86話目【天界 6 アマダの実力】
暗く人気のない保管庫に足音が響く。
ゆっくりとした足取りの男は覆面を被り、大きな袋の乗った台車を押している。
「着いたな…」
椅子の前で立ち止まった覆面が大きな袋を開けると
中から目隠しをされ手足を縛られた男が出て来た。
「っは、気持ちよさそうに寝てやがる。
今から地獄を見るとも知らずによ…」
袋から引きずり出した男を椅子に座らせる。
両腕を後ろに回した状態で、両足と胴体を椅子に縛り付けられ力なく首を下げる男。
頭上で仮設された発熱球のライトが揺れている。
「おい、いい加減に目を覚ませ…」
覆面が捕らわれた男の頬を叩く
「…う…っはぁ!? っは? っはぁ!?」
目を覚ました男は目隠しをされたまま首を左右に振る。
目隠しの隙間から見える微かな景色で状況を把握しようとしている。
「ど、どうなっているんだ!? な、なにが、誰か! 誰かいないのか!」
手足を縛られ身動きが取れないことを理解し、助けを求める男。
「まぁ落ち着け…」
「はぁうわぁ!?」
声を掛けられ椅子ごと飛び跳ねる男、動きが止まり静かになった。
「…ったく、また気絶しやがった…おい、起きろ」
覆面が捕らわれた男の頬を叩く
「…う…っはぁ!? っは? っはぁ!?」
「おい、お前…」
「はぁうわぁ!?」
静かになった。
「はえぇよ! どんだけ臆病なんだよ!」
これじゃ先に進まん…目隠し取るか…
「おい、起きろ」
仕方なく男から目隠しを外し、頬を叩く。
「…う…っはぁ!? ほあぁ!?…」
ライトに照らされ暗がりに浮かぶ覆面を見て男は気絶した。
「おぃぃぃ!? 全然進まねぇぇぇ! ほんと何なのコイツぅぅぅ!?」
臆病ってレベルじゃないぞ…仕方ない覆面外すか…
覆面を外す松本、アマダの頬を叩く。
「…う…っはぁ!? っは? おふぅ!? な、なんだ生肉か、っはぁっはぁ」
「ようやく話が進むな…」
「っはぅあ!? な、いきなり喋るんじゃない、っはっはぁ心臓に悪い…
いいい一体何が目的だ、何故俺は縛られている!?」
普通の会話すらままならんのか…
「それですよ、その臆病を何とかしようとしているんです」
「臆病? ははっいったい何のことだ生肉。
もし、もしも、万が一それが私のことなら今すぐ訂正するべきだ。
おっと勘違いしてくれるな、これは私の為ではなくあくまでも君の…」
アマダに背を向け立ち去る松本。
「おいどこ行くんだ生肉!? まま待て、待つんだ私をこんな状態で置いて行くんじゃない!」
「だったらまず臆病であることを認めろ!」
「何故そんなに遠くにいるのだ! も少し近くで言ったらどうだ?
いや別に深い意味はないがただ声が聞き取りに難くてであって…」
去っていく松本。
「あい分かった君がそこまで言うなら認めよう! だから遠くへ行くんじゃない! おぉーい!」
松本がアマダの元に戻って来た。
「話進めていいですか?」
「いいだろう、ただこれだけは理解しておいて欲しい。
私が認めたのは、あくまでも私を臆病者にしたいという『君』の願望のことであって、
私自身が臆病という訳ではない、決してだ!」
凄いなコイツ…
「まぁ、それでいいですよ」
「当然だ感謝したまえよ」
アマダ…ほんともうアマダ…
「いいですか、ここで記録整理して貰います。
そのままだと使い物にならないんで無理やりにでも慣れて貰います」
「そんなの外の部屋でやればいいじゃないか、わざわざこんな薄暗い場所は無くても…」
「あのですね、部屋からここまで片道30分位掛かるんですよ。
時間がないんです、そんなことに時間使ってられませんよ。
今から俺があの箱を空けますので、中にいろんなモノが入ってますから気絶しないようにして下さい」
「はは、まるで私が気絶したことのあるような言い方じゃないか。
断じて私は気絶などしていない、今まで1度たりとも無い。
だから、そんな訳の分からん箱は必要ないのだ、さぁ今すぐ私を開放したまえ生肉」
アマダを無視して台車に乗せた箱を持ってくる松本。
「いきますよー」
「おいやめろ!? 万が一私が心臓発作で死んだらどうするんだ!
天界に多大な損失となるぞ! 君はその重大さが分かっているのか…うぐっ!?」
ガッと、アマダの頬を鷲掴みにし自身の方向に向かせる松本。
「死にたくなかったら文字通り命を掛けろよ…俺は既に掛けてんだよ…」
「は、はひっ!」
暗がりに光る松本の目に怯えるアマダ。
松本が天界に来てから、下界では既に3日の時間が過ぎていた。
「いきますよー」
「お、おぉ…」
松本が箱を空ける。
「はぁうわぁ!?」
箱の中に置かれた骨のオブジェでアマダは気絶した。
1回見てるのに駄目なのか…
アマダを起こし、同じ骨を見せること5回。
「行きますよー」
「はは、もうその手は食わんぞ生肉。
エリートの私を侮り過ぎたな、どんとこーい! っはっはっは!」
アマダは高笑いするようになった。
よし! いけるな、この調子で行こう。
「行きますよー」
「っはっはっは! どんとこーい! はぁうわぁ!?」
松本が着けていた覆面でアマダは気絶した。
えぇ…これ駄目なんかい…
アマダ、3回目のトライで覆面クリア。
「次は別な物ですからねー行きますよー」
「おいちょとま…はぁうわぁ!?」
石板、気絶。
「行きますよー」
「ちょ、はぁうわぁ!?」
パピルス、気絶。
その後も荒療治は続き。
パソコン、気絶。
ポットとカップセット、気絶。
ドーナツ、試食。
ケロちゃん(ポメラニアン)、気絶。
ベロちゃん(ハスキー)、気絶。
天使、ほっこり。
魂、気絶。
ペルセポネ、キメ顔。
ローちゃん(三つ首の獣)、吐血。
こうしてアマダは保管庫に耐性が付いた。
両手の中指のみでキーボードを叩くアマダ、尋常じゃないスピードで仕事を溶かしていく。
「っはっはっは! 超有能エリートの私に掛かればこの程度の仕事、他愛もありませんよ」
「凄いわアマダ、本当に有能だったのね」
「そうでしょう、なんてったってあのトロイの木馬を考案したのは私ですからねぇ」
嘘である。
アマダは調子に乗るとホラを吹く癖がある。
「おい生肉、さっさと次の記録を持ってくるんだ。まったく使えないな君は」
「すぐ持ってきまーす」
調子に乗り過ぎだろ…
しかし、仕事だけ見れば確かに有能、ここは下手に出たほうがいい。
記録を運ぶ松本、女神はアマダの横に座っている。
女神がサボっているように見えるがそうではない。
アマダの近くに居させると仕事の速度が上がるのだ。
「持ってきましたよー」
「ご苦労、お茶を入れてくれ。それとドーナツだ、糖分が必要だからな」
「了解ですー」
せっせと従順に雑用をこなす松本。
椅子に座るペルセポネが足を組みなおす。
「おっふ!? っはっはぁ、危ない…」
「?」
アマダが乱れた呼吸を整えている。
バ、バカー! 気を付けろー!
松本が女神を手招きする。
「どうしたの?」
「駄目ですって、近くで足なんて組みなおしたら気が散るでしょ!」
「なんで? 普通でしょ?」
「いいから、とにかく気を付けて下さい! ほら、これ持って行って…」
「? よく分からないけど、気を付けるわ」
お茶とドーナツをアマダに届ける女神。
「アマダ、お茶とドーナツ持ってきたわよ。ここに置くわね」
「ありがとうございますペルセポネ様、女神様の手を煩わせるとは何やってんだ生肉は…」
机にお茶とドーナツを置く女神、アマダがお茶を啜る。
前かがみになった際に胸の谷間がアマダの視界に入る。
「おふぅぅ!? ごほぁ!? っはぁっはぁ…」
「だ、大丈夫アマダ!? ビチャビチャじゃない、ちょっと待って…」
お茶を吹き出し蒸せるアマダ。
アマダの服に掛かったお茶を拭いてあげる女神。
「おおう!? おっふ! おぉぉっふぁ!」
「??」
太ももの辺りを拭かれたアマダがビクンビクンしている。
こらぁぁぁ! ちょっとこっちこーい!
女神を手招きする松本。
「駄目だって言ってるでよ! アマダはそいうの慣れてないんだって!」
「なによ? こぼれたお茶拭いただけでしょ?」
「そうだけど、それが致命傷なの! アマダは女性に慣れてないの!
過剰なボディタッチは控えて! アマダとの丁度いい距離はあの椅子くらいなんです!」
「そうなの? 分かったわ、気を付けるから」
「頼みますよ」
やけに素直な女神。
松本と女神は仕事を終わらせるため、共同作戦を行っていた。
松本は己が命の為に、女神は己が楽する為に。
記録の入力はアマダ、
アマダの能力をを引き出すのは女神、
その他全ての雑用は松本。
これが最速で記録整理を終わらせるフォーメーション。
知らぬは童貞のアマダだけである。
「どうです、私の有能さを理解して頂けましか?」
「とんでもなく有能ね、素敵よアマダ」
「アマダ様カッコイイー、アマダ様最高ー」
「はは、どんどん持って来い生肉。あとブルーべリージャムも必要だ、目にいいからな」
面倒臭い性格だが調子に乗ると凄いアマダ。
下界の1日程度の時間で記録整理を終わらせた。




