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天の城の魔女ティアナ、東京で助産師になる。~「嫁になれ」お迎えにきたのは悪役聖女の騎士でした~  作者: 高瀬さくら
3章.――アレスティア暦2006年 アレスティア帰還

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66.お産の合間に

リュクスが戻ると、エレインは横向きになっていた。


『少しだけあの姿勢をしていたけれど、つらくて』と。クッションは戻されていた。 


 母親の腰を高くあげることで、お産で降りてきた胎児に上腹部側に戻ってもらう一つの方法だけど、それで治るという保証はない。


 あくまで一つのトライ。


「大丈夫。自分が楽な姿勢をして」

 

 逆子じゃない時でもお産の進みが悪い時には、今と同じように骨盤を高くあげて、胎児に戻ってもらう時もある。骨盤に入り込んだけれど、進まないのはポジションが悪いからで、一度戻って、入り治してもらうのだ。でも一番大事なのは母親が苦しくない姿勢をすること。


 リュクスは彼女のベッドの横に座り、腰をさする。


(魔法で、治せたら……ねえ)


 ウィルとの会話を思い出す。魔法で病気を治せたら最強だ。でもリュクスの知る“彼ら”は命に干渉することをよしとしない。


(それにお産は医療で介入すればするほど、結果がおかしくなるし)


 無理にお産を早めたり、産ませようとすると、母親や胎児の状態が悪くなって、帝王切開になってしまう事も少なくない、というか多い。


(胎児に話しかける……?)


 ――胎児とは会話ができない。でも外部の声は聞こえている。お腹の中にマイクで拾った音声を研究している医師がいて、それをきいたことがある。


(逆子の妊婦さんには、赤ちゃんに「治って」と話しかけてね、と伝えるしね……)


 気休めじゃなくて、本気でお願いしてねと伝えている。自分も健診の時に、お腹をマッサージしながら胎児に話しかける。そうすると何となく通じる感じもあるし、全く通じてない、と感じる時もある。


 四つ這いのエレインの骨盤の上部の骨、腸骨稜に沿って親指で押す。

 マッサージは垂直に。指で皮膚や筋肉をねじらない。


「まだ、かしら」

「そうね。この子、せっかちだけど……マイペースかも」


 それを言うと、エレインは陣痛の合間に頷く。


「あの人そっくり。……あっ……いたっっ……」


 あの人、は旦那様のことだろう。

 赤ん坊は、タブラ()ラサ(磨かれた)――白紙ではないと言われている。胎児のころからすでに気質をもっている。


(どの段階で……心が作られるのかしら?)


 それを考えると不思議になる。

 エレインはお腹の赤ちゃんの気質を感じ取っている。それはただの気のせいかもしれない。けれどなんとなくあたっているのかもしれない。


 お腹に手を当てながら赤ちゃん(胎児)に、話しかける。


(もどって……少し、足をひっこめて)


 この大きさになると、お腹の中にスペースはないからぐるりと回転して戻ってくれることは難しいだろうけど。


 温かい部屋、はぜる暖炉の火、空間に自分が溶け込むような感じになる時がある。自分は黒子で、母親が安全と感じる場所を作るだけ。産む道を外れたらそっと押し戻すだけ。


 お腹の膨らみに手を当てながら目をつぶる。


 治癒魔法って、命を引き取って、また返す感じ? 自分の魔力を相手に流すということ? 

そんなことはしたことがない。お腹の膨らみ、胎児がいる場所に語り掛ける。


(そうよね、あなたも、つらいよね)


 陣痛で押し出されるから、胎児もつらい。その痛みは、大人になって記憶がない自分たちにはわからない。


 躊躇している? 怖い? 痛くて先に進むのがいや?


(それとも回り方がわからなくなった?)


 陣痛が強くなると胎児も押し出されてくるし、自分でグルグル回ってネジのように出てくる。その回り方はみんな同じ。


 けれど、この子は迷っているのだろうか。


 伸ばしていた足をお腹に寄せて丸まってみる。


 首を胸の方に曲げてぴたりと小さくなる。


 陣痛ごとにゆっくり回ってみる。


 そんなイメージがリュクスにも伝わってくる。いや、流している。そして共有している。

 少し、お腹の形が変わる。ほんの少し、もぞっとしたような感覚。


 そしてエレインのうめき声で目を開ける。


「……動いた」

「そうね」


 外からお腹を触っていたリュクスも感じた。

 お産の最中はβエンドルフィンが分泌されて、産婦も眠気が出てくるけれど、付き添う助産師もつられて眠くなってくる。 


「逆子は時間がかかるのよ。だから気長にね」


 お産にかかる時間は初産婦で、平均十五時間、産んだ経験のある経産婦は六時間とはいえ早い。


 けれど逆子は柔らかいお尻が先進しているから、陣痛が弱くなりがち。でも弱い陣痛でも、産む側が楽なわけじゃない。時間がかかるから余計につらい。


 ひとつひとつ、判断していく。


 すべてが、賭けのようなもので、リュクスにはできることが限られている。


 ――高価な置時計が暖炉の上で時を刻んでいる。


 夜中の零時。


 エレインのうめき声と、暖炉の火が弾ける音。時折屋敷の者が廊下を走るパタパタとした足音。

 ドアが開く音がして細く光が差し込む。ウェイバー婦人が様子を見に来たのだ。

 

 彼女を追ってリュクスも廊下に出る。ドアの横には、ウィルが壁に寄りかかりこちらをちらりと見てひらりと手を振る。

 異変に備えているのだろうけど、座りもしないで、ずっとそこにいたみたい。


 なんだかその存在に安心している、けれどそれはダメだ、と気を引き締める。


「どうですか?」


 ウェイバー婦人に答える。


「朝方になると思う。逆子は時間がかかるから」


 彼女は厳しい目で、会得したように頷く。経験豊富で土壇場で強くなる頼れる女性だ。


「旦那様は?」

「大丈夫です、うまく伝えておきますよ」


 リュクスに向ける信頼が頼もしい。


 屋敷の中で発言が重宝されている人が、自分の味方になってくれる。

 それはとてもありがたいこと。


 彼女は、足音を立てず裾も揺らさずに、侍女の鏡のような歩き方で主人の部屋へと向かう背名を見送る。


 屋敷の中でのことは、彼女に任せていい。リュクスはお産に専念する。

 こちらに歩んでくるウィルを、リュクスはわずかに首を傾げて下から目線で見上げた。


「何、そのカワイイ顔。何かお兄さんに言いたい?」

「そう言う話じゃないんだけど」

「じゃそう言う話しようか? 疲れてるだろ、平気?」


 彼はリュクスの頬を両手で挟んで顔の高さを同じにして話す。そのふざけた様子に少し笑ってしまう。気を許している自分に気づいて、リュクスは自分を戒めた。


「何その眉間。つついてもいい?」

「寝ていなくてラリってる?」


 ふっとウィルは笑う。


「こんなのよゆー、よゆー。もっと鬼行軍したこともあるし。しかもあの人の命令で」

「あの人?」

「あの黒い奴」

「そういえば、どこに行ったの?」

「さあ。秘密主義だし。殺しても死なないから、心配しなくていいよ」


 この人たちはどれぐらい強いのだろう。魔法の腕は自分の方が上だと思う、でも戦闘力としては、かなり自分は劣っている。


 組織の人間が自分を連れ帰りたい理由は何? 五歳のハズの娘が十八歳になっていてもいいのだろうか? どんな姿でもいい、そう思っても溝ができるはず。

 意地? 何かの期待?


 母親が行方不明だから? でも自分の中に手はがかりはない。


 そして彼らがむきになるのは――。


(任務だから――)


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