「ごめんなさい」を心でつぶやきながら、気絶したバーナムの懐を探る。
懐の中には、2つの赤い団子が入っていた。これでは足りないな……。
次に俺はガインの懐を探ると、俺たちが借りている倉庫の鍵を取り出した。
「はぁ。はぁ。フゥー。」
そして俺は、倉庫の方向へと走り出した。
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倉庫内に停めてあった馬車の中から、バーナムの持ってきていた赤い団子を、あるだけ回収すると、すぐに海岸に向かってまた走った。間に合ってくれるといいが。
あまり村に近くても、村に被害が出る可能性があるので、アンティの修行場所の砂浜まで走る。
到着すると、間髪入れずに赤い団子を全部海に投げ込み、ナイフで指先に傷をつけ、海にポタポタと血を垂らした。
これでうまく漁船団を襲っているモンスターを、こちらにおびき寄せられるといいが。
もし思惑が外れた場合、漁船団はモンスターに襲われ続けて全滅だろう。こちらも賭けだ。
遠くに見える漁船の方を観察していると、漁船団に向かって、村から救出に来たと思われる船が何艘か近づき、合流する様子が確認できた。
その動きに不自然な様子は見られなかったので、うまくことが運んでくれていると信じたいところだ。
「キシャアァァー!!」
そうこうしている間に、大量の魚人モンスターが海から這い上がってきた。百匹はいるだろう。
さて、ここからはノープランだ。
生命力が全快の状態であれば、やりようはいくらでもあるが、全快にはほど遠い上に、生命力が自然回復するそばから、村からのダッシュ移動とかで使ってしまったので、まだカラに近い。
選択肢は、
・逃げる
・玉砕覚悟で戦う
の二択か。
奴らの陸での移動速度がどの程度かはわからないが、たぶん逃げることは可能だと思う。
しかし、村や周辺に与える影響を考えると、ここまでやってしまった責任は取りたいところだ。
ううむ。困ったぞ。そして脱力感で体がツラい。
【なんか困ってるん?さっきから何や。全部一人でやりよってから。水臭いやん。少しは頼れや。夫婦やろ。】
ここでモックが話しかけてきた。
魔法か。魔法という選択肢がありえるのか。
「いや、まだ君の力とかよく知らないし。それに勝手に魔法使うと、国から罰せられるかも知れないみたいだよ。」
【そんなこと言うとる場合か!いいから魔力貸したるわ。】
次の瞬間、俺の体の中に、今までに経験したことのないような種類のエネルギーの流入が感じられた。
これが、投網の精霊の魔力か。
まだ方向性の定められていない、不定形のエネルギーではあるが、凄まじいエネルギー量であることがわかる。
これは確かに、使い方によっては歩兵100人分に相当する戦力と言われても、納得できる。
【おっ!お前、器としてもなかなか良さそうやな。ずいぶんたくさん受け取れたやん。そしたら、でっかい網を頭の中でイメージして、そのイメージ自体に魔力を注ぎ込むように集中してみ。】
「わかった。」
言われた通りにしてみると、不定形だった魔力が、途端に指向性を持ち、現実の物と誤認するほどのリアリティを持った網が、頭の中で完成した。
【うん、上出来上出来。そしたら、最初の一回はサポートしたるわ。この感覚、よく覚えとき。はい、発動!】
そして俺は魔法の使い方というやつを、文字通り体で覚えることになった。
頭の中で完成した網が、まだ体内に残っていた魔力を凄まじい勢いで消費しながら、現実の世界に具現化し、無意識のうちに掲げていた俺の右手から発射されると、パッと広範囲に広がり、全ての魚人モンスターを包み込んだ。
そして同時に、これは生命力ではコピーできない種類の魔法であることが理解できた。
魔法の投網に絡め取られた魚人モンスターたちは、力任せに網を引きちぎろうと、凶暴に暴れていたが、その動きは完全に封じられていた。
投網の魔法、まさかこんなに使えるとは。
しかし、今の段階でこんな使い方をしたことがバレたら、すげー怒られそうだな…。いや、怒られるで済めば良いが。
もはや、なるようにしかなるまい。
さて、あとは最後の力を振り絞りますか。
俺は、少し離れたところに転がっていた、パニィお手製の鬼棍棒を両手で拾い上げると、生命力の自然回復量ギリギリを身体強化に回しながら、網に絡まった魚人たちに襲いかかった。
あ、ちょっとだけ懐かしいな。この感覚。




