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天の城の魔女ティアナ、東京で助産師になる。~「嫁になれ」お迎えにきたのは悪役聖女の騎士でした~  作者: 高瀬さくら
3章.――アレスティア暦2006年 アレスティア帰還

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52.エレイン

 廊下に出ると、待っていたのは難しい顔つきの主人のルーベルトだった。昨日会った時よりも、むっつりとしていたし、リュクスを追い出したそう。


 けれど、戸惑いがわずかに見え隠れするのは、エレインを任せてみようかとわずかな思いがあるからだろう。なぜか嫌悪は見せない。その奥には、ウィルがいてひらり、と軽く手をふってきた。


「ウィル?」

「護衛。もう一人は屋敷の出口」


“もう一人”はカーシュのことだろう。口端をあげて笑うウィルはポケットに指を突っ込んだラフな姿勢だけど、彼は見た目とは違い、気を屋敷中に張り巡らせているのがよくわかる。


 その上、気遣いもできる。けれど今は、警戒心、脅しにも見える。


 その視線の先はリュクスの上を通りすぎてルーベルトの方へ。権威に頼るものじゃなくて、何かするなら容赦しないけど、という爪をひそめた獣のようなもの。


 その視線に負けたルーベルトが上半身を後ろにのけぞらせながらも、虚勢で声だけ張り上げようとしたとき、廊下の奥からずんずんと進んできたのは白衣を羽織り、片眼鏡をかけ右腕を包帯でつった初老の男性。


 リュクスを無視してルーベルトのみに視線を向けている。こっちは、モリガン先生だろう。


「アッカー殿、怪しいものを入れるのは感心しませんな」

「――旦那様、お伝えした通り彼女はニルヴァーナから教えを受けたそうです」


 リュクスの後ろから、ウェイバー婦人が口添えをするが、それを遮りモリガン医師がヒステリックに叫ぶ。


「魔女に取り上げさせるなど! 子どもをみすみす死なせるようなもの。時代遅れもいいところだ!!」

「――先生。お言葉ですが、うちの子供たちはその魔女が取り上げて、今もすくすく育っていますよ」


 ルーベルトの子供たちは、ニルヴァーナが取り上げた。なんだかんだと言っても、自分の子供を無事に取り上げてくれた魔女に対しての信頼はあるのだろう。だからリュクスを無下に追い出したりはしない。


 そして子供たちのお産を侮辱されたら、医師に対してでも腹立ちを覚えるのかもしれない。主人が苛立ちを抑えるかのように言うと、モリガンは黙り込む。


 でもリュクスも戸惑っていた。権力者は医師の言うことを最優先で聞くと思っていた、ルーベルトに対する見方が変わってくる。


「――先生、それより子供が逆子なのは気づいてましたか?」


 空いた間にリュクスが尋ねると、彼は文字通り目をむき、言葉を飲み込んで、足早にエレインの寝室へと入っていく。


 ノックも忘れているようで、慌ててウェイバー夫人が追いかける。


 ――たぶん、彼は見落としていた。

 ううん早産だ。


 まだ小さくてお腹の中で動くスペースがあった赤ん坊が、いつのまにか逆子になってしまったのかもしれない。


(まあこの時期に、逆子になるのはあまりないけど)


 最後に診断したのは、だいぶ前だったのかもしれない。 


 リュクスも後に続こうとしてやめた。相変わらず難しい顔の主人と、階段の踊り場に控えるウィルと三人で廊下に取り残される。


 ルーベルトはうろうろと歩き回り、リュクスは黄色い壁紙を眺めていた。

 淡いクリーム色の無地の壁紙は腰のあたりで横線が入り、そこから下は細かい花柄だ。


 足早にモリガン医師が出てきたのはすぐだった。


「赤子はあきらめた方がよさそうですな」

「――」


 絶句する主人に続けて、リュクスも呆然とする。


「予定日よりだいぶ早い。大きな街に運べば病院で腹を切って取り出す術もあるが、もう間に合わない」

「……どういう意味ですか、先生」


 震える拳を握り締める主人に、モリガンは眼鏡を直して告げる。


「こんなことを言いたくはないが。下手な希望は申しあげないほうがよいでしょう。赤ん坊は生まれるには早すぎるし、逆子は無事に生まれるのは難しい。下手をすれば母親の命も危うい」

「エレインが!!」

「だいたい私は産科医ではない、内科医だ。なによりもこの腕だ」


 モリガンは骨折した腕を指し示す。


「運が悪かったですな」


 ルーベルトが呻いてすぐに感情を抑える。紳士はめったに感情を表さないもの。それは少し気の毒のような気がした。とはいえ彼に好意はないし、その言動は本人が決めたこと。


 今大事なのはエレインだ。


 沈痛な面持ちで黙って聞いていたリュクスは、モリガンに尋ねた。


「先生、胎児心音を聴きましたか?」

「私をバカにするな!」


 質問しただけなのに。胸に下げている聴診器で収音するには胎児の位置がわかっていなければむずかしい。けれど逆子だとわかったならば、それぐらいはできるはず。


 ただ、バカにするな、だけでは本当にやったかどうかはわからない。


 リュクスは踵を返して、地下への階段を降り、使用人たちが使う休憩室へと向かう。


 戸口に立っていたのはカーシュだ。ウィルと二人で屋敷を、というか自分を守っているのだろう。

 リュクスも余計な挨拶はしなかった。職場でもそうだけど仕事に集中している時は、それ以外に気を遣う気にはなれない。


 そしてカーシュも余計なことは言わない。ちらりと視線を向けて首で示してきた方を見れば、机の椅子に荷物がある。それを手にして歩き出す。


 リュクスは歩きながら自分の荷物から木の筒を取り出す。

 端と端が背を背けるように漏斗状になっていて、真ん中が一番細くなっている。ゴブレットを底で合わせたような形ともいえる。


 胎児の心音を聞くトラウベ(産科聴診器)だ。


 片側は母親のお腹にあてて胎児心音を集音し、診察者は反対側に耳にあてて拡大された音を聴く。


 聴診器としては、筒状のものが十九世紀に日本では海外から伝わってきた。現代では他の科では使われていないが、産科のみ今の形に変化し昔ながらの助産院で使っている。


 そして、ニルヴァーナもこれを使っていた。

 地球とテールで同じような器具を使っていたのかと思うと驚くけれど、発明品というのはそういうものかもしれない。

 あちらにいた時も、遠く離れた国同士でも似たような器具を使っていた歴史はある。所詮、人間が考えることは同じ。


「何をする気だ!?」


 医師の横を通り、主人に目を向ける。


「ニルヴァーナならすることを」


 険しい顔をしている主人を横目に、荷物を持ったままエレインの部屋に入る。やっぱりウェイバー夫人が付いてくる。


 陣痛に呻くエレインの様子を探りながら、陣痛が落ち着いたところでそのトラウベを腹部に当てる。


 もう片方の端は自分の耳へ当てる。

 トッ、トッ、トッと少し早い心拍が聞こえる。時計で時間を測ると、心拍数は一分間に百四十。リズムも問題ない。


 つまり、エレインの子供は――元気だ。


 エレインの腰をさすりながら考える。ウェイバー夫人はただじっとそばに控えている。


 ――逆子のお産が難しい理由はいくつかある。


 ひとつは、子宮の出口、つまり壺の口に当たる部分に赤ん坊の頭がなく栓にならないので、そこから臍の緒が先に出てきてしまう可能性がある。


 赤ん坊は羊水の中で呼吸をしていなくて、臍の緒から酸素をもらっている。

 子宮の出口から臍の緒が先に出てきてしまうと、臍の緒が圧迫されて酸素が届かなくなり胎児は死んでしまう。


 そしてもう一つ。


 赤ん坊は、頭が一番大きい。普通のお産のように最初に大きな頭が出れば、肩がでてすぐに体幹と足も出てくる。


 けれど先に足から身体が出てしまうと、最後に大きな頭が挟まってしまい、そこで急速に胎児の状態が悪くなる。

 しかも、今回難しいのは足先が先進していること。臀部が降りてくるならば出やすいが、小さな足が先に進んでくればさらに頭が詰まりやすい。片足だけが進んで来たら最悪だ。


 赤ちゃんが出てくる姿勢は大切、どの子も頭をネジのようにして回りながら降りてくるのは自然の神秘としか言いようがない。ただ間違えてきてしまう子もいるのが事実。


 だからその場合。病院では帝王切開を勧める。


「エレイン――私は、王都でお産に携わっていた」


(本当は、日本だけど)


 陣痛が収まった時の、わずかな静けさ。そこで顔をのぞき込んでそっと語り掛ける。


 ――魔女の仕事。ニルヴァーナから教わったのは、物事の考え方に人生観、精霊との話し方、薬草の見分け方、薬の作り方、そしてお産の介助の仕方。


 そして日本でもお産を随分取り上げた。医師のいない助産院に行って赤ちゃんをたくさん取り上げた。


「私に、任せてくれる?」


 エレインは横を向いていた顔を、ゆっくりと上げて、リュクスを見つめた。上気した頬、熱い眼差しがじっと見上げてくる。リュクスを探るわけではない、ただ信じる目で彼女は見てくる。


 そして口を開いた。


「あなたに、任せるわ。リュクス」


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