18.双子が産まれる(*)
分娩室の来須さんのもとに戻ると、また心音が取れなくなっている。
山田助産師の代わりに、またパットをはめなおして、赤ちゃんの心音を探す。ザザザという雑音が響く。
心音が取れない時は少し焦る。
もしかして、その心音が落ちているのじゃないか、下手すると心拍が停止している可能性もある。
微かな不安がよぎるが、それは顔に出さない。
児心音をキャッチするパットをだいぶ下げて、恥骨の方にずらしていくと、微かに聞こえる音。
小さく聞こえる心臓の音に、山田さんと顔を見合わせる。
二人で、微かに頷き合う。
もう心臓の音が取れないのは、恥骨の中に赤ちゃんの頭が入ってきた、つまり下りてきた証拠だ。
リュクスの方は「来須さん、上を向けますか? 診察させてくださいね」と声をかけながら、手袋をはめる。
山田さんも電話番号をプッシュして肩に挟みながら、すかさず先生に電話をかける。
内診すると、やっぱりもう子宮口は全開していて、かなり胎児の頭がそこまで来ている。
医師に電話をかけている山田さんもこちらを見ているから頷く。”分娩になる”という意味で、二人でアイコンタクトをとると、コール音が止んで、山田さんが医師に伝える。
「先生、お産になります!」
そして電話を切り、ドアを開けてナースステーションに叫ぶ。
「来須さん、お産になります!」
そしてリュクスに振り返る。
「新生児科、呼びますか?」
一瞬迷って、判断を口に出す。
「まだ! 高いので、先生が来てからで!」
NICUにいる新生児科の医師はめっちゃ忙しい。赤ちゃんのために生きているような人たちで、呼べばすぐに来てくれるが、早いうちに呼んでしまうと手を煩わさせる。
リュクスも、滅菌マットを敷いてお産の準備を始める。
「来須さん、もうお産になるので準備しますね。まだ少し、いきむのは待ってくださいね」
先生が来るまでは、産まれてしまうのは待ちたい。と思えば、小太りの産科部長の高田医師が、テンション高く分娩室に登場して、来須さんに「頑張ろう!」と声をかけている。
双子のお産に、他の先生たちも集まり始める。日勤の残っていた助産師達も集まり始める。ちょっとした騒ぎになるけど、リュクスは来須さんの前に立ち、彼女にだけ話しかける。
――場の雰囲気は、直接介助の助産師が作る。
「あ、ちょっと診察させて。あ、いいね、いいね、いきんで!」
高田部長の診察に、少し下がる。
双子は正常分娩ではないので、医師の管轄。先生がまずは主導権を握るけど、その背後からリュクスも負けずに、じっとそれを見て入るタイミングを見守る。
「新生児科には連絡した?」
「今しまーす」
他の医師に指摘されて、山田さんが電話を握り締める。
この周産期センターのいいところは、NICUがあるところ。
それはまさに未熟児から診られる赤ちゃん専門の医師がいるということ。
この病院では、何かリスクのある赤ちゃんや、吸引分娩など人工的に処置をして産まれる時は、新生児科医を呼んで立ち会ってもらえる。
どんな時でも新生児の救命のプロが立ち会ってくれるというのは、母親にとってもすごいが、産科のスタッフの安心度も違う。
「はい、いきんで! 切るよ」
部長が会陰切開を入れたところで、リュクスは高田部長に「先生」とそっと声をかける。赤ちゃんの黒髪が見え隠れしている。
譲って、と先ほどの一言に含ませて先生に促す。
そこで部長が一歩下がる。代わりにリュクスは正面にでて、医師が切開を入れたところを右手でガーゼを当てて止血しながら、来須さんの方を見る。
胎児の心音が二つ鳴り響いている。ギャラリーはたくさん。みんな、産婦さんの左右と、リュクス達の後方に控えている。
「来須さん、あと少しでお産になるのでね。お腹が痛くなってきたら教えてくださいね」
テンションが高い医師と騒ぐギャラリーの間に、わざと声を低く、穏やかに話しかける。
ギャラリーがたくさんいても、二人だけの空間を作る。
それで、直接介助の助産師がどうお産を持っていきたいのか、察して合わせてくれる外回りの助産師もいる。
場をどう作るのかは、介助する助産師が主導を握る。
痛がる産婦さんよりさらに声を張り上げる助産師と医師で、大騒ぎになる分娩もあるけれど、それは好きじゃない。
「痛くなって……きました」
「はい、いきんで!!」
「いきんでいいですよ」
テンション高く高田医師が盛り上がっている声を背後に、リュクスは静かに穏やかに声を滑り込ませる。
「ううっ――」
『声を出さない!』
『目をつぶらない!』
左右の助産師が、素早く命じる中、リュクスは介助をしながら、静かに声を滑り込ませる。
「来須さん、好きにいきんでいいですよ」
なんで目をつぶっちゃいけないんだろ。
声を出しちゃいけないんだろ。
先輩たちがそう言ってきたので、そう声かけをするようになった。それだけの理由で、それが常識だと信じている助産師は多い。
リュクスは経験を重ねるうちに、その慣習に従うのが嫌で産婦さんに「好きにしていいよ」というようになった。
魔法も、お産も、同じ。主導をしている者に合わせる。ただし、信用されていないと誰も合わせてくれない。実力がついて、そうできるようになった。
「っ……ふう……」
陣痛が終わっていきみ終わって頭を下ろした来須さんに、周囲が何とも言えない雰囲気を醸し出す。みんながモニターを眺めている。赤ちゃんの心臓の音は元気だ。
「……少し陣痛弱いかな」
後ろで呟く医師の声を聞いて、リュクスは来須さんに話しかける。みんなが本人に構わなくなっているときでも、本人を置き去りにしないのが自分の役目。
「赤ちゃん、黒髪が見えてますからね。あと、もういいよ、と言ったらいきむのやめてくださいね」
ふと見ると、降りてきた新生児科の先生が、新生児蘇生台の前で、静かな目でいつでも処置ができるようにたたずんでいる。
こういう時、できる先生ほど、騒がないんだ、と思う。
来須さんが目をつぶりながら頷く。
「……来ました」
「いいですよ、いきんで」
『はい、いきんで!』
『いきんで!』
皆が一斉にいきめと、声をかける中、リュクスも出てきた頭に備えるべく手をかざす。今回の赤ちゃんは小さめ、簡単に飛び出してくる可能性がある。
黒髪がペトリと張り付いた頭が見えてきてそれが頭の四分の一ぐらい出てきたところで、腰を落として、備える。
もう少しもう少し。
飛び出ないように胎児の頭を押さえつけるとストレスをかけてしまうので、あまり触らない。
頭がゆるっと三分の一ぐらい出たところで、左手で押さえて、叫ぶ。
「もういきまないで」
ここからは本人の顔は見られない。出てくる赤ちゃんに全集中する。
赤ちゃんは母親の背を向いて出てくる。
それから自分で横向きになる。
ネジのように決まった方法でグルグル自分で回ってくるのだから、本当に無駄がない。
横を向いた赤ちゃんの肩を押し下げて上半身を出す。そして下側の脇に手を入れて、上の脇にも手を入れてあとは、するんと出す。
「おめでとうございます!! 女の子です」
「十七時二十一分!」
すかさずリーダーの中島さんが時間を叫んだ。
――それが来須さんの、双子の赤ちゃんの一人目、――長女の誕生した瞬間だった。




