表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の城の魔女ティアナ、東京で助産師になる。~「嫁になれ」お迎えにきたのは悪役聖女の騎士でした~  作者: 高瀬さくら
3章.――アレスティア暦2006年 アレスティア帰還

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/93

68.そして産まれる(*)


 ――時刻は朝四時。これまでウトウトと眠っていたエレインの声が少しずつ大きくなる。


 陣痛が強くなってきた。


(――そろそろ仕掛けるときかな)


 腰の下の方を痛がるようになってきた。赤ちゃんが下りてきたのだ。


 荷物から精油を出して、手のひらで温めたベースのオイルと混ぜる。


 お産を進める精油はいくつかある。ラベンダーやジェニパーベリー、クラリセージなど。それぞれ独特な香りがある。

 匂いというのは嗅神経に左右して神経やホルモンに影響する。皮膚から吸収して血管を広げて循環をよくしたり、緊張を解く作用も与える。


 今回使ったクラリセージは花や葉から抽出する精油で、日本のほうじ茶に甘い香りを足したようなもの。


 ラベンダーのように華やかでもないし、ジェニパーのような刺激的でもない。


 選ぶのは、その時に“合っている”と思ったもの。今は、フローラルな香りも刺激的な香りもいらない。


 落ち着きをもたらす香りは、温められた部屋中にほんのり満ちる。


 それでマッサージしながら腰を押すと楽になるのか、エレインがため息を漏らす。


 赤ちゃんの心臓の音は元気だ。胎児の心音が聞こえる位置は少しずつ変わってきている。

 回りながら降りてきている。


「いきみたい……」


 荒い息で声を漏らすエレイン。胎児の心臓の音は、正中で聴こえるけれど、まだ恥骨の上。

 だいぶお産が近いけど、完全にはまだ赤ちゃんは下りていない。


「まだだめよ」


 逆子のつらいところが、絶対にいきませられないところ。

 頭が下の場合、いきませれば、赤ちゃんは産まれる。


 でも、逆子は最後までいきませない。

 小さい足やお尻だけが出てしまっても、頭が出なくては困る。

 それは産む母親にとっては、とても苦しいこと。


「何かしましょうか?」


 ウェイバー婦人が真剣な様子でのぞき込んでくる。


「リネンをたくさん温めて。産まれたての赤ちゃんの身体を拭くから」


 もうすぐだけれど、まだまだ。


「――破水した」


 小さく呟く声に見ると、淡いピンク色の水が足元を濡らしていた。

 とうとうその時が来た。破水して胎児が一気に降りてきた。


 彼女の足の間に、赤ちゃんの肌が見えてくる。


 見え隠れするのは足じゃない。見えているのは胎児のお尻だ。足を引っ込めてくれたらしい。


 二つに割れた臀部が左右均等にでている。エレインの下部を押さえるリュクスより、押し出す力の方が強い。


 ――ここまでくれば、大丈夫。安堵と緊張が走る。これから、始まる。


「エレイン、もういきんでいい。ウェイバー婦人、彼女の手を握って」


 エレインがこらえていた唸り声を一気にあげ、精一杯の力とともに赤ちゃんを押し出す。


(――女神マヤよ! ご加護を!)


 リュクスは出産の神に祈る。


 母神イリヤは処女神。そして娘のマヤは出産の神。


 シバラ神に連れさられ処女を失った女神マヤが、出産の神となったのは、何の因果だろう。


 出てきたお尻を両手で掴む。出てきそうになる足を曲げ体幹にぴったりくっつけさせる。


 産婦の押し出す力は信じられないほど強く、飛び出さないように、赤ちゃんをゆっくり引き出す。


 人間の骨盤は真横からみるとS字型の曲線を描く。その骨盤に沿うようにくいっとお尻を持ち上げるようにしながら出す。


(焦らない、ゆっくり、丁寧に……)


 手は片方だけ折り曲げて、片方は伸ばしてでてきた。その折り曲げている方をゆっくり丁寧に出す。ここを焦ると骨折させてしまうこともある。


 左右にくねらせるように出して、最後の頭は手を差し入れて顎を下向きにさせ急いで出す。

 赤ちゃんは、小さめというのもあって最後の頭もするりと出てきた。


 ホッとしながらも、まだ終わりじゃない。即座に泣くように、身体を布でこすり上げる。


 ――出てきた赤ちゃんは、泣かなかった。


 布で顔を拭き、口元と鼻腔を塞ぐ羊水を取り除く。口を刺激することで、最初の産声をあげやすくなる。


(思っていたより小さくない、大丈夫)


 早産だけど、それほど小さくない。


 まだ泣かない。産声(啼泣)が遅れることは、よくあることだから焦らない。


 赤ちゃんは、本当に状態が悪い時は、くたりとしている。全く自分の力がはいっていなくて、ふにゃふにゃだ。


 でも、この子は身体がしっかりしている、力がずっしりある。身体を拭くたびに揺れるがまま。ただ呼吸が遅れているだけ。


 足底、背中を優しくこすりあげる。

 足底には迷走神経が走っていて、肺や気管支の拡張を促す。


 それから血液や羊水でぬれた体を素早く拭くのは、気化熱で体温が下がってしまうのを防ぐため。


 赤ちゃんは、羊水の中では臍の緒の血管から酸素をもらっているけれど、外に出ると自分で肺呼吸をするしかない。


 産声をあげた瞬間に、肺に満ちていた羊水が押し出されて、肺が空気で満たされる。


 もうこの子は外に出た。自分で呼吸をしてもらうしかない。


「――泣いて、泣いて頂戴」


 エレインが状態を起こし、乱れた髪をそのままに呟いている。


 息をしない赤ん坊の肌が、大理石のような灰色に変わっていく。


 リュクスの胸も焦りが生じる。


 薄く開いた半目が反転する。う、うっと、唸る口元。


(大丈夫、唸っている)


 唸るのは、呼吸をしようとしている証拠。それを信じて、身体を拭いて刺激をして、羊水を拭う。


(さあ、泣いて。泣きなさい)


 ――そして、大きく産声が響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ