66話目【買出しと旅立ち】
朝食を済ませた松本とバトーは荷物を纏めて宿屋を出た。
「マツモト忘れ物は無いか?}
「大丈夫です、俺の荷物ってこれだけですから」
松本がポッポ村で購入した鞄と麻布を見せる。
鞄の中には、貝殻の小物入れ、革の水筒、ナイフ、着替えが入っている。
森の家にはナーン貝の貝殻と相棒マーク3(ちょっとイイ感じの棒)くらいしか無いので
松本の所持品はこれで全てである。
数日前と比べ、バトーの荷物には煌びやかな盾が増えている。
『ミノタウロス杯』準優勝の証である。
「買出しに行くんですよね?」
「そうだ、先ずはポッポ村の人達に頼まれている物の買出しだな。
ウルダ祭で少しだけ長居したから皆待ってるぞ」
「でもその分賞金とモギ肉が手に入ったから喜びますよ」
「賞金はともかく希少なモギ肉は大喜びだ」
襲撃から復興しつつあるポッポ村では肉が不足していた。
モギ肉を嫌いな者などいない、皆大好きモギ肉。
実はあまり出回らない希少肉なのだ。
「何買うんですか?」
「食材、衣服、日用品だな、マリーさんとジョナの依頼が殆どだ」
「それじゃ殆どポッポ村のお店の買出しなんですね」
「まぁそうだな、襲撃後は店が焼けて買い物が出来なかったが、
基本的には皆マリーさんとジョナの店で買うからな、あまり直接買出しの依頼は必要ないんだ」
「たしかに」
マリーさんの営む食料店『マリーゴールド』
ジョナが営む雑貨店『ジョナ・コスモ』
松本の営むフランスパンとナーン貝の出店。
基本的にポッポ村でお金が使えるのは、この3店だけである。
ウルダの西、商業地区を歩く松本とバトー、
キノコの看板の前で止まる。
「ここだな、特産物のキノコを扱っている店だ」
「キノコですか、確かギルドの特産物カードに書いてありましたね」
中に入ると数種類のキノコが目に入った。
大小様々、シメジみたいなキノコからエリンギみたいなキノコ、
傘の大きさが30センチ程のキノコ、髭の配管工が食べそうな丸々したキノコ
明らかに食べられなさそうな警告色のキノコまで。
一番手前のキノコの山に『特産物 ウルダダケ』の札が立ててある。
傘の大きさが5センチ程の生キノコ、マッシュルームみたいな見た目をしている。
「これが特産物のキノコですか」
「ウルダダケだ、焼いて食べると旨いぞ」
「鍋に入れても美味しいですよ」
ウルダダケを手に取る松本とバトーに女性の店員が声を掛けた。
「お客さん今日は観光ですか?」
「いや、村の買出しです」
「村? もしかしてポッポ村ですか?」
「そうですが、何か?」
「それなら、いつものですね、ちょっと待ってください」
ゴソゴソとキノコを袋に詰める店員。
「お待たせしました、生ウルダダケ3袋と乾燥ウルダダケ2袋、その他キノコ詰め合わせ2袋です」
パンパンにキノコが詰まった麻袋が6個準備された。
店内4分の1のキノコが消えた。
「バトーさん…こんなに買うんですか?」
「そうみたいだな…メモに書いてある」
「この時期はいつも同じものを購入されますから、毎年用意してあります!」
大量のキノコが売れて笑顔の店員さん。
「あと『がんばるダケ』入荷してますけど、今回は必要ですか?」
メモを確認するバトーと松本。
「書いてないですね」
「そうだな、いつも買っているんですか?」
「『がんばるダケ』は稀に入荷するので毎回じゃないですね、過去に数回購入頂いています」
「『がんばるダケ』って、美味しいんですか?」
「いやぁ…あまり美味しくはないと聞きますけど…」
松本の質問に歯切れの悪い返答をする店員。
美味しくないのに数回購入してるのか?
珍味みたいな物なのか?
まさか…危ないキノコなのでは…
「食用じゃないんですか?」
「直接食べるというよりは煎じて飲む物ですね」
店員の返答に首を傾げる2人。
「お茶か何かか?」
「もしかして…違法なキノコなのでは!?」
「いえ、そういう訳では…あ、あの…頑張るときに飲むキノコです…」
「「 頑張るときに飲む…? 」」
少し気まずそうな女性店員。
目を細め、顎に手を当て考える松本とバトー。
「まぁ、買って帰るか…」
「そうですね…」
「ありがとうございます!」
何かを察した2人は『がんばるダケ』を購入し店を出た。
木箱に入った『がんばるダケ』、見た目はマツタケだが芳醇な香りは無かった。
1本4ゴールド、かなりお高い。
「次はあそこで野菜を買おう」
「既に両手が塞がってますけど…」
キノコの詰まった大きな麻袋を6個抱えている。
「そうだな、先に馬車を受け取って来るから、その野菜を買っててくれ」
「分かりました」
バトーからメモとお金を受け取る松本。
キノコを店に預け野菜を買う。
「すみませーん、この野菜が欲しいのですが」
「あーなるほど、坊主ポッポ村の子だろ。ちょっと待ってな」
メモを見せるとキノコ屋と同じように話が進み、店員のオジサンが野菜を用意する。。
「はいよ、お待たせ。坊主持てるか?」
「はぁ~こんなに沢山…馬車が来るまで置かせて貰えませんか?」
「おう、いいぞ。お得意さんだからな」
人参、ピーマン、キャベツ、玉ネギ、白菜、カボチャなど大量の野菜が店前に積まれた。
ポッポ村では小麦、芋、キャベツ、大根などを主に栽培している。
人参、ピーマン、玉ネギも少量育てているが殆どはウルダから仕入れていた。
食べ物は結構元の世界に近いんだよな
見た目がちょっと違ったりするけど、味があまり変わらないから助かる。
食べ物が味覚に合わないと辛いからな…
まぁ、転生前でもあまり好き嫌いは無かったし、
貧乏舌だったから殆どの物は美味しく感じたけど。
だがシイタケ、てめぇは駄目だ!
乾燥シイタケは特に許せねぇ! 匂いがきつ過ぎる!
転生前、サラリーマンだった松本は普通の庶民だった。
平日の昼食は600円までに収めたい位の庶民、独身なのに悲しい金銭感覚。
高級料理なんて食べなので舌が貧しかった。
しかも舌の貧しさを自覚しており、大抵の食べ物を美味しく感じることが幸せだった。
舌の貧富の差は幸福度と比例しないようだ。
「あのーその人参と大根の葉っぱって捨てるんですか?」
「ん? ポニコーンに食べさせたりするけど、欲しいのかい?」
「ええ、頂けるなら是非」
「馬車のポニコーンようかい? 持ってきな坊主」
「ありがとうございます」
いや…俺が食べたいんだが…まぁいいか。
年取ると緑の葉っぱが美味しそうに見えるんだよなぁ
帰ったら塩漬けと炒め物にしてみよう。
人参本体より葉っぱが気になるのは恐らくマツモトだけだろう。
暫くするとバトーが馬車に乗って帰って来た。
ポニ爺とは違う雌のポニコーンが引いている。
ポニ爺と比べ少し小柄でマツゲが長い
「待たせたなマツモト。その野菜全部か!?」
「全部ですね、邪魔になると悪いので、さっそく積み込みましょう」
野菜とキノコを積み込む2人。
「この葉っぱの山もか?」
「そうです、半分はポニ爺達用で半分は俺の分です」
「…あまり食べる人いないぞ…」
「物は試しということで、美味しいかもしれませんよ?」
「そ、そうだな」
人参と大根の葉っぱも積まれた。
「後は日用品だな、マツモトは何を買うんだ?」
「とりあえず布団一式ですね、あと水と氷の魔石があると便利そうです」
「水の魔石は売ってた筈だが、氷の魔石は売ってたか?」
「さぁ?」
残念ながら氷の魔石は売り切れだった。
水の魔石を購入し松本は水魔法を得た。
雑貨屋でジョナの依頼した日用品を購入する。
松本は布団一式、服、タオル、歯ブラシ、ランタン、フライパン、鍋、包丁などの日用品を購入した。
数週間前まで全裸で生活していた少年は
ロックフォール伯爵の依頼とモギ討伐で得た15ゴールドを使い、
日用品を手に入れ、生活レベルが飛躍的に上がった。
「マツモト、他に買う物は無いか?」
「ん~…本は無いですかね? 俺魔法のこととか全然知らないので基礎を知りたいんですけど」
「それなら本屋だな」
本屋に立ち寄る松本とバトー
分厚い背表紙の本から子供向けの絵本まで並んでいる。
「えーと、『魔法徹底解析、最新版』『日用生活で便利な魔法の使い方10選』
『1日たった5分で出来る魔法上達術』…もっと入門編はないのか…」
なんか転生前の世界みたいなタイトルの付け方だな…
この辺は何処の世界でも変わらんのな…
「これなんでどうだ? 『5歳から始める魔法入門書』
子供向けだが中身はしっかりしてるぞ、基礎的な事が書いてある」
「あ、じゃあそれにします。あとこの本と地図も一緒に買います」
松本の持つ本を確認するバトー。
「なんの本だ? 『食べても大丈夫なキノコ図鑑』…」
「いや、家の横にキノコが生えてるもので…気になってたんです…」
※野生のキノコは大変危険ですので素人は食べないようにしましょう。
普通に死にます。
本は1冊1ゴールドか…そこそこ高いなぁ
それなりの布団一式は1ゴールドで購入できたからな。
まだ10ゴールド近く残ってるし、ここは奮発しよう。
「すみませーん、この2冊と地図下さい」
「ありがとうございます」
本と地図を購入し馬車に積む。
「これで買出しは終わりだな、ポニ爺を迎えに行こう」
「ポニ爺喜びますかね?」
「どうだろうな、喜ぶといいな」
馬小屋でポニ爺と合流する2人。
「おーい、ポニ爺ー」
「待たせたなポニ爺」
松本とバトーの声に顔を上げるポニ爺。
ポニ爺の目に馬車を引く雌のポニコーンが映る。
白く美しい鬣、長く先のカールしたまつ毛、
ポニ爺の顔が凛々しくなった。
瞳からキラキラした何かが放出されている。
「なんか…気に入ったみたいですね」
「みたいだな…」
新たなポニコーンはポニ姉と命名され、ポニ爺に恋の季節が到来した。
馬車は1頭用なのでポニ爺に引いてもらい、ポニ姉は一緒に連れて帰ることになった。
最初はポニ姉に引いて貰おうとしたが、凛々しい顔のポニ爺が松本の尻を角で突き
抗議したため入れ替えた。
「マツモト君、今から出発かい?」
馬車を出そうとするとラッテオが声を掛けて来た。
後ろにはカイ、ミリー、ゴンタ、トネルの姿もある。
「皆、見送りに来てくれたのかい?」
「ふふ…マツモト君が帰ると聞いたのでね、さらばだ我が盟友! 旅路に精霊の祝福有れ!」
「あ、ありがとう…トネル君」
痛いポーズを決めるトネル、平常運転で中二病全開である。
「マツモト、いろいろありがとうな、約束は守るから安心しろ」
「頼もしいなゴンタ、任せるよ」
「元気でねマツモト君、お父さんとお母さんもヨロシク伝えて欲しいって言ってたよ」
「カイも元気で、また来るからその時はヨロシク」
「マツモト、モギ肉ありがとう」
「どういたしまして、いっぱい食べて大きくなるんだよミリー」
「マツモト君が来てからいろいろ変わった気がするよ、ありがとう、またね」
「変わったのはラッテオ自身さ、またね」
子供達のやり取り見てバトーは優しく微笑んだ。
「いい友達が出来たなマツモト」
「そうですね、本当にいい友達です。そろそろ行くよ、皆またねー!」
『 またねー! 』
手を振る子供達に見送られ、松本とバトーの乗った馬車は出発する。
南側の城門の前でミーシャ、ルドルフ、カルニの3人が待っていた。
「待たせたな、ミーシャ、ルドルフ、荷台に乗ってくれ。ちょっと狭い我慢してくれよ」
「すまんな、よろしく頼むぜ」
「ちょっと狭いわよ、もう少し詰めなさいよミーシャ」
「仕方ないだろルドルフ、荷物一杯乗ってるんだからよ」
「そうよルドルフ、乗せて貰うんだから文句言うんじゃないわよ!」
ミーシャとカルニに押し込まれるルドルフ。
「ルドルフさん、俺と座る場所変わりますか?」
「前の方が広いぞルドルフ」
「そうするわ、ありがとうマツモト」
松本とルドルフが入れ替わった。
御者台に手綱を引くバトーとルドルフ、荷台にミーシャと松本。
「皆、気を付けてね、これよかったら途中で食べて」
カルニがバトーに紙袋を手渡す。
中には肉の挟まった食パンが入っている。
「お? どっちゃり肉サンドか! ありがとうカルニ」
「気が利くな! 上手いんだよなこれ、ありがとよ」
「ありがとうございます! 頂きます!」
「でたわね、どっちゃり3兄弟。 ありがとうカルニ、助かるわ」
どっちゃり3兄弟の士気が上がった。
「それと、ルドルフ、ミーシャ、受けてる依頼の件で何かわかったら教えて貰えないかしら?」
「わかったわ、その時は連絡するから」
「お前も大変だなカルニ」
「仕事抜きにして気になるのよ、お願いね」
「「 了解 」」
バトーが出発を知らせる。
「そろそろ出発するぞ、またなカルニ」
「カルニさん、ありがとうございました、また来ます」
「また来るわ」
「元気でなー」
4人と2頭は地方都市ウルダを出発し、ポッポ村を目指す。
「このポニコーン、なんで前じゃなくて横ばかり見てるの?」
「ポニ姉を気に入ったみたいでな…」
ポニ爺はポニ姉を凛々しい顔で見詰めていた。




