61.過去の契約
「助けてやる」
自分でも気になるくせに恩着せがましい、コイツは明らかに何かの打算があるのだろう。だが、助けてもらわなくては生きられない。だから従うことに決めた。
「ただし。お前が身に受けたのは呪いだ。ドラゴンを殺しただろう」
「……」
半分しか頭に入らない。ただ半分は理解できる。
「殺せばお前がその化け物になる呪いだ。今は人間の姿だが、化け物を内で飼っている、そのうちのっとられながら狂い生きる。その呪いは毒だ。お前はその毒の痛みをずっと身に宿す。そしてお前は、永久にその姿のまま生きる、それでもいいか? 生きたいか?」
「かまわ、ない」
ならば、と続けられる。
「お前は、俺の影になれ」
理解できず黙っていると、奴は話を進める。
「俺が主人だ、契約を結べば俺はお前が気が狂うのを押さえ、痛みを引き受けてやる」
「この、痛みを……?」
「大したもんじゃない。呪いは専門じゃないが、多少は……心当たりがある」
助かるのか、助からないのか。きわどい駆け引きをしていたせいだろう。凝視していたためか、その男の目には何らかの苦し気な影が見えた気がした。
呪い、というものに対しての同情か、後悔かなにかがこの男の気を引いたのか。
「痛みはいい。これぐらいは自分で耐える。だが狂うのを抑えてくれ、毒に蝕まれるのも」
フッと笑う気配があった。気に入った、と。
自分の左手を持ち、何かを呟きはじめると、青い燐光が身体を包み始める。頭の中を占めていた狂気が消えていく。こんなことができるのか。
「その化け物を制御する方法を覚えろ。化け物の持つ力、それがお前の魔法だ」
「――わかった、アンタに従う」
「名は何と言う」
「かなめ」
「少々目立つな……」
確かにアレスティアでも日本名を聞いたことがない。名乗れば異世界人の日本人だとまるわかりだった。もっとも名前で呼ばれたことはない、奴隷の自分は番号だった。
「では、カーシュと……」
言えばあちらから困惑が返ってくる。
「その名は、どこから持ってきた」
奴は自分の呪いを抑える詠唱の合間に尋ねてくる。流れるように美しい、歌のような文言だ。魔法の発達したアレスティアでも、ここまできれいな魔法を使うものはいない。
「奴隷船で、死んだ奴がいた。――手錠で互いに繋がれ漕いでいた時に、聞かされた」
その内容に、名前の重さに引いたのかどうか、わずかに眉が寄せられる。ふと見せた感情を宿した顔に、この男がまだそれなりに若いのだと悟る。
「……ならば、カーシュ・コーエンとしろ」
「そのコーエンとは……」
「俺の叔父の名だ。安心しろ、別に他意はない」
身内の名を与えるような性格とは、意外だった。
「いいか、俺が主人だ。だが覚えておけ、主従契約を覆したければ、契約を上乗せしろ」
「それは、おれが勝手にしていいのか……」
「俺以上の存在に会えば勝手にやれ。呪いはそのまま抑えててやる」
そして、ふっと笑った顔は軽薄とは違っていた。裏切るなよと脅しをかけながらも、仲間に見せるようなちらりとした親しみのような穏やかさを含んでいた。
「この借りは返してもらう。俺の名は、ディアン・マクウェル。これからお前は、俺の影だ。いいな、カーシュ」




