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天の城の魔女ティアナ、東京で助産師になる。~「嫁になれ」お迎えにきたのは悪役聖女の騎士でした~  作者: 高瀬さくら
3章.――アレスティア暦2006年 アレスティア帰還

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82.お兄ちゃんみたい

 熱い、熱い、あつい。


 ティアナは、触れた手、傍の気配で跳ねるように起き上がった、つもりだった。

 実際は目を覚ましただけ。でも、恐怖と焦りで心臓が跳ねあがり、荒い息を漏らしていた。


「俺。ゴメン、おどかした」

「……ウ……ル」


 かすれた声で、その名を呼ぶ。頬に生ぬるい何かが触れている。彼がそれを取りのぞく。


 ――動けない。熱があるのはわかっていた。

 ようやくティアナは上半身を起こす。背中が汗で濡れている。


「熱をだして唸ってたから」

「……きがえ、たい」


 服があっただろうか、確かニルヴァーナの寝巻を持ってきたはずだ。そう思うと、ウィルがハンカチと、服を差し出してくる。


「これ、俺の。とりあえず着てろよ。こっちで買った古着だけど洗ってあるから」


 頷いてありがたく借りることにする。手にすると、ピッチャーから器に水を注いでくれる。


「水、飲める?」


 頷いて、全部飲み干す。ウィルが衝立の向こうに隠れたので、彼のハンカチで身体を拭いて、シャツを羽織る。ハンカチは彼の世界からもってきたのだろうか。


 既製品のカジュアルブランドぽい生地が硬めで折り目正しい、しっかりした造りだ。シャツは、この世界の木綿の風通しのいい、ある程度くたびれた古着。


 男性物だから大きくて自分が着れば埋もれて、ボタンで留めても肩からずり落ちる。


 首筋が見えてしまうのは嫌だ。髪の毛を垂らして隠して、横になる。

 目を閉じてもグラグラする。


 この感じだと、四十度くらいはありそう。枕元に落ちていたのは濡れたハンカチだ。こっちはウィルが濡らして額に載せてくれたのだろう。


「かなりの高熱だよ、どんな感じ? 吐き気やお腹の痛みは? 喉や鼻は?」


 喉の痛みもないし、鼻水も出ない。


「たぶん……疲れただけ。連続勤務すると、たまに四十度くらいは出すから」


 それと同じだ、今回も。慣れない世界、連続の危機、連夜不眠の日々。


「四十度って、けっこうな熱だろ、平気じゃないし」

「休めば平気。慣れてるの。……熱でも休めない仕事だもの」


 軍隊でも休めないだろう。いや、熱があれば任務に支障がでるだろう、そういう場合はどうするのかな、と思ってもそんなことは今のティアナにはどうでもいい。


 医療職はシフトに穴をあけられないので、熱があろうが勤務する。


 人によっては解熱剤を飲んでまで働く。ティアナは、仕事に入れば熱のことは忘れるし、ハイになって問題なく動けてしまう。帰ってきて、熱が四十度あったことに気がついて驚く。


「薬とか持ってる?」

「自己免疫で治したいから薬は飲まない……それに、解熱剤で、下げちゃうと、何かの感染の場合は……気づかなくなっちゃう」


 ウィルが戻ってくる。そして頭に濡れたハンカチを交換してくれる。ティアナはそれを首に当てる。


「何?」

「ううん。――首の……動脈を冷やす方が、効果的だし、気持ち、いいし。額だと落ちるし」

「そっか」


 それに、と他の理由は口にはしなかった。

 ウィルは穏やかな口調で安心させるように、額を大きな手でそっと触れた。


「――こっちで守るから。安心して眠れよ」


 彼は向こうから周囲の気配に気を配り、異変があれば駆けつけ守ってくれる、と言ってるのだろう。


 ティアナは上を見上げた。


 ベッド上の壁には、ティアナが描いた防護の魔法陣が貼ったまま。人間も魔物も襲い掛かってくるモノをはじいて同じだけの力でやり返す。


 持っていたノートの紙にペンで書いて、その頁を丁寧に破いてテープで壁に貼ったもの。

 本当は、護られる対象物は魔法陣の中に入るのが一番効果的だ。でもベッド周囲には描けないし、枕の下だと紙がよれてしまう。


 あまりにも力がある者なら敵わないが、ある程度のモノならはじき返す。


 ウィル達には通用しないだろうけど、彼らが襲ってくるとは……もう思ってない。

 眠りかけたティアの雰囲気に気づいたのだろう、ウィルは遠慮がちに尋ねてくる。


「何か、いる?」

「もし、もらえるなら。……ザクロジュースを。……塩を足してピッチャーに入れておいて」

「は?」


「……経口、補水液……」


 ザクロジュースはビタミンCが豊富だ。塩分を足せばナトリウムとカリウムの補充になり、水だけで飲むより脱水防止になる。


 ウィルは深くは訊かずに持ってきてくれた。ティアナはその頃は眠っていた。


 たぶん、彼は衝立の向こうので休息を取りつつ、見張りをしてくれているんだろうな、と思った。いつ休むんだろう、と少し心配になる。


 自分よりも相手を休ませる商売だ。私的な場でも、相手を優先してしまう、彼が休めているか気になる。


(いつまで、ついてくるの?)


 そう思いながら、眠りに落ちた。今はそれを考えられなかった。


 そのあと目が覚めて、彼が置いてくれたジュースをのんだ。そしてまた横になる。


(普通……一般人は、隣のベッドの相手の調子が悪い、とか気づかないのに)


 そんなことをつらつら思う。


 看護師が察するように、苦し気な息遣いや、患者の体熱の高さや、発汗。それを見逃さない人なのだ。

 彼だけなのか。それとも、師団の人間はみんなそうなのだろうか。

 

 ウィルは時々様子を覗いて、濡れたハンカチを変えてくれたみたいだ。目をあけるたびに、軽く笑い、頭を撫でて出ていく。


(おにいちゃん、みたい)


 そういえば、先ほどの夢で。おにいちゃん、と呼んでいた気もする。でも、もうわからない。そういえば、カーシュの姿がない。

 外で、見張りをしているのかもしれない。いい加減、休んでって言ってあげたいのに。



 そうして、朝の光が窓の外に差し込む。


「ティア、何か食べたほうがいいけど」


 目が覚めたら、ウィルが顔をのぞき込んでいた。額に手を当ててあーあと首を振る。


「まだ、さがってねーな」

「……平気」

「何か食べろよ? あまりにも食べてないだろ」


 ティアナは、着替えと汗を拭くリネンを頼んだ。


「まだ水分でいい……胃に血流を豊富にして消化にエネルギーを回したくない」


 とにかく水分と睡眠で回復、それが自己流の回復方法だ。


「けどさ」

「こういう時は、自分の体に素直に従うことにしてるの。食べたくない時は食べない、本能」

「頑固だよな、ってまあ正論でもあるか」


 あがってきたウィルは、宿屋の人にもらったとコップを持ってきた。


「えっと。エルダーフラワー?のコーディアル(シロップ)とか」

「――ああ。うれしい、ありがとう」

「有名? 水で薄めて飲めってさ」

「それぞれの家庭に常備してある薬草の万能薬、かな」


 もう少し北の涼しい地方にしか咲かないと思ったけど、ここでも咲くらしい。小さな白い花をたくさんつけるエルダーフラワー、開花の時期に採集してシロップを作る。


 そしてどの家でも瓶に入れて棚に保管し、万能薬として薄めて飲むのだ。

 喉や鼻の炎症や、頭痛、不眠、抵抗力をあげるなど。

 自分もニルヴァーナと一緒に作ったことを思い出す。


 ほんのり香る花の匂いの水、両手でカップを抱えて飲むティアナを、ウィルが見つめる。


「かわいいよなー」


 ティアナはやめて、と首をふる。熱で髪はぼさぼさだし、こんな顔を見られたくない。顔をそむけると、笑っている雰囲気になんだか面白くない気持ちになる。


 ずっと子供扱いだ。


 そういえば、この地方の生水が平気かはまだ確かめてなかった。今更ながらに飲む手を止めると、ウィルはパタパタと手をふる。


「こっちの地方は湧水が飲料水として使われていて。ちゃんと成分は確かめたし、いざとなりゃ濾過して飲料水にする方法もあるから」


 「飲み水の確保は最優先だし」と呟く。潜伏の仕事をしているなら、確かにそうだろう。


「何か食べたいものある?」


 やっぱり気にしてて笑ってしまう。おにいちゃん、みたいだ。息をついてティアナは思わず口にする。


「おにぎり」

「は?」

「日本っていい国ね。具合が悪くても、おかゆとかおじやとかお味噌汁とか食べられるものがあるじゃない? ここもそうだけど海外ってなかったし……」


 お産のあとは、助産師もエネルギーを使う。夜勤あけは、パンは口の中の水分を吸って、呑み込めない。


 夜勤明けにスタッフ用に朝食が出る病院もあって、十六時間働いた朝に飲むお味噌汁は、ほーっと息をついてしまうくらい身体に染み込む。

 生まれは日本じゃないのに、住んだらすっかり和食好きになってしまった。


「……鮭入りで、海苔がパリパリのおにぎりが食べたい」


 海苔はしっとりではなく、パリパリ派。言えば口の中に味を思い出して、無性に食べたくなる。


 でもここにはない。せいぜいオートミールだ。けれど、ミルクで煮たのはあまり好きじゃない。


「――また眠るわ」



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