95話目【正しい重力魔法の使い方】
「おはようございまーす」
「おはようマツモト」
宿屋のロビーで挨拶を交わす松本とバトー。
「昨日より寒いですね」
「もうすぐ冬だからな。それよりちゃんと起きたな、安心したよ」
「はは、その節はご迷惑とご心配をお掛けしまして…もう大丈夫ですよ!」
松本が天界から戻ったのは前日の午前中である。
「それより、俺また怒られちゃいました…」
「すまん、実は俺もだ…」
「次やったら宿泊禁止らしいので気を付けましょう…」
「そうだな…」
朝から肩を落とす2人。
部屋で筋トレした結果、隣の利用客からフンフン煩いと苦情が入っていた。
ウルダ祭に続き2回目である。
「2人共もう帰るの? ムシャァ、昨日来たばかりなのに大変ねぇ~、ムシャァ」
「次は獣人の里に行かないといけませんから、ムシャァ」
「光筋教団の支部長が光魔法習得希望者を募ってくれていてな、
一緒にポッポ村に向かう手筈になっている、ムシャァ」
ギルドの二階席でフランスパンを齧る松本、バトー、カルニ。
「いいわねぇ~獣人の里、ムシャァ、私も行ってみたいわ、ムシャァ」
「何かお土産あったら持ってきますよ、ムシャァ」
「俺も行ったことないから楽しみだ、ムシャァ、ところでカルニ…」
「何? ムシャァ」
「お前、何か太くないか?」
「気のせいよ、ムシャァ」
「多分気のせいじゃないと思いますけど…」
「乙女に向かって、ムシャァ、失礼よ、ムシャァ、2人共、ムシャァ」
カルニ、食欲の秋である。
南側の城門で光筋教団を待つ松本とバトー。
バトーはポニ爺にブラシを掛け、松本はパン食べさせ、隙を見ては耳を触っている。
馬車に乗ったイエーツが声を掛けた。
「バトーさん、マツモト君、待たせてすまないね」
「「 いえ、気にしないで…下さ…い… 」」
振り向いた松本とバトーが目を剥く、
イエーツの馬車には8人のマッチョ達がギュウギュウに詰まっていた。
御者台に2人、荷台に6人体育座りしている。
キ、キモッ…なにこれキモッ!
「そ、その方達が光魔法の習得希望者ですか?」
「す、少し乗り過ぎじゃないですか?」
「いや~希望者が予想以上に多くてね、どうしても行きたいと聞かなくて
この様になってしまった」
「2台に分けた方がいいのでは?」
「そうもいかなくてな…」
「イエーツ様、お待たせしましたー!」
マッチョがギュウギュウに詰まった馬車が1台増えた。
荷台に体育座りのマッチョが並んでいる。
キ、キモッ…狭い空間にギュウギュウに詰まったマッチョキモ!
「さ、3台に分ける訳には…」
「イエーツ様、お待たせしましたー!」
マッチョ馬車が3台に増えた。
えぇ…何これキモッ…提案したら増えるシステムなの?
「よ、4だ…」
「やめて! バトーさんそれ以上はやめて! 増えるから! 提案したら増えるから!」
バトーの口を全力で塞ぐ松本。
「馬車3台分か…」
「…これ一体何人いるんですか?」
「1台8人だから24人だ! これでも減らしたんだぞ。
昨日バトーさんとマツモト君が帰った後に団員に話をしたら大騒ぎになってな、
希望者が殺到してベンチプレス対決で上位24名を選んだんだ」
「「 そ、そうですか… 」」
バトーとのベンチプレス対決で自己記録を更新していたナナヤマは
疲労により敗退、ウルダに留守番である。
「さぁ行こうか! いざ、我らが教祖レム様の元へ!」
「いや、その前に俺達の馬車に人を移しましょう、なんか気持ち悪いんで」
「そうだな、4人位乗るだろ」
「かたじけない!」
松本達の馬車の荷台にマッチョを4人詰め込んだ。
「よかった…まだいたわよ、オリー、はぁ…はぁ…」
「なんとか…間に合ったわね、シグネ、はぁ…はぁ…」
紙袋を持ったオリーとシグネが息を切らせて走って来た。
気のせいかちょっと太い。
「バトーさんマツモト君、これカルニ様からの差し入れです」
「旅の途中で食べてって言ってました」
「おぉ~どっちゃりサンドか、ありがとう2人共」
「俺これ好きなんですよね、カルニさんにヨロシクお伝えください」
受け取った紙袋を荷台に置く、
「つ、罪深い…なんと罪深い食べ物か…」
「くっ、今の私の信仰心では耐えられない…誰か、馬車を変わってくれないか?」
なんだよ信仰心って…
よりによって減量末期のマッチョかよ…
どっちゃりサンドに耐えられないマッチョが馬車を交代した。
「今度こそ行こうか! いざ、我らが教祖レム様の元へ!」
『 おー! 』
「出発しますよー!」
「付いてきてくださーい」
「さぁ付いてくるがいい! 敬虔なる団員達よ!」
『 おー! 』
2番目の馬車からイエーツが何か言っている。
「「 お気を付けて~ 」」
旅立つ4台の馬車を見送るオリーとシグネ。
「さぁシグネ、私達も早く戻ってどっちゃりサンド食べましょう!」
「そうねオリー、私『どっちゃりチーズ肉サンド肉増し』にしようかしら!」
「えぇ~シグネが肉増しにするなら私は『どっちゃりチーズ肉サンド、トマト入り』にしようかしら」
「大人しく肉増しにしときなさいよオリー、トマト入れて罪悪感薄めようとしても無駄よ」
カルニ軍団、食欲の秋である。
数時間後、馬車を止め休憩する一同。
何もない平地にマッチョ達が集まっている。
「この辺りなら大丈夫だろ、範囲が被らないように気を付けろー」
『 おぉ~ 』
イエーツの掛け声で数人ずつ分かれて1人を中心に円になるマッチョ達。
「バトーさん、あれ何やってるんですかね?」
「さぁ? よく分からないな」
ポニ爺に水を飲ませながら松本とバトーが不思議そうに見ている。
「取りあえず10回アップするぞー」
『 おぉ~ 』
数か所で円になり腕立てするマッチョ達。
「あ、腕立てですね」
「腕立てだな」
旅の途中でもやるのか、流石は光筋教団だな
「行くぞー関節に気を付けろー」
『 おぉ~ 』
「せぁ!」
イエーツが気合を入れるとマッチョ達が周りの空間が少し歪んだ。
『ぐぬぅぅ! ぬあぁぁぁ!』
歯を食いしばり腕をプルプルさせながら腕立てするマッチョ達。
なんだ? なんかモヤモヤしてるような?
それにあのマッチョ達の様子はいったい…
マッチョ達に近寄りモヤに左手を入れてみる松本。
モヤの中に入った瞬間、左手が重くなった。
なっ、な…なんだ一体、左手が勝手に…
モヤの中に入れた左手がいきなり…
持ち上げようとするが松本の上腕二頭筋では持ち上げることが出来ない。
こ、これは…左手が、重い!?
ぬぐぅ!?
左手が地面にめり込む松本。
「どうしたマツモト? 大丈夫か?」
バ…バカな! 左手が…
左手に…40~50キロの重りを付けられているようだ…
モヤの中でなにが起こっているんだ!?
『 だぁぁぁ! 』
歯を食いしばり腕立てをするマッチョ達。
「でりゃぁぁ!」
目を血走らせモヤから腕を引き抜こうとする松本。
「よーし! 休憩だ!」
『 はぁ~… 』
イエーツの掛け声でモヤが消え、マッチョ達が一息つく。
「どわぁぁぁ!?」
急に重さがなくなり、反動で松本が転がって行った。
こ、今度はなんだぁぁぁぁ!?
急に軽くなったぞ、これもしかして…
転がり馬車に突っ込んだ松本にバトーとイエーツが駆け寄って来た。
「何やってんだマツモト?」
「大丈夫かマツモト君?」
「だ、大丈夫です…それよりさっきのモヤって…」
「あぁ、あれは重力魔法だ!」
「やっぱり…」
「へぇ~、あれが重力魔法なのか」
「一定の範囲を重く出来る魔法でな!
今回のように器具の無い場合の自重トレーニングで負荷を増すことが出来る!
どうだ、最高の魔法だろう!」
「「 そ、そうですね 」」
なるほどな、道理で光筋教団の売店で売ってるわけだ…
完全にトレーニング用品扱いなんだな…
「我ら敬虔なる光筋教団員!」
『いついかなる時も筋肥大に励む者なり!』
イエーツに続きポージングするマッチョ達。
各々、得意分野の筋肉をアピールしている。
「あと2セット行くぞー、準備しろー」
『 おぉ~ 』
各自持ち場に戻り、円の中心にいるマッチョが重力魔法を発動させる。
『ぬぐぅぅぅ! ぬぁぁぁ!』
必死に腕立てするマッチョ達。
「俺達も参加してみるかマツモト?」
「いや、ちょっと…俺さっきので左肘痛めたみたいで…回復します」
「そ、そうか…」
松本が回復魔法で肘を直し終わる頃、
トレーニングを終えたマッチョ達は魔法の粉をビルダー飲みしていた。
いや、水魔法使えるならカップで飲めばいいのでは?
水出せばカップ洗えるんだから…
と思った松本だが、藪蛇になりそうなので何も言わなかった。




