ジュリエッタのやり直し その六
翌朝、サンジュ村を出で約2時間経つと、王都がやっと見えて来た。久しぶりに来たけど大きい。
転生前は、王族が突如現れた上級悪魔達に次々と倒されて、この王都も陥落した。そしてひと月も経たないうちにこの国は亡国となった。
今は歴史が変わった。今ならまだ対処のしようがある。当時の事を思い出して、窓の外を見て今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えて自分にそう言い聞かせた。
王都に入ると、ヴェルは王都を興味津々に見ていた。少年みたいで可愛い。って言うか少年だよね。ただ、目線の高さが同じなのでつい自分の方が大人って事を忘れてしまうんだよな~
それから、教会や私達の通う学園などの説明をして貴族門に到着した。
私は、上級貴族のカードを持っているけど、ヴェルは持っていなかったので、王宮から発行された紹介状を父が門兵に見せるとすんなりと貴族街へと入った。
王都の屋敷に到着をすると、ヴェルのお父様が屋敷の階段に座っていて、手をひらひらと振って私達の到着を歓迎してくれた。ヴェルに会えるのがよほど嬉しいんだろうなー。
ヴェルのお父様は、少しやつれた顔をして、ヴェルが王宮で英雄ともてはやされて、お見合いの話ばかりされると喋る度にげんなりしていった。
まあ、分からなくもない。ヴェルのお父様は控えめに言っても美男子。誠実そうで包容力もある。その子供とくれば何となくだが美少年の子供が生まれても不思議じゃない。
今まで、そんなスキャンダルぽいものが無いのは、田舎の下級貴族だったからであろうと容易に想像がつく。
少し脱線をしたけど、ヴェルのお父様は、私との専属騎士の話が出た時は死ぬほど嬉しかったらしい。私も同じく死ぬほど嬉しいのよね。
そんな話を聞いた後に思わぬ展開となる。ヴェルのお母様が懐妊したとの報告が…転生前はヴェルのお母様はコレラで亡くなっていて、勇者の血筋が途絶えたのである。
別にだからと言ってヴェルが死んでもいいと言う訳では無い。むしろ絶対に今回は死なせない。ヴェルが勇者で私が聖女…絶対に結婚して幸せになるんだ。そう考えてた途端に胸が沸騰したように熱くなる。
それから、少し休憩をした後に、母から言われたように夕方までダンスの練習をすると、ヴェルは瞬く間にほぼ踊れるようになった。
夕食を食べると、明日の謁見と儀式の事前練習をする事になった。練習が始まると、例え家族でも緊張はする。
ヴェルは、まさか専属騎士の儀式があるとは知らなかったようで少し焦っていた。
儀と付いている以上は儀式があるとなぜ分からなかったのかは今さらながら疑問だが、ここまで来たんだ、何もかも諦めて儀式を受けて貰うしかない。
私自身は、転生前も一度経験をしているので流れは大体分かっているが、それでも陛下の御前で不敬を働く訳にはいかないので、真剣に練習に取り組んだ。
次の日、ついに謁見の儀と専属騎士の儀が執り行われる日になった。
ヴェルは今回の為に用意した私のドレスを「にっ、似合うよ。今まで見たドレスの中で一番似合ってる」と褒めてくれてた。
なんだか、顔が火照って有頂天になってしまいそうになった。社交辞令かも知れないがそれでも嬉しい。お互いに照れていると、言葉がどもるので嘘では無いと思いたい。確信がないから思いたいのよ。
王城に辿り着くと、懐かしい気分になる反面、あの時戦った記憶も同時に蘇る。だが今は哀愁に浸っている場合では無い。
王城を歩いていると、ヴェルと昔こうして一緒に歩いた事を思い出す。あの時は手も繋いでくれなかったがどうだ。今はちゃんとエスコートをしてくれて手を繋いでくれている。
積極的な行動が、こうして自分に幸せとして返って来る。
積極的にやってきて良かったと嬉しさのあまり、先ほどの哀愁的な気分は完全に消えた。手を繋ぐとは、まさに恋の魔法のようだ。大袈裟かな?
控えの間に到着をすると、父は到着したと連絡にへと行ってどこかに行ってしまったので、私達は緊張をしながら父の帰りを待った。王族達と会うよりも、専属騎士の儀の方が私にとっては重要である。
陛下がまた何を言い出すかも分からないし、姫様が生きている以上はすんなりと事が進まないような気がするのはなぜ?女の感ってやつかな…
父が控えの間に戻ってくるといよいよ儀式が始まる。練習もしっかりやった。ましてや2回だ。そんな事が頭でぐるぐると回る。
謁見の儀が始まると、ヴェルは完璧に儀式をこなした。だが、姫様がヴェルにお礼の言葉を言い始めると途端に空気が変わる。これも女の感だが、姫様はヴェルに一目惚れをしたような印象を受けた。
やっぱりこうなったか。悪い予感ほど当たるもんだなーと思うと、居たたまれない気持ちになるよね。
すると陛下が急に、専属騎士の儀にまったを掛けた。私に、何の恨みがあるのか聞いてみたいものだ。
まあ、織り込み済みっていうか、私でも分かるんだ。自分の娘の反応を見れば分かるのだろう…親なんだから。
それから何故か私を含め、王族達と算術のテストをする事になった。
本当に、ヴェルが姫様に相応しい相手なのか判断材料にしたいのだろうね。そりゃ王族の一員になるかもっていうのに馬鹿ではね。でも大丈夫ヴェルは王族になんか負けないくらい頭がいいんだよ。
ただ気になるのは、この件に関して言えば両親が知っていた可能性があるのよ。
思えばお母様が突然、税の計算をさせた事から疑い始めたのだ。普通に考えて寝室に未処理の書類を1枚だけ用意する事などありえない。しかもだ。夕食の時に王族の度肝がなんちゃらこうちゃら言っていた。
ああ、これは確信犯だな…
しかも陛下は私の事を天才だと言っているよ。面倒だから否定はしなきけど、通産26歳なんだ。絶対記憶能力という能力には勝てないかもしれないが立場上、圧倒的な差で負けたくも無い。
王子殿下も言っているが、一矢報いたい。
王族達の挨拶が終ると、テストは始まった。テストの問題を見たが簡単だけど問題数が多い。
100マス計算をやり続けていた結果、もの凄くスムーズに解答用紙が埋まっていく。開始5分で解答用紙の半分が埋まると、ヴェルは見直しを含めて終ったようだ。いつもながら惚れ惚れするスピードだ。
王族の子供達は、お母様の狙いどおり度肝を抜かれた様子。宰相であるマーレさんもこれには驚いていた。
私も負けずまいと奮起をして、姫様と同時に席を立った。15分か。なかなかのスピードだ。あとは姫様との点数勝負だけである。
答案用紙を提出すると、マーレさんに、控えの間で待つように指示をされた。あの時と比べると随分と若々しく覇気がある。
控えの間に入り、王子殿下達の話をしていると、テストの結果発表があるとの事で会議室に戻った。
テストの点数は予想通りヴェルが満点、私と姫殿下は98点と満足のいく結果だった。王子達の結果は発表されなかったが、学年主席だと考えるとそれなりの点数はあったのだろうと予測する。
年下の私達に負けたのを王子の2人は悔しがったがその必要は無い。姫様はともかくとして私とヴェルは異常なんだと自分で既に理解しているからね。
そんなことで、これでやっと屋敷に帰れると思っていたら、マーレさんから食事を王宮で食べた後に専属騎士の儀を執り行うと言われた。
『えっ、専属騎士をやるの?こちらは準備してきたからいいけど』
食事の間に行くと、従者さんに席を案内されて指定された椅子に腰掛けた。ヴェルの隣の席には子供用の椅子がもう一つ用意されているので、普通に考えるなら、姫様が隣の席に座るのだと邪推するよね。
ヴェルの顔を見ると同じ事を考えていると直ぐに分かる。私も人の事は言えないけど、やる事なすこと全てがえげつないよね。
しかし、王族達はよほどヴェルの事を気に入ったんだろうな。じゃなければここまで露骨にしてくるとは考えられないよね。そう思うとなんだか、ため息を吐きたくなるよ。
王族達が食事の間に入ってくると、姫様は予想通りヴェルの隣に腰掛けると、ヴェルだけではなく私にも興味津々で、自分の事をマイアと呼び捨てにしろと言い出した。
姫様に呼び捨て?あり得ないでしょ?でも「友達から始めましょう」と言われたら断りようが無い。そんなわけで、これからは私達は姫様の事をマイアと呼ぶ事になった。
きっと、転生前なら私は発狂してたかもしれないが、今はヴェルも私の事を呼び捨てにしてくれている。納得するしかない…
ヴェルは私の私物じゃないんだからね。それに私にも興味を示すのは恐らく共同戦線、いや私をひっくるめて同じステージに上がる事を既に決めているのかも知れない…
食事が始まると、マイアは私達の事を分け隔たり無く喋り掛けてきた。
そのコミュ力に驚かされる。もしかしてマイアも転生者?と思ったが、神様は何もそんな事を言って無かったし、マイアは転生前はコレラ9歳で亡くなったのだ。
それにマイアがまだ賢者と決まったわけじゃないしね。でも鬼才っていって言ってたっけか…ならばやっぱりマイアは賢者だよね。
食事が終ると、陛下が褒賞の話があると言うので会議室に移動をした。いったいどんな褒賞が出るのか楽しみではあるけど、何だか嫌な予感がするのはなぜかな。
何がきてもいいようにあれこれ想定をし始めると、考える間も無く陛下と王妃様、宰相とマイアだけがやってきた。
それから、陛下から直接話が始まると、まずヴェルが伯爵位を授爵すると告げられた。流石にこれには驚いた。9歳で伯爵って!!でも、ヴェルはコレラから10万人の命を救ったんだ。英雄と呼ばれるぐらいなので当然かも知れない。
なんだか自分のように嬉しく感じて、そんなヴェルを誇らしげに思っていた。それに、伯爵に正式になるのは16歳になって行われる成人の儀が終ってからで、陛下から結婚という言葉が出たので舞い上がってしまった。
だが、浮かれ気分もそこまでで、陛下がとんでもない事を言い出した。
「それと、マイアの強い希望でヴェルグラッドよ、マイアの専属騎士にもなってはくれぬか?」
天国から地獄へ落とされた気分。未来ならあり得ると思ったけど、まさかここでそう決断出来るって…
私達二人がマイアと初めて会ったのはほんの数時間前だ。あたかも本の物語のように事が進み過ぎている。ヴェルの性格を考えると恐らく断りきれないであろうが…
それにしても、あまりにも早すぎじゃないか?でも未来の事を考えると、いずれこうなる事は分かっていた…
もし、マイアが賢者なら、この好機を活かさないわけにはいかない。マイアもまた12歳まで基礎能力値を上げれば強くなれるはずだ。
ヴェルを支える人数が多ければ、ハッピーエンドを迎える確立がぐっと上がる。
そう考えた私は、ヴェルが話を振ってきたので、マイアを受け入れる事に賛成をした。ヴェルは意外そうな顔をしてから、何やら抗う策を考えているようだ。だが、恐らくこの流れは変える事は出来ないであろう。
こうして、話が進むと、結局ヴェルは予想どおり断れなかった。そして更に外堀を埋めるように、陛下が、早速今から専属騎士の儀を執り行うと言い出した。
『えっ?あり得ないでしょ。今ヴェルがマイアとの専属騎士になると決まったばかりなのに、何の準備もしてないじゃないのよ!』
流石のヴェルも苦笑している。王族達の顔が綻んでいるのでこれは仕組まれたものだと理解する。なんたる茶番劇なんだろう。
なんだかな~と思わずにはいられない。
それから、また控えの間に通されると、身形を整え直してからソファーに腰掛けた。あまりにもの急展開にみんなは疲れたのか?口が重い。
すると、マーレさんがやって来て、今回の専属騎士の儀の変更点を詳しく説明された。儀式に大きな変わった点はないので安堵をする。
それでも既成事実を作るためなのか?王都にいる貴族を全員王城に集めたと聞いて驚いた。流石は王族…やるなら徹底的だよね…
終始無言のまま、謁見の間に向い入場をすると、あまりにも人が多すぎて一気に緊張する。
専属騎士の儀も恙なく終わると、ヴェルは晴れて私とマイアの専属騎士となった。嬉しさ、感動、達成感、全てをこの場で体験した。
控えに間に移ると、ほとぼりが冷めるまでここで待機となったので、互いの呼び方の確認をする。
ヴェルは父の事を義父さんと言うのがどうもしっくりこないようだったので、ウォーレスさんと呼ぶ事で結着した。私も陛下の事を義父様と呼ぶ事には躊躇いがあるので良しとした。
それから陛下達も話しに加わり、私とヴェル、護衛にレリクを付ける事で、このまま王都で生活する事に決まった。1週間後から仮住まいの屋敷に住むそうだ。何もかも展開が早すぎる。王族の判断力と決断力には恐れ入る。
屋敷に帰って、いつものルーティンをこなすと、布団に入り眠る前に、ヴェルが本当にこれで良かったのかと尋ねて来た。
「そりゃ、ヴェルを独り占めしたいわよ。それに、私からヴェルを奪うなら徹底抗戦したわ。でもね。マイアがヴェルの事に好意を寄せてるの見て、どちらが早く出会ったかだけで、運命の人を決められるのは違うんじゃないかと思ったの」
真実を答えるわけにはいかなかったので、今の気持ちを正直に答えた。
転生前も、どちらが早く出会ったかで運命が決められるのはおかしいと感じていた。同じ人を愛した、これから出会う筈である、フェミリエとミラに関してもそれは言える。
転生後に、恋も等しくあるべきだと考えるようになった。
ヴェルがハーレムを作るならそれもまたいいだろう。神様が言うとおり、私がヴェルを独占をするような話ではない。また何百年後の世界で魔王が復活した時に勇者の血を引き継ぐ子孫は多い方がいいに決まっている。
この話をすれば、きっとヴェルは戸惑うであろうが…