79話目【入り江のパンチャークラブ】
ポッポ村に朝日が昇り、気温が温まりだす頃、村人達は活動を始める。
朝食を済ませ、ある者は畑へ、ある者は狩りに、ある者は木材加工所へ。
時を同じくして精霊の森の中、家の中では松本と獣人達が布団で丸くなっていた。
…ん?
ニャリモヤの背にめり込んだ松本が片目を開け、寝ぼけた頭で部屋を見渡す。
暗い部屋の中に扉と窓の隙間から光がさしている。
う~ん…もう朝かな? ふぁ~ぁ…起きるとしますか…
欠伸をしつつ、ゴソゴソと布団から這い出て、
寝ている3人を起こさないようにベットから降りる。
窓を開けると光と共に森の澄んだ空気が部屋に入って来た。
ふぁ~ぁ…ちょっと肌寒くなって来たな
少し厚手の服が必要かな
再び欠伸をし外に出る。
木製の桶に水魔法で水を溜め、顔を洗い歯を磨くとようやく寝ぼけた頭が切り替わった。
さぁ、朝飯作るかね~
家の外に設置したテーブルに向かい、麻布で拭く。
手から出した食パンを置き、1センチ厚に8枚切る、
あまり上手く切れないが食べられるので問題ない。
牧に火を付け、フライパンと水の入った鍋を温める。
焚火の幅を広げ、上に鉄枠を置いたことにより、
フライパン2つと鍋を1度に扱えるようなった。
「おはようマツモト君」
「おはようございますレム様、ワニ美ちゃん」
レムとワニ美ちゃんが来たので食パンを4枚追加で切る。
「まだ寝てるんで先に食べて下さい、皿を取って来ますのでパンをお願いします」
「それじゃ先に頂こうかな、蜂蜜もヨロシクね」
皿を取りに行くとカテリアが寝ぼけていた。
目が3になっている。
「おはようカテリアさん」
「ふぁ~ぁ、おはようマツモトさん」
「そろそろパン焼けますから2人を起こしてください」
「はぁ~ぃ」
ニャリモヤとマルメロは任せ、皿とコップと蜂蜜を運ぶ。
レムに皿と渡すと焼けた食パンを移し、慣れた手付きで次の2枚を焼く。
何も知らなければ爽やかな好青年に見えるが、あくまでも精霊である。
そうでなければ全裸でパン焼く青年という、レベルの高い変態になってしまう。
特定のお姉さん達が歓喜してしまうため、注意が必要である。
瓶にスプーンを差し込み、粉末を取り出しコップに入れる。
沸騰したお湯を注ぐと琥珀色のスープになり、肉と野菜の濃縮された香りが立ち上がった。
「レム様、どうぞ」
「これはなんだい?」
「肉と野菜のスープらしいですよ、具は入ってないですけどね」
「さっきの粉がそうなのかい?」
「そうです、お湯に溶かして飲むんだり、料理に使えるみたいです」
「へぇ~そんなのあるんだ、まるで魔法みたいだねぇ」
「そういわれるとそうですね」
粉末の正体は、肉と野菜を煮込んで作ったスープを粉末にした物。
いわゆるコンソメである。
最近、肌寒くなって来たためマリーの店で購入して来たのだ。
勿論、獣人達に配慮したネギ類不使用の優しいスープである。
「「「 おはようございまーす 」」」
寝ぼけた獣人達が起きて来た。
全員目が3になっている。
「おはようございます、今日はスープもありますよー」
「この匂いのこと?」
「肉の匂いがるするのである」
「マツモトさん、食パン焼くの変わりますよ」
カテリアが食パンを焼く間にレムとワニ美ちゃんは食べ終えた。
「マツモト君は塩?」
「今日は蜂蜜にします」
皿の上に並んだ食パンに蜂蜜を塗り、上から食パンを置く。
蜂蜜トーストの出来上がりである。
4人分焼くまでに少し冷めるが、猫舌の獣人達には丁度いいらしい。
「このスープ美味しい~」
「なんかほっとするのである~」
「肉の味がする~」
蜂蜜サンド片手にホッコリする獣人達、
コンソメスープは朝の定番となった。
「マツモトさん、今日の予定は?」
「いつも通りナーン貝を取に行って、午前中は仕事、午後からは店番と訓練です」
「私達は午後から光魔法教えて貰う予定です」
「了解です、ということは村に行くのは俺だけですね、昼用のパン置いていきますよ」
「教えるのは僕じゃなくてバトー君だよ~」
松本とカテリアの話に空中でクルクル回るレムが割って入った。
「バトー君は上級になったからねぇ、獣人の子達に教えて貰うことにしたんだ。
上手くいけば獣人の里にも光魔法を広められる筈さ」
「なるほど、しかし…バトーさんか…」
「どうしたんですかマツモトさん?」
「いや…気にしないで下さい」
松本の脳裏で目を輝かせる金獅子が仁王立ちしていた。
朝食を済ませた松本と獣人の3人はナーン貝の入り江に来ていた。
「今日はお店で売る1個だけにしましょう、この穴の下を掘るとナーン貝がいますので、
この板の穴を通らない大きさの物を探してください」
『 はいー 』
ナーン貝計測用の板を見せる松本。
夜か潮が満ちていれが砂浜から水管が出ているのだが、
そうでなければ深い場所にいるので結構掘る必要がある。
「深い場所にいると思うので、この棒などで…」
「うおぉぉぉぉ!」
「でやぁぁぁぁ!」
「ちょっと、僕の穴に砂掛けないでよカテリア姉ちゃん! ニャリモヤも!」
「近くで掘るからである」
「離れて探しましょう」
「僕あっちで探すよ」
両手で砂を掘る3人。
人間の松本と違い相棒マーク3(ちょっとイイ感じの棒)は必要なかった。
「マツモト殿、これでどうであるか?」
ニャリモヤがナーン貝を持ってきた、木の板を当てると穴を通過した。
サイズ不足である。
ナーン貝を掘った穴に戻し、砂を掛けるニャリモヤ。
「マツモトさん、これでどうですか?」
「…これ砂の中にいたんですか?」
「走ってたから捕まえました!」
殻の間からつぶらな瞳が覗いていおり、耳を当てるとニャーンと鳴く。
カテリアがウキウキで持って来たのはニャーン貝だった。
「これ似てるけどニャーン貝っていう別な生き物です。ほら耳付いてるでしょ」
ニャーン貝の三角の耳をピロピロする松本。
カテリアがキャッチ&リリースするとニャーン貝は全力で走り去った。
「ニャリモヤァァ! カテリア姉ちゃぁぁん!」
入り江の向こう側からマルメロの叫び声が聞こえた。
直ぐ後ろを大きな魔物が追いかけて来ている。
左ハサミをマルメロに向けブンブンさせる甲殻類らしき魔物。
エビとシャコを足したような見た目、ハサミが丸く右の方が大きい。
なんだあれぇぇぇ!? なんか凄いのに追われてるぅぅぅ!
「いかん! パンチャークラブである!」
「右ハサミのパンチを受けたら大変なことになるわよニャリモヤ!」
「分かっているのである! いくのであるカテリア!」
「俺も行きます!」
相棒マーク3を持ち、松本がニャリモヤの背中に飛び乗りマルメロの元に向かう。
「弱点はあるんですか?」
「目とお腹です! それ以外は固くて爪が通りません!」
「腹は裏返さないと攻撃出来ないのでる! 目を狙いたいのだが正面に立つと…」
「っは!? マルメロ危なーい!」
カテリアが叫ぶとマルメロが横に飛び、パンチャークラブが右ハサミを振る。
動いたのがギリギリ分かる程度の一瞬の一撃、正面の離れた木が弾けた。
えぇぇぇ!? 当たってなかったじゃん!?
「あのようにパンチャークラブは左ハサミで距離を測り、
右ハサミによる必殺の一撃で獲物を仕留めるのである!」
「凄い速さでパンチを出して正面に衝撃波を飛ばんです! 直接当たらなくても致命傷になります!」
「えぇ!? どうしますか?」
「迂闊に戦えば危険である、なんとかマルメロを引き離すしかないのである」
「あの右のパンチってどれくらい届くんですか?」
「恐らく3メートル以内は致命傷になるのである」
殆ど近寄れないな、ならば!
走り寄るマルメロとパンチャークラブ、正面に立つ全裸松本。
カテリアとニャリモヤは松本に背を向け、パンチャークラブへと走る。
「いきますよー! でりゃぁぁ!」
相棒マーク3をパンチャークラブに投げ付ける松本、横に飛ぶマルメロ。
左ハサミで相棒マーク3を粉砕したパンチャークラブが松本に標準を向ける。
「からのぉぉぉ、サイドポーズ!」
松本が輝く。
激しい光に目を焼かれたパンチャークラブの足が止まり、左ハサミを振り回し獲物を探っている。
すかさず左右から走り寄るニャリモヤとカテリア。
危険な正面には絶対に立ち入らない。
「今である! 目を狙うのである!」
始めにマルメロが右目を、次にカテリアが左目を爪で裂く。
横からニャリモヤが突進しパンチャークラブをひっくり返した。
『 でりゃぁぁぁ! 』
3人の鋭い爪によりパンチャークラブが仕留められた。
ひっくり返り動かなくなったパンチャークラブのお腹には3個のバツ印が付いていた。
「無事ですか~?」
服を着た松本が走り寄って来た。
「全員無事である」
「助かった…ありがとう皆」
「大きなパンチャークラブね、持って帰りましょ」
「美味しいんですか?」
「凄く美味しいですよ! 食感が溜まらないんです!」
とても嬉しそうなカテリア、これは期待できそうだ。
「さて、ナーン貝探しを再開するのである!」
「僕ちょっと疲れたよ」
「パンチャークラブじゃ駄目かしら?」
「仕留めた皆さんがいいならそうしましょう、美味しいなら問題ないと思います」
パンチャークラブは大きいのだが獣人は見た目より力が強いらしく、
担いでポッポ村まで運んだ。
半分にしたかったが外殻が硬く無理だった。
その後、バトーとミーシャにより半分に割られたパンチャークラブは
半分はポッポ村に、半分は松本の家で獣人達の食料となった。
「…ナーン貝を買いに来たのだけど…坊や、これは?」
パンチャークラブの左ハサミは松本の店頭に並んでいた。
「パンチャークラブの左ハサミです、とても美味しいらしいですよ、
殻が硬いですけど切れ込みを入れてありますので食べやすいと思います」
「いくらなの?」
「ナーン貝の代わりなので、5シルバーです」
「買った!」
左ハサミは塩茹でされ、それはそれは美味しかったそうな。
購入したマダム曰く、
「凄く美味しのは間違いないんだけど、何故か皆無口になるのよね」
不思議である。
午後からバトーに光魔法を教わった獣人達は、松本の予想通り気絶した。
人間に近いカテリア、マルメロは習得出来たが、
筋力はあるのだが、体毛に覆われ、フニャフニャのニャリモヤは習得出来なかった。




