92話目【ベルクに聞く、入会理由と利用マナー】
松本とバトーが光筋教団の無料体験を受けている頃、
ある冒険者達が南区の光筋教団トレーニングセンターを訪れていた。
入館し、受付で名前と年齢を記入する4人の青年達。
・『ベルク』 18歳。
・『シシ』 18歳。
・『ホルン』 18歳。
・『エント』 18歳。
チームで冒険者として活動する彼らに少しだけ見覚えがないだろうか?
そう、ミノタウロス杯でバトーと初戦で対戦し、完膚なきまでに叩きのめされた、
あの『ベルク』とチームの仲間である。
彼らは約1ヶ月前に光筋教団に入会していた。
「あ、そうだ、俺今日は聞き取り調査受けるからよ」
「なんだよそれ?」
「いやなんか、最近冒険者の入会者が増えてるらしくてよ、聞き取りしたいらしいんだよ」
「「「 へぇ~ 」」」
「何か喋ってると思うけど気にしないでくれよな、一応、光筋教団員の依頼でやってるからよ」
「りょ~かい」
「大変だなリーダー」
「ま、取りあえず着替えるべ」
『 お~ 』
着替えるため、ロッカー室に入っていく4人。
光筋教団にはベルク達以外にも冒険者の入会者が急増していたため、
理由を調べるために聞き取り調査が行われていた。
着替えた4人はストレッチコーナーで準備運動している。
光筋教団員のお姉さんがやって来てベルクに聞き取りを行っている。
「今日はよろしくお願いします」
「おう、よろしく」
「最初は自己紹介からお願いします」
「俺の名はベルク、ウルダを拠点として活動するBランク冒険者だ。
チーム名は『南西のピーマン』。横にいる『シシ』『エント』『ホルン』がメンバーだ」
「「「 よろしく~ 」」」
紹介され、アキレス腱を伸ばしながら手を振る3人。
「ピーマンですか?」
「チーム4名全員がピーマン農家の息子だからだ、俺達はチーム名に誇りを持っている」
「「「 ピーマンさいこ~ 」」」
脇腹を伸ばしながら返事をする3人。
なんかチャラい。
「最初の頃はチーム名を馬鹿にされることも多かったが、
笑ったヤツらは全員実力で分からせてきた」
「といいますと?」
「俺達が活動しだしたのは約2年前、16歳からだ。2年でBランクまで登り詰めた。
今ではウルダで一番勢いのあるチームとして一部に知られている」
「なるほど」
「お姉さん、ピーマンは好きかい?」
「好きです」
「そりゃよかった、命拾いしたなお姉さん」
「といいますと?」
ベルクの質問に首を傾げるお姉さん。
「俺達はピーマンにも誇りを持っている。
ピーマンを馬鹿にしたり、嫌いだって言うヤツらにも実力で分からせてきた」
「それも冒険者としての活動で?」
「いや、ピーマンの肉詰めで分からせてきた。
俺達のピーマンの肉詰めを食べて、生き残っているピーマン嫌いはいねぇ」
「「「 肉詰めさいこ~ 」」」
上腕を伸ばしながら賛同す3人。
「お前達さっきからうるせぇぞ」
「いいだろリーダー」
「俺もピーマン好きなんだよ」
「ピーマンの肉詰めさいこ~」
ゴニョゴニョする4人。
「興味ありますね」
「おいおい辞めとけよ、お姉さん。 俺達のピーマンの肉詰めはヤベェんだぜ?
最近までピーマン嫌いだったヤツが、今では生で齧ってるくらいだ」
「余計に興味が湧きますね」
「っは、命知らずが居たもんだぜ。
いいぜ、明日作ってやるよ、とびっきりのピーマンの肉詰めってヤツをよ」
「「「 いぇ~い 」」」
「ありがとう御座います」
柔軟を終え、ケーブルマシンコーナーに移動したベルク。
他の3人はそれぞれトレーニングをしている。
レッグエクステンション(太ももの表側を鍛えるマシン)でトレーニングし、
休憩中に聞き取りに応じるベルク。
「今日は脚のトレーニングですか?」
「あぁ、あるオッサンに言われてな」
「なぜ光筋教団に入会されたんですか?」
「光魔法には興味ねぇ、自分自身を鍛え治すために入会した」
「鍛え治すとは?」
「それを説明すると長くなるぜ?」
「お願いします」
「分かった、だが次の休憩になってからだ」
マシンの重りを増やし、しっかりとした動作で10回1セットのトレーニングを行うベルク。
束の間の休憩に入る。
「俺はチーム名をギルド内で広める為にミノタウロス杯に出場した。
幸運にも2回戦でアクラスと対戦できるチャンスを得た。
お姉さんアクラス知ってるだろ?」
「知ってます、前回のミノタウロス杯優勝者ですよね」
「そうだ、そのアクラスだ。
俺はウルダで一番勢いがあるチームのリーダで、模擬戦では不敗。
当然1回戦なんて眼中にねぇ、標的は2回戦の前大会チャンピオンのアクラスだけだ。
アクラスに勝てば俺と俺のチームの名はギルドに広がり、
当然その後のトーナメントも敵無し、確実に優勝し商品を手に入れることになる。
だがそうはならなかった…」
「次のセットやりますか?」
「あぁ」
重りを増やし次のセットをこなすベルク。
「俺が1回戦で戦ったのはオッサンだった。
聞けばポッポ村とかいうド田舎に住んでいて、たまたま参加しただけらしい。
装備も持ってなかった、ただの服に子供用の木剣と盾だ。
強者の覇気みてぇのも感じねぇ、ニコニコして人の良さそうな普通のオッサンだ。
元Bランク冒険者だったって聞いて、腕に多少の自信があるだろうとは俺も考えた。
あの場にいた全ての人間が、何処にでもいる腕自慢のオッサンが記念に参加したと思った筈だ」
「違ったんですか?」
「違うどころじゃねぇ…俺が甘かったのは間違いねぇ、自惚れてたのも認める。
だが甘かったのは俺だけじゃねぇ、あの場にいた全ての人間が甘かった。
普通のオッサン? 違うね。 何処にでもいる? いる筈ねぇ。
ありゃとんでもねぇ化け物だ」
「化け物ですか? 人の良さそうなオジサンがですか?」
「そこは次のセットの後だ」
更に重りを増やしセットをこなすベルク。
10回行うのがギリギリといった様子、ここからが本番らしい。
「オッサンの化け物っぷりを説明するには、まず俺だ。
仮初の実力に自惚れてた俺は、伸びきった鼻を完膚なきまでに叩き折られた。
横っ腹を打たれた瞬間は吐きそうになってな、
最後はオッサンの1撃で宙を舞い、観客席の前の障壁に叩きつけられた」
「ベルクさんが宙を舞ったんですか?」
「そうだ、カルニギルド長の防御魔法が無ければ確実に死んでたぜ。
未だに信じられねぇ、あれが同じ人間の力なのかよ?」
「私も信じられませんね」
オッサンの異常さに驚くお姉さん。
「次にアクラスだ、アクラスは強い。
戦ったことがねぇから俺とどっちが強いかは分からねぇけど、間違いなく強い。
武器が槍ってのも厄介だ、剣で戦う俺とは間合いが違うからな、
どうやって間合いの内側に入るかが最大の問題だ」
「私にはよく分かりませんが、難しいのですね?」
「難しい、大問題だ。
だが、あのオッサンは全力で戦うアクラスの顔を殴ったんだ。
おかしいだろ? 剣ですら遠い間合いだぞ? なんで素手が届くんだよ?」
「おかしいですね」
「その後はもう悲惨だったね、あのアクラスが血を撒き散らしながらステージを転がってよ。
戦意喪失して最後は立ち上がることも、手元の槍を拾うことも出来なかった。
カルニギルド長が止めなかったら俺と同様に死んでたさ」
「アクラスさんもですか? 凄い」
さっきと同じ重量でセットをこなすベルグ。
10回目が上がらず、お姉さんがサポートして上げた。
「その後はオッサンとまともに戦えるヤツなんていなかった、
当然だ、俺とアクラスが手も足も出ずに子供扱いされた相手だからな。
多少マシと言えばモントのオッサンくらいか?
あのオッサンはCランクらしいが、そんなもんじゃねぇ筈だ。
実力を出してねぇ、そんな気がする」
「話を戻して頂いてもいいですか?」
「おっとすまねぇ、脱線したな。
決勝戦ではSランクのミーシャさんと互角に戦ってた」
「Sランクは凄いんですか?」
「そりゃもう普通じゃねぇ、ありゃ2人共も化け物だ。
普通の人間じゃまず戦えねぇ、本気の2人の正面に立てたら立派なもんだ。
間違っても勝てるなんて思っちゃいけねぇ、確実に死ぬ。
微塵も可能性なんてねぇよ、そんなこと考えてる時点で甘いぜ」
「へぇ~そんな人達が出場してたんですね」
「お姉さん、さっきみたいにサポートして貰てもいいか?
出来る限り追い込みてぇんだ」
「分かりました」
同じ重さで追い込むベルグ。
7回目からお姉さんのサポートでギリギリ上げきり、呼吸が荒くなる。
「はぁはぁ…お姉さん巨大モギ覚えてるか?」
「覚えています、城壁を破壊したモギですよね」
「そのオッサンはSランクのミーシャさん達と一緒に巨大モギを討伐しちまいやがった」
「えっ!?」
「別に驚きはしねぇよ、俺は直接対峙したからな、頭じゃなくて体が…
いや、本能っていうのかね? それが理解しちまってんだ。
あのオッサンは底が知れねぇってよ。
お姉さん、これ次も同じ重さでやった方かいいかな?」
「1つ軽くした方がいいですね」
「おう、もう少し息が整ってからやるわ」
息を整える間、話を続けるベルク。
他の3人がケーブルマシンコーナーにやって来た。
「お姉さんが知らねぇかもしれねぇから説明するが、
巨大モギはウルダの全冒険者が総出でようやく追い払ったんだ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ、それでも城壁と建物を破壊されて、
一般人にも被害を出しちまった。
なんとかしたかったが鱗が硬くて歯が立たなかったんだよ、
そんな中、唯一アクラスが尻尾に切れ込みを入れた。
流石だと思ったね、音に聞く名声に恥じない活躍だぜ。
そうなったらもう全力よ、寄ってたかって攻撃して、なんとか尻尾を落とした。
そしたら、巨大モギの野郎、驚いて尻尾置いて逃げていきやがった」
「おぉ~」
「あの時は大変だったよな~」
移動して来たエントが口を挟み、隣のマシンでトレーニングを始めた。
「俺も再開するわ」
ベルクも次のセットをこなす。
「はぁはぁ…そんな巨大モギだからよ、
人間が手を出していい相手じゃねぇと思ったんだよ。
2度と会いたくなかったが、ヤツは戻って来た。
町中に警鐘が鳴り響いて、招集が掛けられた時は正直ビビっちまった」
「俺も~」
「うるせぇエント、集中してトレーニングしろよ」
「はいよー」
レッグカール(太ももの裏側を鍛えるマシン)でトレーニングするエント。
「俺達冒険者は招集されて町の防衛に備えたんだが、
別動隊で討伐に向かうヤツらがいるって聞かされて耳を疑ったね、
鱗に刃が通らねぇ、魔法も殆ど効果がねぇ、そんなの絶対無理だろ?」
「ちょっと聞き取りとは離れてきましたが、興味が湧きました。続きを教えてください」
「いいぜ、討伐メンバーはSランク冒険者2人とカルニギルド長、そしてあのオッサンだった。
たった4人と聞いて他の冒険者は不安そうだったが、俺は違った。
確実に巨大モギが討伐されると確信して、俺の頭の中はモギ肉で一杯だった」
「モギ肉美味しいですからね、少し脂質が気になりますが」
「次のセットだ、サポートを頼む」
先程と同じ重さで追い込むベルク。
お姉さんのサポートで追い込む。
「き…きっついな…っはぁ」
「いいですね、追い込めてますよ、次は1つ軽くしましょう」
「おうよ。
モギ討伐開始後、暫くして草原で爆発が起きて、
アクラスとカルニ軍団が確認に行き、討伐完了の知らせが届いた。
皆疑ってたが俺は違った、何をいまさら、当然だろ、そう思っていた。
オッサンの強さを知っていた俺は、他の冒険者に心の余裕を見せつけ、
余裕? 違うな、なんていうんだ?」
「優越感ですか?」
「まぁ、取りあえず俺達は現地に向かったんだよ。
実際に草原に横たわる巨大モギを見て衝撃を受けた」
「あれは凄かったわー」
「あれ見て、ようやくベルクがオッサンは化け物だって言ってた意味が分かったよなー」
隣のマシンでトレーニングするシシとホルンが同意している。
シシはアウターサイ(太ももの外側を鍛えるマシン)、
ホルンはインンダーサイ(太ももの内側を鍛えるマシン)に座っている。
「モギの指は落とされ、尻尾も短くなっていた。
両側面には傷が付けられ、上顎の牙も砕けていた。
アクラスが言うには指を落とし、側面に傷を付けたのはオッサンで、
尻尾と牙と反対の側面の傷はミーシャさん、留めの1撃はルドルフさんの上位魔法だとか。
なんて言うか次元が違うな、揃いも揃って化け物だ。
そんな化け物達のサポートをしていた、カルニギルド長も化け物って訳だ。尊敬するぜ。
ってなことがあってな、化け物達に力の差を見せつけられて、
自惚れた自分自身を鍛え治すために入会したんだよ」
「なるほど、それでですか」
「他の冒険者も同じヤツが多いと思うぜ、あそこのカルニ軍団もそうだろ」
ベルクが指さす先で並んでフィットネスバイクを漕ぐカルニ軍団。
以前より少し太い気がする。
「いえ、あの人達はダイエットが目的だそうです」
「お、おう…そうか」
※ランニングマシーンやフィットネスバイクなどの有酸素運動は脂肪燃焼に効果的です。
「おいベルグ、そろそろマシン空けてくれよ、長時間の独占はマナー違反だぜ」
「そうだな、すまねぇ、あと1セットだけやらせてくれ」
エントに注意され、急いでセットを終わらせてマシンを拭くベルグ。
「すまねぇ、空いたぜエント」
「助かるわ」
エントの使用していたマシンに移ろうとするベルグ。
「おいエント、マシンの汗拭いてねぇじゃねぇか。マナー違反だぜ」
「すまねぇ、忘れてた、直ぐ拭くわ」
マシンを拭くエント、シシがさっきまで使用していたマシンにタオルが置いてある。
「おいシシ、このタオルお前のだろ? マシン使用中か?」
「いや、使ってねぇ」
「じゃぁタオルどかせ、他の人が使えねぇだろ。マナー違反だぜ」
「すまねぇ、忘れてたわ」
「ほらよ、お互い気を付けようぜ」
シシにタオルを手渡すベルク、ホルンがシャツを脱いで鏡で体を確認している。
「おい、ホルン」
「トレーニング室で」
「シャツを脱ぐのは」
「「「 マナー違反だぜ 」」」
注意するベルク、シシ、エント。
「すまねぇ、油断してたわ、お互い気を付けようぜ」
『 そうだな 』
「すばらしいですね」
口は悪いが素直な4人に満足そうなお姉さん。
※ジムでの禁止事項にはお互い気を付けましょう。
後日、聞き取り調査は纏められ本部に報告された。
ピーマンの肉詰めも報告され、一時的にピーマンの消費量が上がったそうな。




