98話目【引きずられる松本と悲しむ村人達】
家で食パンを焼く松本。
テーブルではレムが自分の食べる分の食パンを切り分けている。
「凄いねこの黒いナイフ、とても綺麗に切れるよ」
「いいナイフですよね、巨大モギの素材で作って貰ったんですよ」
「パン以外も綺麗に切れるのかい?」
「そりゃもうよく切れますよ! 芋もキャベツも大根もなんでも切れます!」
「なんか、食べ物ばかりじゃいかい?」
「他の物には使ったことないんですよ、刃こぼれが怖くて…」
「なるほどね…」
松本のナイフ『トカゲの爪』は料理用になっていた。
ワニ美ちゃんと自分の食パンを焼くレム。
松本は食パンに塩を振って食べている。
先に焼けた筈の獣人達の食パンはまだ皿の上で蜂蜜を待っていた。
「カテリアお姉ちゃん、早く蜂蜜回してよー」
「今塗ってるところだから待って頂戴」
「さっきからずっと待ってるのである」
「もう少しだけだから」
「もう少しって、それ以上何処に塗るのさ」
「もう蜂蜜でヒタヒタである」
「いいじゃない少しくらい欲張ったって!
これがここで食べる最後の蜂蜜パンなの! はい蜂蜜!」
「欲張り過ぎだよカテリア姉ちゃん! 僕らのパン見てよ!」
「待ちすぎて冷たくなっているのである」
蜂蜜に溺れるカテリアの食パン。
マルメロとニャリモヤの食パンは冷たくなっていた。
パンを温め直し蜂蜜を塗る2人。
獣人の里に行く準備を整えたバトーとゴードンが迎えに来た。
「まだ食事中だったか、マツモト俺にもパンを貰えないか?」
「俺も食べてぇな」
「バトーさん、ゴードンさんおはよう御座います。
どうぞ、好きなだけ食べて下さい、蜂蜜か塩ならありますよ」
「それなんだけどね、残念だけど、蜂蜜はなくなったみたいだよ」
「「「 ん? 」」」
3人が振り向くとレムが食パンに塩を振っていた。
松本が覗き込むと空になった容器の中でスプーンが哀愁を漂わせていた。
うそん…一昨日買ったばかりなのに…
「カテリア姉ちゃん」
「カテリア」
「すみません…」
シュンとするカテリア
「そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよカテリアさん、塩もありますし」
「でも塩じゃ…」
「塩パンも意外といけるな、もう1枚食べるか」
「俺の分も焼いてくれよバトー、なんか病みつきになりそうだな」
バトーとゴードンは塩パンに魅了されていた。
「ね? 塩パン美味しいんですよ」
「私も次は塩パンにします!」
カテリアは塩パンを決意した。
「パンも食べたし、そろそろ出発するか」
『 はいー 』
食事を終えた一行は獣人の里に出発することにした。
松本がレムに木箱を手渡している。
「レム様、もしポッポ村の子供達が元気が無いようならこれ渡してください」
「これは?」
「頑張って作った俺の宝物です、出来れば俺の家で大事に飾りたいのですが
子供達が心配なので一応渡しておきます」
「よく分からないけど預かっておくよ」
「お願いします」
手を振るレムと見送るワニ美ちゃん。
「レム様、行ってきます」
「レム様、村をよろしくお願いします」
「行ってきまーす!」
「「「 ありがとう御座いましたー! 」」」
「いってらっしゃい、がんばってね~」
レムとワン美ちゃんに別れを告げ、一同は旅立った。
獣人の里に旅立って3日目。
松本は地面を引きずられていた
「ぎゃぁぁぁぁ!? 誰か助けてぇぇぇぇ!」
「マツモトさぁぁぁん!?」
「マツモトさんが引きずられていくよ!?」
「どうした!?」
「バトー殿、マツモト殿が蔓に引きずられているのである!」
松本の足に蔓が絡まり、どんどん引きずられて行く。
生き物のように動く蔓の先には、袋状になった植物が口を開けていた。
「バトーありゃなんだ?」
「ネペルテテスだ! マツモトー飲み込まれるなよ! 消化液で溶かされるぞ!」
「うそぉぉぉぉ!? あぶなぁぁぁい!」」
口の中に放り込まれそうになった松本が淵を掴み耐えている。
なんかすごい力で押し込もうとしてくるんですけどぉぉぉ!
しかも中でなんかボコボコしてるぅぅぅ!
「大丈夫かマツモトー?」
「大丈夫そうじゃないでーす! 助けてぇぇぇ!」
「今行くから耐えろー! 他の人は離れてくれ!」
バトーが走り寄り、袋の根元を剣で刺すと蔓の力が抜け松本の足から解けた。
「生きてるかマツモト?」
「助かりました…バトーさんありがとう御座います」
「ははっ、いつも食べられ掛けてるなマツモト」
「笑い事じゃないですよ、もう少しで消化されるところでした」
「これが自然の厳しさってヤツだな、冒険者になるんだろ?」
「死なないように頑張ります…」
「ネペルテテスの急所は袋の下のここだ、覚えておいた方がいいぞ」
「ありがとう御座います!」
「おーい、大丈夫か2人共?」
獣人達とゴードンが集まって来た。
「バトーよ、これは何なんだ? 村の近くじゃ見たことねぇぞ?」
「こいつは『ネペルテテス』っていってな、肉食の植物だな。
蔓で獲物を捕らえて袋の中の消化液で溶かして捕食するんだ」
『 へぇ~ 』
バトーの説明を受ける一同。
ネペルテテスとは言わゆるウツボカズラである。
「もう動かないよね?」
「シナシナだし大丈夫だと思うけど」
「獣人の里では見ないのである」
「この蔓、食べられそうですね」
シナシナになったネペルテテスを突く松本と獣人達。
「普段は袋の中に入って出られないような小さい獲物を捕まえて捕食しているんだが、
寒くなって獲物が減って来ると、狂暴化して大きい獲物を狙いだすんだ。
急所は一応ここだ、まぁ掴まっても蔓を切れば問題ないから大して強くはないな」
『 へぇ~ 』
十分危ないと思うけどなぁ…
生きたまま消化されるとか怖すぎぃぃ!
一方その頃、ポッポ村では。
「なんでポニ爺に子供達が張り付いてるのかしら?」
「うちの子なんて最近丸めた布団に張り付いてるわよ」
「「 不思議ねぇ~ 」」
首を傾げるマダム達。
何故か何かに張り付く子供達が散見されていた。
出発して6日目。
「ぎゃぁぁぁぁ! なんでまた俺なのぉぉぉ!?」
「マツモトさんがまた引きずられてるー!?」
「マツモト殿、蔓を切るのだ!」
「でりゃぁぁぁ!」
松本、2回目にしてネペルテテスから自力で脱出に成功する。
使ったナイフは市販品の安物だった。
森を歩きながら何かを食べる松本を不思議そうに見るゴードン。
「マツモトよ、さっきから何食べてんだ?」
「ネペルテテスの蔓です」
「…食えるのか?」
「セロリみたいな味がします、これが自然の厳しさってヤツですよ、ゴードンさん」
「…そうか、逞しいな(セロリってなんだ?)」
一方その頃、ポッポ村では。
勉強小屋で小さい子供達に文字を教えるウィンディ。
黒板には4文字の言葉が掛かれている。
「はい…これは何て読むでしょう…」
シオシオで元気のないウィンディが子供達に問題を出している。
『…ニャリモヤ…』
同じくシオシオで元気のない子供達
「…違います…これはマルメロ…さぁ一緒に…」
『…はい…』
「…マルメロ…」
『…ニャリモヤ…』
シオシオの勉強小屋。
「うぅ…マルメロ! これはマルメロ!」
『うぅ…ニャリモヤ! …ニャリモヤァァァ!』
「違うの! マルメロなの!」
『いやぁぁニャリモヤァァァ! ニャリモヤがいいぃぃぃ…』
黒板に書かれた文字はマルメロ、首を振りながら頑なにニャリモアと読む子供達。
「うぅ…違うのぉぉマルメロなのぉぉぉ…私のマルメロ君なのぉぉぉぉ」
『ニャリモヤァァ…うぅ…ニャリモヤに…ニャリモヤに会いたいぃぃ」
「うわぁぁぁんマルメロくぅぅぅん!」
『うわぁぁぁんニャリモヤァァァァ!』
涙に沈む勉強小屋。
ウィンディはマルメロロス、子供達はニャリモヤロスになっていた。
「ちょっと、これどうするのよ? どうにかしなさいよフィセル」
「えぇ…愛しのレベッカ頼みでもこれはちょっと…何とかならないかなジョナ?」
「えぇ…僕に振られても困るよフィセル、そもそも何したらいのさ?」
居たたまれない顔で勉強小屋を覗く3人の人影。
レベッカ、フィセル、ジョナの3人である。
「こんなの見てられないわよ、とにかく何とかしてよ~
ほらジョナ、ウィンディのこと好きなんでしょ? しっかりして」
「僕にマルメロ君の代わりなんて無理だよレベッカ、ウィンディの好みは年下の男の子なんだから」
「俺の好みはレベッカ、君だよ」
隙あらばアピールするフィセル。
「今そういうの求めて無いのよ、フィセルはニャリモヤさんの代わりやりなさいよ!」
「俺にニャリモヤさんの代わりなんて無理だよレベッカ、全然違うもの! 種族が違うもの!」
「ニャーンって言えばなんとかなるわよ、頑張ってフィセル! 今日のあなたはイケてるわよ!」
「え!? 俺イケてる? 本当に? なんか行ける気がしてきた、よーし!」
「ちょっと待ってフィセル! ニャリモヤさんはニャーンなんて1回も言ったことないよ!」
「止めちゃ駄目よジョナ!」
「止めないでくれジョナ! 今日の俺はいける気がする!」
「止めるよ! 絶対騙されてるよフィセル!」
『ニャリモヤァァ!』
「マルメロくぅぅぅん!」
阿鼻叫喚の勉強小屋に木箱を持ったレムがやって来た。
「いや~、マツモト君の言ってたのはこれかぁ、なんか大変なことになってるね」
「レム様?」
「どうされたんですか?」
「その箱はいったい?」
「これはね、マツモト君から預かったんだ。子供達が悲しんでいたら渡して欲しいって」
レムから木箱を受け取るレベッカ。
「何かしら?」
「開けてみてよレベッカ」
「そうね」
「「「 ん? 」」」
箱を開けると中に形の整えられた毛玉が入ってる。
「これは? ニャリモヤさんかな?」
「小さいニャリモヤさんだ」
「ちょっとブサイクだけどニャリモヤさんだね」
「フィセルこういうの得意でしょ? 整えてよ」
「ほいほい、愛しのレベッカの頼みならお安い御用だよ」
フィセルが細い棒で突いて形を整えると小さいニャリモヤになった。
「へぇ~凄いね、ニャリモヤさんの人形だ」
「いいじゃない! 流石よフィセル、格好いいわよ!」
「そうだろうそうだろう! 惚れ直してくれたかいレベッカ?」
「そこまでではないわ、早く子供達に持って行ってあげて!」
「はいはい、いつも通りですね。子供達~いい物あるよ~」
泣きじゃくる子供達にニャリモヤ人形を見せるフィセル。
「ニャリモヤだぁぁぁ!」
「小さいニャリモヤだぁぁぁ!」
「ニャリモヤァァァ!」
『ニャッリッモヤ! ニャッリッモヤ! ニャッリッモヤ!』
子供達は元気になり、ニャリモヤ人形は勉強小屋に大切に飾られることとなった。
「良かった~子供達が元気になったわ! ありがとうフィセル」
「今度テートしてくれるかいレベッカ?」
「考えとくわ!」
「あの毛玉って何だったんだろう?」
「「 さぁ? 」」
ニャリモヤ人形の原材料は松本のベットに溜まったニャリモヤの抜け毛である。
掃除の際に松本が職人の手さばきで集めていた。
「取りあえず、子供達が元気になったから僕は戻るよ」
「「「 ありがとうございました! 」」」
レムは戻って行った。
「後はウィンディだけど、どうしようか?」
「何か美味しい物でも食べさせたら元気にならないかな?」
「取りあえず、モギ肉でも食べさせてみましょう」
「それじゃあとは頼んだよジョナ」
「そうね、頑張ってねジョナ」
「僕1人かい? 手伝ってよ2人共」
「それはジョナの仕事だよ、俺は子供達を元気にしたからね」
「そうよジョナ、しっかりやりなさい!」
「さぁ、デートに行こうレベッカ!」
レベッカの手を取り誘うフィセル。
「残念だけど、私はウィンディの代わりに子供達に勉強教えないといけないの」
フィセルの手を振りほどきレベッカが勉強小屋に入って行った。
「フィセルって凄いよね…」
「いつかは振り向いてくれる筈さ、これはこれで楽しいしね」
泣きじゃくるウィンディはジョナに連れていかれた。
ジョナがモギ肉を焼いて食べさせ続けたら普通に元気になった。
「お母さん、最近ご飯の量多くない?」
「あらやだ、ついカテリアちゃんに食べさせてた癖ね、勿体ないから全部食べて頂戴」
「ウチだけじゃなくて、他の家もご飯の量が増えたって言ってたよ」
「皆、カテリアちゃんが頬膨らませて美味しそうに食べる姿が忘れられないのね」
マダム達はカテリアロスになっていた。
その後、ポッポ村の子供達が少し太った。




