93話目【暖かい服と魔道義足を装備せよ】
光筋教団に対する光魔法と光の精霊レムの説明をナナヤマに託し、
「光筋教団トレーニングセンターウルダ支部本拠地」を後にした松本とバトー。
2人は商業地区を歩いていた。
町行く人々はウルダ祭の時とは異なり、暖かそうな服に衣替えしている。
パンパンに膨らんだ松本の鞄の中には
魔法の粉(チョコ味)が2袋と専用カップが入っている。
「鞄がパンパンだなマツモト」
「流石にもう何も入らないですね」
「なんで2袋買ったんだ? 1個50シルバーもするのに」
「2袋買うとカップが無料で貰えるんですよ。
カップだけでも15シルバーですから2袋買った方がお得なんです」
「なるほどな、でも1袋2キロだろ? そんなに飲むのか?」
「トレーニングの後以外にも飲みますからね、1日3回は飲みます。
それに、俺、甘い飲み物って持ってないんですよ。
ミーシャさんに貰ったお茶か、ルドルフさんが置いてった紅茶しかないです」
「精霊様の池の水はもう飲んでないのか?」
「ははっ、流石に飲んでませんね。水魔法を取得してから水に困らなくなりました。
いや~魔法って本当に便利ですよねぇ~」
魔法の有難みを噛み締める松本。
つい最近まで池の水で顔を洗い、飲料水として利用していた。
「俺も買って帰るかな、ポッポ村の子供達が喜びそうだ」
「確かに喜ぶかもしれませんね、村の甘い物って砂糖とか蜂蜜とかですからねぇ」
「柑橘類かあれば絞ってジュースに出来るが、ポッポ村ではあまり採れないからな、
よし、買って帰ろう!」
「カップも必要ですよ!」
「そうだな!」
ポッポ村の子供達のために盛り上がる2人だが、
魔法の粉以外にも、粉末のココアやレモンティーなどが売っている。
実は、ポッポ村のマリーさんの店、マリーゴールドで取り扱っている。
利益を特に求めていないポッポ村価格であり、魔法の粉と異なりお湯で作れるため、
より経済的で肌寒い季節にピッタリである。
でもそんなことは関係ない、何故なら魔法の粉ならタンパク質が摂取できるから。
「肉味は辞めましょうね」
「そうだな、肉味はマズいからな」
不味くても関係ない、何故ならタンパク質が摂取できるから。
「マツモト、ここで買うとするか」
「了解です」
服屋に入って行く2人。
中に入るとよく知る少年が服を見ていた。
「お、ラッテオ?」
「ん? マツモト君、久しぶりだね。こちらの方はお父さん?」
「はは、違うよ。俺はバトー。マツモトと同じポッポ村の者だ」
「ラッテオです、マツモト君の友達です」
「知ってるよ、以前見たからな」
「ラッテオは買い物中かい?」
「そうだよ、上着がボロボロになっちゃってね、
この前カル…臨時のお小遣いを貰ったから新しい服を買おうと思って」
バトーを見てカルニの名前を引っ込めたラッテオ。
臨時のお小遣いとはカルニから依頼されたヒヨコ杯の八百長の報酬である。
「マツモト君も上着を? ってよく見たら半袖に短パンだんだね、寒くないの?」
「それが、寒いのよ」
衣替えしたウルダの中で松本だけが半袖短パンだった…
と思ったが、光筋教団員の中にはタンクトップ短パンのマッチョ達がいた。
恐るべし光筋教団。
「俺は暖かい服を買いに来たんだ、これしか持ってないからね」
「そ、そう…そんなことあるの?」
「あるのだよラッテオ君、深くは聞かない方がいい…」
「そ、そう…」
意味深な松本、踏み込まないラッテオ。
「バトーさん、ポッポ村ってどれくらい寒くなるんですか?」
「たまに雪が降る程度だな、厚手の服と上着も買った方がいいぞ」
結構寒いな…こりゃ靴も変えないと無理だな
「洗濯するから少なくとも2着は必要ですね」
「今度の旅のために寝袋も買った方がいいぞ」
「ぐふぅ…お金なくなっちゃう…」
「大変だねマツモト君…」
暖かい服を手に入れた松本は直ぐに装備した。
心と体が暖かくなったが、貝殻の財布に隙間風が吹いた。
何も持ってないと、ことあるごとに出費が嵩むな…
また頑張って貝殻磨くか…
各々買い物を済ませ服屋を出た3人。
ラッテオが口を開いた。
「そういえば今日らしいよマツモト君」
「なんのこと?」
「クルミちゃんのお父さんの魔道義足だよ」
「「 へぇ~ 」」
「数日前から専門の人が来てたんだけど、今日が最終調整らしいよ」
「バトーさん、見に行きませんか?」
「いくか、俺も見たい」
「僕も興味あるので一緒に行きましょう、クルミちゃんの家はこっちです」
ラッテオの案内で西側の城壁付近にやって来た3人。
一部の城壁が新しくなっている。
「あの新しい城壁ってもしかして…」
「この辺りはモギに壊されちゃってね、最近修復されたんだよ。まだ少し残ってるけどね」
「「 へぇ~ 」」
「そして、あの人が集まってる場所がクルミちゃんの家だよ」
進行方向に魔道義足の噂を聞きつけた人達が集まっていた。
「結構人がいますね」
「皆珍しいんだろ、ウルダで使用してる人はいないだろうしな」
「魔道義足って、すごく高いですからね」
近くに寄るとクルミちゃんの家の壁は修復中だった。
「家も壊れたみたいですね」
「そうみたいだな」
「あぁ、それはそうなんですけど、他の壊れた家と一緒に修復されたんですよ」
「まだ途中みたいだけど、終わってないの?」
「いや、終わったんだけどね、ヒヨコ杯の景品の大きなベットが届いて、
入口から入らなくて壁を壊したらしいよ」
「「 そう… 」」
壊れた城壁と家の修復費用は町の予算で行い、
「届けたベットが入らないのですか? でしたら壁を壊して入れれば問題ないでしょう。
費用は私が出します、ベットを届けると約束しましたからね。
ふふ、貴族たるもの約束を違えることはありませんよ」
ということで、ベットのために壊した壁の費用はロックフォール伯爵が払ったそうな。
暫くすると、白い手袋を付け、胸に紋章の入ったツナギ姿の女性と男性がやって来た。
眼鏡を掛けた女性は頑丈そうなケースを持っており、男性は工具箱を持っている。
女性の名は『カプア』
魔道補助具の研究主任である。結構偉い。
カプアがクルミちゃんの家の扉をノックする。
「こんにちはー魔道補助具の者でーす」
「あ、はーい。今出まーす」
中からクルミちゃんが出て来た。
「お父さんはいる?」
「いますよー」
「今日は最後だから外で調整するって伝えてくれるかな?」
「お父さーん! 今日は外で調整するんだってー!」
家の中に振り向き、入口から大きな声で呼ぶクルミちゃん。
「直ぐ来ると思います」
カプアの方を振り向き、何事もなかったように伝えるクルミちゃん。
「そ、そう…凄く元気ね、待ってるから」
家の中から老婆が椅子を持って出て来た。
「あ、バトーさん、あれポッポ村の椅子ですよ」
「本当だな、道端で売ったやつだ、ちゃんと使ってくれてるんだな」
片足のクルミパパが出て来て椅子に座った。
既に左足の義足は取り外してある。
「「「 よろしくお願いします 」」」
頭を下げるクルミ一家。
「それじゃ始めましょう」
カプアがケースを開け、新しい義足を取りだす。
膝から下の左足用の義足で、足の指まで造られている。
「主任、どうぞ」
「ありがと、最初はちょっと固めで行こうかな~」
助手から工具を受け取り、魔道義足の関節部の硬さを調整している。
「それじゃ付けますよ~」
「うぃ…」
カプアが魔道義足を付けるとクルミパパが変な声を出した。
「どうです? 動かせます?」
「いや、いまいち感覚が…」
「魔道補助具はマナを使用して動かすんです、火魔法とか手から出すじゃないですか、
あの感じで左足にマナを送ってください」
「う~ん…お?」
『 おぉ~ 』
魔道義足の足首が動き、周りの観客が驚いている。
「そうそう、そうです! 結局は魔法ですから、
使っているうちに自然に動かせるようになります」
「お? おぉ~足首を回せる!」
「お父さんの足が動いてる~!」
「うぅ…」
驚きと喜びのクルミパパとクルミちゃん、老婆は涙を流し言葉にならない様子。
「はぁ~すごい、あんな感じなんだねマツモト君」
「思ってたより人間の手足に近いんだねラッテオ」
「便利な道具だな~マナで動くって言ってたな」
松本達も魔道義足の性能に感心している。
「ちょっと歩いてみてください、慣れてないんでゆっくりですよ」
「私に掴まってください」
カプアに促され助手に掴まり立ち上がるクルミパパ。
「しっかり魔道義足を意識して、歩いてみてください」
「はい」
助手に掴まりながら練習するクルミパパ、カプアが様子を見ている。
足首の反応が遅い。
「ちょっと固かったかも、ちょっと止まってください」
「はい」
魔道義足の関節の硬さを調整するカプア。
「どうです?」
「あ、さっきより歩きやすいです」
「取りあえずこれで行きますか、使ってるうちに緩む可能性があるのでその時は締めてください」
「はい」
「足の指は動かせます?」
「う~ん…こうかな」
『 おぉ~ 』
魔道義足の指を動かすクルミパパ、まだぎこちない。
驚く観客と松本達。
「いいですね! そこから先は練習次第、慣れれば生身の肉体と同じように動かせます」
「頑張ります、ありがとうございました!」
「おとーさん!」
「おっと、クルミ。お?」
クルミちゃん抱き付いて来てバランスを崩すが、左足で踏ん張り倒れないクルミパパ。
「「 すごーい! 」」
「うぅ…うぅ…」
驚く親娘と泣く老婆。
「一応、今後のために使用データを収集させて頂きます」
「これ使用方法と調整方法の冊子、一度読んでみてください。
明日1日使用した後にもう1度調整しましょう、その時に調整方法も説明します」
「「「 ありがとう御座いました! 」」」
「それじゃこれで!」
「失礼します」
頭を下げるクルミ一家に片手を上げ、カプアと助手は帰って行った。
「いや~ここまで来るのは大変だった、頑張った甲斐があったねラッテオ」
「いや~本当に大変だったねマツモト君」
拍手する松本とラッテオ。
「どうしたんだ2人共?」
バトーが不思議そうに見ていた。




