85話目【天界 5 エリート天使アマダ】
神々の住まう天界、その端の端。
浮島に立つ建物を見上げる1人の天使。
身長は高く、目の彫が深く顔立ちがくっきりしている。
白い布を羽織っており、服装と相まってローマっぽい見た目である。
私は名前はアマダ、
冥王ハデス様に使える天使。
その辺の平凡な天使とは一線を画すエリート天使だ。
ネプチューン様直伝のトライデント槍術(通信教育)、
アレス様直伝の戦闘術(通)、
ヘパイストス様直伝の鍛冶術(通)
果てには、ヘスティア様直伝の清掃術(通)に至るまで!
多様なスキルを習得しており、実務もそつなくこなす。
同僚からの信頼も厚く、神々からの評判も高い。
今や飛ぶ天馬を落とさんとする勢いの超有能エリート天使だ!
そんな私の能力を見込んだハデス様から直々に依頼され、
こんな辺鄙な場所にやって来たわけだ。
天界中央から辺境への応援要請、平凡な天使なら二度足を踏むだろうが、
勿論、私は快諾した。
迷いなどない、当然だ、偉大な神からの直々のお声掛け、大変名誉ではないか。
仕事内容は麗しき女神ペルセポネ様の記録整理への助力、
この建物の中で有能な私の到着を心待ちにしている筈だ。
一緒に仕事をすれば私の実力は理解して貰えるだろう、
となると、まずは第一印象、勿論、エリートな私は完璧だ。
整髪、サウナ、服のクリーニング、爪の手入れ…隙などない。
身だしなみを整えるのに少し時間が掛かってしまったが
それもほんの数時間、問題あるまい。
そしてこの花束、多すぎず少なすぎず、受け取った側が困らない程度の程よい配分。
因みに、私の香水と同じ香りだ。
建物の入り口、部屋の隅、そして机の上に飾って頂ければ
無意識のうちに私を意識してしまうかもしれないが…
それはそれ、無意識であるなら仕方あるまい。
いざ! 麗しき女神、ペルセポネ様の花園へ。
決め顔のアマダが扉を開けたが誰もおらず、魂が並んでいる。
目線を落とすと休憩中と書かれた看板と呼び鈴が置かれていた。
「休憩中か」
チーン!
呼び鈴を押すが返事が無い。
「すみませーん、ハデス様の依頼により参りました。
アマダと申します、誰かおりませんかー?」
誰も出てこない。
「(何故誰もいない? ペルセポネ様以外にも天使が2人いる筈なのだが…)」
誰も動いていないようで、全く物音がしない。
「入りますよー、失礼しまーす」
建物の中に入ると部屋の中の転生君が置かれており、テラスでは犬が3匹くつろいでいる。
「(あれは確か、保管庫の番犬のケロ、ベロ、スーだな。そしてここは…いやなんでもない)」
扉が開き配線が引き込まれている保管庫から目を逸らすアマダ。
「(一体どこにいったというのだ?)」
明らかに怪しい保管庫がすぐそこにあるのだが、認識していないよに振る舞うアマダ。
背を向け、中を覗こうとしない。
腰に手を当てテラスから見える青空を眺めている。
「はは、誰もいないなら仕方ない、暫くここで待つとするか」
「あのーどちら様でしょうか?」
「はぁうわぁ!?」
背後から松本に声を掛けられ、変な声を出すアマダ。
倒れて動かなくなった。
動かないな…
誰だこの人? 背中に羽が生えてるから天使か?
「あのー大丈夫ですか?」
反応が無いため顔を覗き込むと白目を剥いていた。
「き、気絶してる…」
アマダの肩を揺さぶる松本
「おーい、ちょっとー、起きて下さい」
「っは!? っは、っは」
目を覚ましたアマダは視線を動かし状況を確認している。
「大丈夫ですか? いきなり気絶するからビックリしましたよ」
「なにを言っている、私は今まで1度たりとも気を失ったことなどない。気のせいだ」
「? いや、明らかに気を失ってましたけど…」
「失敬な、少し寝ていただけだ。 私はエリートだぞ? 気を失う訳ないだろ」
明らかに気絶していたが認めないアマダ。
な、なんだコイツぅぅぅ!?
なんかヤバいヤツ来たな、俺のレーダーが反応している。
「だいだい君はなんだんだ? 何故生肉がこの花園にいるのだ?」
おん!? 誰が生肉だ? お~ん!?
「俺は松本です、貴方は?」
「そうか生肉か。 よくぞ聞いてくれた、私は明晰な頭脳と高いスキルを持つ天使。
超有能エリート天使のアマダだ」
いや、今名乗っただろ!
聞けよ、人の話を!
「トライデント槍術は免許皆伝の腕前であり、
鍛冶は名匠と呼ばれ私の打つ武器を皆涙ながらに求めるほどだ。
私の有能さが分かるエピソードと言えば、かつてのトロイヤ戦争だ、
知っているか生肉、トロイヤ戦争の発端は増えすぎた人間だ、
これをゼウス様はなんとか減らしたいと考えていらした、
だが良い方法が浮かばない。
そこで私がこう進言したんだ、金のリンゴを使っては如何でしょうか?
はは、君のような生肉にはこれがどういう意味か理解できないだろう。
知りたいか? よし教えてやろう… ってどこに行くんだ生肉!」
勝手に話始めたアマダに背を向け保管庫に向かう松本。
「おい! まったく、話の途中に席を外すとは失礼なヤツだな」
えぇ…勝手に語り出しといて何言ってんだコイツ…
絶対友達いないだろ…
「その話まだ続きます? 俺忙しいんですよ」
「はは、いや失敬。生肉には少し難しかったようだな。
ところでペルセポネ様はいらっしゃらないのか?」
コイツ…
「ペルセポネ様? 誰ですか?」
「この建物にいらっしゃる筈の麗しき女神様だ」
麗しき女神…あのポンコツ神のことか
「ちょっと起こしてきますので待っててください」
「寝ていらっしゃるのか…」
松本が仮眠室の扉を開けるとベットが3つ置いてあり、
1つのベットに女神、もう1つに天使達が寝ていた。
最後の1つは松本が使用していたため今は空いている。
「う、美しい…」
「おわ!? アマダさん待ってるように言ったでしょ」
松本の後ろに立つアマダが女神の寝顔に心奪われていた。
「ちょとー、神様ー、そろそろ起きて仕事しますよー」
松本が声を掛けると寝返りを打ち、背中を向ける女神
「ちょっとー、起きて下さいー」
肩を揺さぶると薄っすら片目を開け、松本を視認してから布団を頭まで被る女神。
このポンコツ、絶対起きてるだろ…
掛布団に手を掛ける松本。
「おらぁぁぁ! 起きろポンコツ! 仕事の時間だぁぁぁ!」
「いやよぉぉぉ! 仕事したくないの! 寝かせなさいよぉぉぉ!」
「ふざけるなぁぁぁ! だったら俺を今すぐ下界に戻せ! それか今すぐ起きろぉぉぉ!」
「こらっ! 何してるんだ女神様だぞ! 手を放せ生肉!」
「うるせぇぇぇ! 俺は命が掛かってんの! 外野は引っ込んでなさいよぉぉぉ!」
布団を引っ張る松本を引っ張るアマダ。
騒いでいると天使達が起きて来た。
「うん~? もしかしてお手伝いさんですかー?」
「ふぁ~ぁ、今お茶いれますー」
目を擦りながら給湯室に向かう天使達。
「おいポンコツ…」
「そうね、起きるわ…」
健気な天使達を見て、いたたまれなくなった女神が布団から出て来た。
「初めまして、麗しき女神ペルセポネ様。
ハデス様より直々の依頼を受け、助力に参りました、私、アマダと申します」
テラスで紅茶を囲む一同。
椅子に座る女神にアマダが膝を付き挨拶している。
「そうなの? よろしくお願いねアマダ」
「それと、宜しければこれを」
花束を差し出すアマダ、花の香りが舞う。
「あ、うん、ありがとう。でも今はいいかな、紅茶の匂いと混ざっちゃうし」
「では、私が花瓶に入れておきますので」
アマダがウキウキで部屋に花を飾っている。
「大丈夫なんですかあの人?」
「ちょっと変わってるわね、まぁ仕事が捗るなら助かるわ」
お茶を終え、保管庫に向かう松本と女神。
アマダが鞄から取り出したノートパソコンを弄っている。
「アマダさん行きますよー」
「ん? うん、私はこの部屋で仕事がしたい。資料を取って来てくれ生肉」
「そんなの時間の無駄ですよ、ノートパソコンなんだから中でやればいいでしょ」
「うん? いや、同じ天使としてこの2人にエリートとは何かを教えてあげようと思ってね、
はは、さぁ資料を持ってきてくれ生肉」
何故か保管庫を嫌がるアマダ。
「もしかして怖いんですか? 保管庫」
「失敬な! そんな訳ないだろ、私はエリート天使だぞ。
大体私に怖いものなど無い、かつてヒュドラと戦った時だって勇敢に…」
「じゃ行きますよー」
「おい引っ張るな、やめろ! こらっ放せ生肉おらぁ!」
保管庫に引き込もうとする松本を振りほどくアマダ。
「っはぁっはぁ、全く油断も隙も無い…」
怖いなら怖いって言えよ…
しかし、このままだと全然役に立たんぞ…
コイツ俺の予想が正しければアレだ…
「ちょっと神様」
「なに?」
女神に耳打ちする松本。
「さぁ、行きましょうアマダ、貴方の力が必要なの」
「し、仕方ない、行きましょう!」
女神が手を握ると急に自信満々になるアマダ。
手を引かれて保管庫に入っていく。
やっぱりな…
「ちょ、ちょっとペルセポネ様、もう少しゆっくり行きませんか?」
「何言ってるの、まだ先よ」
目を瞑っているアマダは女神に手を引かれ、背を松本に押されていた。
そんなに怖いんか…
「早く進んで下さいよアマダさん、職場はまだ先ですよ」
「黙れ生肉」
「目を瞑っているから遅いんですよ、別に怖がる物なんてありませんよー」
「黙れ生肉、怖がってなどないわ、ペルセポネ様の前で変なこと言うんじゃない」
なんでそんなにプライドだけ高いんだよ…
「怖がってるでしょ」
「そんな訳ないだろ」
「じゃぁ目を開けて下さいよ」
「断る、最近デスクワークで目が疲れていてな、こうやって休めているのだ」
「アマダ、怖いの?」
「はは、エリートの私に怖いものなどありませんよペルセポネ様。
なんだコイツ…
「ちょっと神様」
「なに?」
女神に耳打ちする松本。
「アマダ、ちょっとここどうなってるか確認してくれない?」
「い、いえ私はちょっと…」
「うなじだから自分じゃ見えないのよ」
「仕方りませんね、私が確認しましょう」
アマダ…
急に自信満々になり目を開くアマダ。
女神のうなじを目に焼き付けている。
「何か変なところあった?」
「い、いえ、何も。特に、はは、何もありませんでしたよペルセポネ様」
平静を取り繕うとするが、明らかに挙動不審なアマダ。
「そう、ならよかったわ。行きましょう」
「えぇ、もちろ…はぁうわぁ!?」
「何? どうしたの変な声出して」
「うォ!? 重いぃぃ…」
白目を剥き松本にもたれ掛かるアマダ、完全に脱力している。
お、重いぃぃぃ!? コイツまさか…
「ちょっと…神様、床に置きましょう」
「そうね」
床に寝転がり白目を剥くアマダ、
女神が目の前で手を振る。
「やっぱりな…」
「気絶してるわね…」
床に置かれた骨のオブジェを見てアマダは気絶していた。




