9話目【3等分のフランスパン】
岩陰で起床後、背伸びをし深呼吸する、木の実を毟りながら池に向かい
フランスパンを半分ワニに献上し池の水で顔を洗う。
「ふぃ~サッパリする~」
松本の朝のルーティーンである。
しかし今日は少しだけ違っていた。
いつものようにワニにフランスパンを献上し顔を洗う松本に声を掛ける者がいた。
「僕を呼んだのは君だね」
「っは!?」
驚き振り返る松本の眼に映ったのは…光輝く立派なフランクフルトだった。
「すみません、これで勘弁してください」
正座で頭を地面に擦りつけ残りのフランスパンを掲げる松本。
「すいません! 呼んでません! いやほんと、パンしか持ってないんで自分!」
「えぇ…そこまで怯えなくても…僕は別に何もしないけど…」
「いやどう見ても怪しいんでっ! 全裸フランクフルトはどう考えても変態なんでっ!
ほんともう勘弁して下さい!」
「いや君も全裸じゃないか…」
「ショタコンの変態紳士では?」
「違う」
「本当は?」
「違う」
シュバッっと、正座のまま飛び退き距離を取る松本、恐る恐る顔を上げると美しい青年が立っていた。
青年は中性的な顔をしており、彫刻のように美しく筋肉質な身体、全身が淡く光っている。
「(初めてこの世界の人間と出会ったが…変態じゃないのかこれは?
もしかしてこの世界は服を着る文化がないとか?
自覚のない変態の可能性も…少し光ってるしな…
もしくはレベルの高い変態は体から光を放つとか?)」
自分のことを棚に上げ光るフランクフルトを訝しむ松本。
「あ、あの…なぜ全裸なのでしょうか?」
「ん? 気になるのかい? そういう時代ってことか、
なにせ数百年ぶりだから…これでどうかな?」
青年の下半身が光を増しフランクフルトは光に消えた。
「す、すげぇぇぇ! レベルの高い変態すげぇぇ!」
「いや変態ではないんだけど…これでも昔は崇められてたんだけどね…ところで君はなぜ僕を呼んだんだい?」
「? あのー意味がよく解らないんですけど? その呼ぶとは?」
「? いまいち話がかみ合わないね、よければ君のことを教えてくれないかな?」
「(俺のことか…転生し全裸で森の中に現れサバイバルをしている…なんて説明してよいものか?
普通は頭がおかしいと思われるだけじゃないか? いや待てよ…)」
青年と自分を見比べる松本。
全裸の少年と、光り輝く全裸の青年、普通の人間は存在していなかった。
松本は今までの経緯を素直に話した。
「なるほど、それなら納得、僕を呼んだのは偶然なんだね、まぁそれもまたいいさ」
「あの~信じるんですか? 神だの転生だのフランスパンだのって…」
「信じるさ、理解出来るよ、転生して来た君は知らないだろうけど僕は精霊だからね」
「まぁ確かに光る変態は精霊と言えなくもないですが…」
「変態じゃないと言ってるだろう…君のように生ある者ではないんだ、
この世界を構成する要素、そのうちの1つが精霊さ」
青年は宙に浮き池の周りを自在に飛んで見せる、
光を纏いながら舞う姿は美しく、言葉よりも素直に松本を納得させた。
「供物、パンを捧げていただろう? てっきり僕の信者かと思ったんだけど残念ながら違ったようだ」
「信者がいたんですか?」
「いたよ、かなり昔だけどね、それこそ魔王が討たれる前はかなりの数がいたね、
その頃は立派な祠があったんだけど流石に朽ちちゃったねぇ、そりゃ信仰もなくなるわけだ」
池の中心にある岩を指さし光の精霊は穏やかに笑う。
「? 信仰されなくて嬉しいんですか?」
「そりゃ信仰された方が嬉しいよ、でも僕の力が求められていないなら平和ってことさ、
それに神や精霊にすがらず自分の力で困難に立ち向かう者こそが成果を得るのさ、
精霊が全ての者を助けることなんで出来ないからね、最後は結局は自分次第」
「いい言葉ですね、これどうぞ、朝食です」
「折角だから貰うよ」
半分のフランスパンを更に半分に分け齧る松本と光の精霊、
転生してから初めての会話を交えた朝食である。
「自己紹介がまだだったね、僕は精霊、光の精霊さ」
「俺は松本、8歳の一般的な人間です」
「せっかく久しぶりに起きたんだ、何か望みはあるかい? サービスだよ」
「う~ん、今は特に…あそうだ」
水管のちぎれたナーン貝を取り出す松本
「ナイフとかないですかねぇ? 火でもいいんですけど、これ食べたいんですけど開かなくて…」
「それはちょっとないねぇ」
全裸が2人、彼らは何も所持していなかった。
その日から朝のルーティーンに光の精霊が加りフランスパンは3等分された。
光の精霊によると以前は魔王がおり多くの種族が絶滅の危機に瀕していたらしい、
そんな時、異世界より3人の英雄が現れ他種族と共闘し死闘の末魔王を討伐したそうだ。
「誰でも魔法が使えるって聞いたんですけど?」
「魔法か、僕が使えるのは光魔法だけだからよく分からないかな、光の精霊だし」
光の精霊に魔法について聞いてみた。
戦乱時の魔法は主に戦闘用として使用された、
但し、魔法を武力として扱うにはそれなりの才能と修練が必要だった。
平和になった後は日常の不便を解消するために使用された、
薪に火を付けたり、水を汲んだりする程度であれば才能や練習は必要ないらしい。
辺りを照らし魔族を退ける『光魔法』は魔族対策として広く普及したのだが、
魔王討伐後は役目を失い次第に火魔法に取って代わられたそうだ。
暗がりを照らすなら、継続して光の魔法を使用するより火魔法で松明に着火した方が楽らしい。
「火魔法が使えればなぁ…焼きナーン貝食べたい」
固く閉ざされたナーン貝を見つめる松本には
過去の生存危機より現在の食料危機の方が深刻だった。
パンが3等分され始めてから4日後
太陽が沈み暗闇が訪れた時、光の精霊から笑顔が消えた。
「僕は少し出かけるよ、君はここに残った方がいい」
光の精霊は従者のワニを連れ池を離れた、
精霊の言葉に胸騒ぎを覚えた松本はナーン貝を抱えてを追った。
焼き貝食べたい