7話目【ナーンとニャーン】
「結局…パンツは手に入らなかったな…始まりが森で助かった」
森で目覚め状況確認中の松本。
申請書類の通り人間の少年になっており所持品は無し、全裸である。
「へやー! はっ! ほぁ!」
いろんなポーズで気合を入れる松本、掛け声が森へと消えて行く。
「(一般的に魔法が使えるって聞いたのに…何をやっても発動しない…詐欺ではないか?)」
飛んだり走ったりパンチしてみたり、はたまた思い岩を持ち上げようとしてみたり…
「五体満足であるが飛びぬけて身体能力が高いわけでもない…ここは申請通りだな…
まぁこの体はまだ8歳だ、今後に期待だな」
木の枝を片手にあたりを探索する松本、蛇を見つけたが棒で突くと逃げて行った。
「毒蛇に嚙まれたら確実に死ぬ自信がある、気を付けよう…」
見つかった食べ物は小さな赤い木の実だけ、
腹を下す可能性があったが何か食べないと死んでしまう、
取りあえず食べてみたが今のところは異常はなさそう。
「ちょっと甘酸っぱい、野生の木の実ってこんな感じか、
キノコもあったが絶対に食べない方がいいよなぁ」
近くの池の水がが飲めることを祈りながら、
風と雨が凌げる岩陰を寝床に決めて1日目は終了した。
2日目に黄色いワニと遭遇し何故か手からフランスパンがでた。
「(何でパン? …どういうこと?)」
いろいろ調べてみ結果、「無限フランスパンで食料問題解決」とはいかないらしい、
どうやら体力、いや魔力? とにかく何かしらを消費しているようで1日出せても1個が限界。
「はぁ…はぁ…し、死ぬ…このままではパン死する…」
2個も出したら気絶しそうになる。
食べれば腹は膨れるがプラスになっているような…あまりなっていないような…。
「栄養は足りないし、結局食糧問題を解決するには食べ物か村を探すしかないか…」
なんて考えながら池の水を啜っている。
因みに、水を使わせて貰う代金としてワニにフランスパンを半分献上している。
…そして4日目の夜
「…ァァァン… ナァァ・・・ …ァァン」
「…ん?」
「ナァァァン… ナァァァン…」
「こ、これはもしや…」
かすかに聞こえる音に耳を澄ませる松本。
「ナァァァン… ナァァァン…」
鳴き声を聞き分けた瞬間走り出した。
「恐ろしくか細い鳴き声、俺じゃなきゃ聞き逃しちゃうね」
月明りしかない森は暗く歩行も困難なはずなのだが…
「ひゃはぁぁ!」
森を掛ける少年は常軌を逸していた。
齢0歳にしてデビューを飾り1歳の頃には跨っていた、
毎晩一緒の布団に入り後頭部を嗅ぎ耳をハミハミすることもしばしば、
14歳でアレルギーを発症するも、鼻水とくしゃみに耐えながら戯れ続け、
アナフィラキシーで死ぬも本望…
「ナァァァン ナァァァン ナァァァン」
「この鳴き声、心地よいサウンド、間違いなく猫!」
そう、松本は猫ジャンキーだった。
※大変危険ですので絶対にマネしないで下さい。
「おひょひょひょひょぉぉ!」
「グォォォ!」
「邪魔をするな獣がぁぁ!」
襲い掛かってきた熊は松本の狂気に満ちた眼力に臆し逃げていった。
波の音と潮の香、森を抜けた先は海岸だった。
月明りに照らされた波打ち際では、尻尾のようなものがクネクネと動いている。
「そこだぁぁぁぁ! お願いだから大人しく耳を触らせ…ん?」
森から飛び出した松本の腕の中にあったものは…
「…何だこれ?」
大きな大きな2枚貝だった。
ヤシの実程の大きさで体高は丸々としており、貝の隙間から水管と足が出ている。
尻尾に見えたのは水管だった。
「えぇ…さっきの鳴き声はいったい…」
「ナァァァン」
クネクネと動く水管を握ると鳴き声が消え、話すと離すと聞こえる。
「これ…貝の呼吸音だったのか…」
肩を落とす松本を朝日が照らした。
ムシャァ…ムシャァ…
「結構うまい、イカに近い味だなナーン貝、しかし…」
寝床でナーン貝の水管を齧る松本は困っていた。
かろうじてはみ出た水管を食べることは出来たが、殻は固く閉ざされ中身が食べられないのだ。
石で叩いたり、高いところから落としたり、水につけたり、フランスパンで叩いたり
いろいろ試すが一向に開く気配がない。
「はぁはぁ…頑丈すぎる…ナイフでもあればな…それはそれとして…」
後ろの置いてあるナーン貝を振り返る松本、
3個のナーン貝が置いてあるがどうも様子がおかしい。
「う~ん…気のせいか?」
先ほどから1個だけ位置が動いている気がする、
もう一度目を逸らし振り返ると3個とも地面に転がっているが1個だけ位置がずれている。
「これは…やっぱり気のせいだな、ちょっと寝るか~」
ナーン貝に背を向け横になる松本。
イビキをかき眠る少年を見てナーン貝は動き出す、
ソローリ…ソローリ…と一歩ずつ音を立てないように慎重に、
横を通りすぎ確認のために振り返るナーン貝。
「んごぉぉ…んごぉぉ…」」
イビキをかく少年の眼はギンギンに見開かれていた。
シュババババ…
脱兎のごとく逃げ出すナーン貝、後を追う全裸の少年。
「まてぇぇい! 海洋生物が陸上で勝てると思うなよぉぉぉ! 逃がさーん!」
少年の全裸タックルによりナーン貝は再捕獲された、さながらアメフトのタッチダウンである。
捕獲した脱走ナーン貝を確認すると他のナーン貝とはいくつか違いがあった。
・脱走ナーン貝は片方の殻に三角の柔らかい突起が2つある。
・水につけるとナーン貝は沈むが、脱走ナーン貝は浮く。
・脱走ナーン貝は殻の表面が乾くとモサモサする。
「これ、もしかして…」
脱走ナーン貝に耳を当てると「ニャァァァン」と怯えた鳴き声が聞こえた。
「これ、別な生き物だな」
枝で作った檻に入れ、食べかけのナーン貝の水管とフランスパンを置いて陰から見守る、
しばらくすると殻が開き4本の足と尻尾が現れた。
周りの様子を確認しながらナーン貝の水管を食べている、フランスパンは不評だった。
おそらくナーン貝を主食とする生き物で、ナーン貝に擬態していると思われる。
「あの突起は耳だったか、あれはニャーン貝と命名しよう」
その後、元の浜辺に返すことにした松本。
「たまらん…この薄い感じ猫の耳に似ている」
移動中ニャーン貝の耳の感触を堪能したのだった。
「すまなかったな、大きくなれよ~」
全力で走り去るニャーン貝を見送りながら齧るフランスパンは、いつもより塩気が強かった。
猫の耳は至福