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天の城の魔女ティアナ、東京で助産師になる。~「嫁になれ」お迎えにきたのは悪役聖女の騎士でした~  作者: 高瀬さくら
2章.お迎え

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20.夜が終わる


 来須さんが赤ちゃんに面会して、褥婦棟の病室に案内した後、リュクスは石爪医師にすれ違った。


 分娩室特有の陰圧になっている観音開きのドアから出てきたのは、仮眠室に向かう前に産婦の進行具合を見に来たのかもしれない。


「お疲れ様です」

「……おう」


 口も態度も腕も未熟な研修医の石爪ドクターは、最近は態度がマシになり『うるせえ』も言わず挨拶を交わすようになった。


 ――それは、忘年会の時。リュクスは中盤の緩んだ雰囲気の中、たまたま隣合った彼に告げた。


「先生、『うるせえ』とか言われると、悲しいです」


 確か気まずそうに黙った彼は、その後言わなくなった。

 人付き合いが苦手な自分にしては、我ながらうまい方法だった。


 注意ではなく、こちらがどう感じたかを伝える。

 『悲しいです』それが効いたんだろうな。よっしゃ! とうまくこなせた自分を偉いと思う。


 すれ違い中に入ったリュクスは、ようやくナースステーションに腰を落ち着けて記録に専念する。


 まだ産婦さんはいるけど、産まれるのは朝方だろう。

 今日も、忙しい。毎回忙しい。


「ひーちゃん、明日、というか今日は明け?」

「いいえ。今晩もまた違うとこで夜勤バイトです」

「若いねー。私も昔は夜勤明けで夜勤してたけど無理だよ」


 中島さんと笹谷さんに呆れたように言われる。


「来週、大学院で研究論文の中間発表会なんです。だから今日明日でバイト詰めて、そのあとはそっちに集中しようと思って」


 朝に帰って数時間寝たらまたバイトなんて、先が長すぎる。


「いくつバイトかけ持ってるの?」

「五つです」


 大学院はお金がかかる。なので、あちこちでバイトをしている。


 今晩行くバイトのクリニックは、セレブ御用達で有名だ。入ってすぐの壁には

「ALL MOTHER AND BABY IS V.I.P」という文言が金の箔押しされている。


(複数形にまとめていないところが嫌らしいなー)


 ひとくくりにはしません。個人あつかいです?

 それとも、英文を間違えたのだろうか?


 そこでは入院産婦が星でランク付けされていて申し送りで「この方は星三つです」とか伝えられる。

 特別室はブルガリのアメニティ付き。食事はフランス料理。

 すべての赤ちゃんはお預かりで、母乳の指導もおむつ替えも教えない。


(おむつ交換を教えておかないで、どうするのだろう?)

 

 お手伝いさんがいるのかもしれない。だからVIP病院。


「体力よく持つね。若いねー。いくつだっけ?」

「二十六、です」

「若い、若い」


 この感覚は、世間とは、ずれてるんだろうな、と思う。 


「ひーちゃんは彼いるんだっけ?」

「いないです」

「でもモテるでしょ。心配ないよね」


 アレスティアにいた時の色彩や顔形からは、日本人とのハーフで通じる程度に変えてある。そしてそれは美人の部類になるから、よく口説かれる。だから否定はしないで苦笑だけ返す。


 若い、と連発されて、なんとなく顔をあげればブラインドの向こうの隙間に夜が見えてぼんやりしてしまう。あれから六年も経つ。


 この世界の来た時は毎日ひたすら焦っていた。とにかく戻ろうと必死で方法を探した。女神の光脈も魔力もない中で、なんとか方法を探した。


 たくさんの文献を呼んでも、この世界には魔法がなく、方法はない。自分のこれまで培った方法は何も役に立たなかった。


 ユーナ、王子達、フィラス、レイリー、彼らはどうしているのだろう。落ちた城は、そしてディアノブルの塔は。

 あの頃は、馬鹿だった。アレスティアの国民よりも、ユーナのことばかりを考えていた。


 大人になり、優先させるべきはそこだったのに、と後悔する。


 焦りで眠り、目が覚めるとこれは嘘ではなく、現実だと絶望する。

 それは、昔の自分と同じだった。


(また繰り返した)


 なんども同じ目に合うのかと、そういう運命なのかと思い知らされた。 

 たくさんの人たちを犠牲にして、この国に来た。今、あの世界はどうなっているのかわからない。


 魔法士の司、と呼ばれ、城を浮上させていたのは自分だ。それは夢のようで、でも現実だ。今でも魔法を使う感覚は覚えている。


 けれどこの世界には魔力は存在せず、リュクスも魔法はあれから使っていない。


 ――もう使えるのかもわからない。


「私、今日勉強しようと思って、勉強道具を持ってきたんですよね」

「それだよ、それ! だから忙しくなったんじゃない!」


 話題を変えるように呟くと、文句を言われて苦笑いをリュクスは浮かべた。


 棚にあるパンパンに詰まった自分のカバンを見る。

 今、大学院に行ってて今日は夜勤前に国会図書館で資料をコピーしてきた、その大量の論文とパソコンがカバンに入っている。せっかく読もうと思ったのに。


 看護師は、勉強が好きだ。なので、夜勤が落ち着いていたらと勉強道具を持ってくる人も多い。

 勉強道具を持ってくると、忙しくなるというジンクスがある。


「ひーちゃんって変わってる。というか助産師って、変わってるよね。助産道みたいのがありますよね、『こうでなきゃならぬ』みたいな」


 看護師の笹谷さんの言葉にリュクスは考え込む。


「……助産道。確かに。あるかもしれないですね」


 お産へのこだわり、母乳へのこだわり。


 ……でも魔法士も魔法士道、があるかもしれない。

 

 リュクスも、魔法の構成装飾はこだわりがある。基本、意味のない古典的装飾は嫌いだ。そういえば、強い魔法士ほど魔法へのこだわりがあった。


 そう思うと、魔法士の副司であったレイリーも変な所でこだわりがあったし、リュクスに突っかかっていたのは、そういうところがあったのかもしれない。


 今思うと懐かしい。そして、彼にはきっと面倒をかけている。

 もしかしたら、自分が違う態度をとっていたら、違っていたのかも。


 って無理! あの偉そうで嫌みな態度には無理!


「結局、専門家ってみんなそうかもしれないですね」


 自分のこだわりがない専門家は、うすっぺらくて。何も考えなくて、周囲にあわせるだけ。それが一番軽蔑されている。


 記録をおえたリュクスは立ち上がる。


「ちょっと夕食、食べてきますね」


 今は朝の四時。また来る忙しい波に備えてリュクスは立ち上がった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 現世界での現場になってから良い意味で力が抜けていて、読みやすくて面白いです。あっちからこっちという世界の移動も目新しく、けれど自然で。 もっと多くの人の目に止まるべきお話なのに、と思いつ…
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