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天の城の魔女ティアナ、東京で助産師になる。~「嫁になれ」お迎えにきたのは悪役聖女の騎士でした~  作者: 高瀬さくら
3章.――アレスティア暦2006年 アレスティア帰還

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75. 双結晶

 二人の動きが止まり、リュクスを凝視する。その目がガラス玉のように感情を消す。


 ――彼らは、どこまでもリュクスを追ってくる。諦めない。まくのは不可能だろう。必ず、彼らの世界に連れて行こうとする。


 でもそれはできない。自分は、アレスティアを再興させる。


(ママ……)


 ふと思い出す。


(ごめんなさい)


 お産の介助をすると、いつも思い出す。自分と重ねてしまう。こうやって産んでくれたのかと。


 (いと)ってなんていない。捨てられたとも思っていない。こんなに苦労して産んでくれた。


 ティアナ、という綺麗な名前をつけてくれた。それだけで……十分だ。


(ごめんなさい、探さないで)


 ママを『助けた』とあの方は言ったから。

 

 自分は契約した。主は母親を助けてくれると約束した、そして自分は代わりに記憶をすべて差し出した。でも足りていない、たかが幼児の記憶だ、主には足りない。

 そして、”何から”母親を助けたのかさえも覚えていない。

 

 ――負債はまだ溜まっている。彼には一つ目の借りさえも返していなくて、今後も願い続けるたびに何かと引き換えに差し出していかなきゃいけない。


(……抱え込み過ぎね)


 アレスティアの再興さえもできていないのに。そう自嘲して呆れて。


 時々、誰かにすがり付きたくなる。無理だと、助けて欲しいと。

 でも、自分がやらなきゃいけない。


 一人で立っていくと決めたのだから。


 女神イリヤよ。


(一人で、生きていける力を、勇気をください)


 彼らを断ち切って。じゃないといずれ助けて欲しいと願ってしまう。すがりついてしまう。


 そんなに自分は弱くない。


 彼らの心を捕らえる。周囲を固めて、自分に向けられていた好意のような気持そのものをぐるりと反転させる。


 二人の目を見据えて、力のある言葉を続ける。


『“ティアナ・マクウェルを嫌悪しなさい。二度と関わりたくないと思いなさい”』


(こんなことで、自分の本当の名前を使うなんて)


 認めている、この名前だと。自分にもつけてくれる人がいたのだと。


(彼らに聞けば、ママとパパのことを聞けるのに……)


 どんな人だった。何が起きたの?


 私を捨てたの?


 関係を断つ相手だ、自分はアレスティアを優先すると決めたのだから。


(それでも、もう二度とそのことは聞けなくなる……)


 考えを断ち切る。

 能力を使う時に余計な考えは邪魔だ。


 ――二人の中の嫌悪の感情を探り、引き出す。それを自分に被せる。

 自分の魔力を呼び出す、彼らは強大な魔力を持っている。

 でも、自分には敵わない。


 自分より強いもの、魔力が低いものにこの力は効かない。


 魔力を高める、願う。奥へと沸き上がらせる。


「我が君――魔力を、もっと頂戴。――お願い」


 彼らへの命令を絶対とする。


『“私から離れて。そして二度と会いに来ないで”』


 最後の念を押す。彼らの目には、リュクスに向ける憎しみのような蔑みがあった。その目に、放つ威圧に怯えて、それでも向かい合って睨むように視線を外さない。


 ウィルの人好きする笑顔は、見下すものに。カーシュの無表情は冷ややかで全く関心がないものにかわる。

 時々見せる優しさも、言葉も自分は嬉しかったのだとわかった。


 顔を引き締める、何も動じない。


 彼らのこの表情は慣れたもの。普通は、ここまであからさまにはされない。日本でもこんな顔をされたことはなかった。


 けれどアレスティアにいた時、この術を使った時にはいつもこんな顔をされていた。


(ああ、そうか)


 自分は――傷ついたのだ。

 でも傷ついている、そんなことを認めて甘えるなんて、許されない。認めるのは――自分でしていることだと受け入れること。


『私、性格悪いから』


 東京で働いていた病院の同僚を思い出す。

 なぜそんなことを言うのだろうと思っていた。でも彼女と自分は同じだ。


 こうやって、前もって使えば免罪符になる。自分で言い放つことで、傷つかないようにする。能力を使って嫌われるようにしたのだから、自業自得だ。


 リュクスは、自分の心を何かで覆う。冷たい氷の殻のようなもの。


『”行きなさい”』


 彼らは迷いなく背を向けた。


 大きな息をついて、リュクスは壁に手をついた。くらくらする。魔力の使い過ぎ、そして睡眠不足。疲労困憊。

 魔力は――足りなかった。


(我が君、ありがとう)


『君が望むならば、いつでも』


 少し機嫌がよさそうだ、彼らを追い払えたからだろう。主の消える気配に、リュクスも気を失いそう。後ろ手で髪に触れてみる。指で梳くと流れる髪。


 淡い金色の髪に、上品な水色のリボン、色合いはきっと合ってるのだろう。


 どこかで髪を切ろう、そう思う。



 ――二人を見送ると、リュクスは両方の手のひらを丸く重ねた。力を入れると赤碧が混ざった小指ほどの大きさの結晶が現れる。

 三角錐のそれをかざすと迷路のような線が奥に刻まれている。


 ――転移結晶は、持ち運べる転移魔法具。そしてアレスティアの技術でも作成は難しい。これはリュクスの作った唯一の成功品だ。


 二人に伝えたのは、この転移結晶のこと。エレインを助ける最終手段というのはこのこと。


 この転移結晶は、使えば転移できる代物。そんなものは、ない。リュクスでさえも唯一成功させられた。


 それだけでも稀有なものだけど、これはもう一つの役割がある。


 これは双結晶でもある。この面を合わせれば、鏡に写したように相反する紋様が刻まれた全く同じ大きさと色の転移結晶がある。


 この片割れはユーナに渡した。困った時に、使ってほしいと。


 リュクスはこれを片時も離さず持っている。彼女が助けを求めてきた時に、その場所に行けるように。


 苦しい、大好きなのに、時折悲しくも、憎くもなる。


 ユーナが窮地にいればいいのに、と願う時もある。


 無事で東京に戻っていて欲しいと思う時もある。


 結晶を見つめる。


 ――でもこれは、まだ手の中にある。ユーナに使われていない。


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