65話目【仕事中のカルニ】
カイとミリーの両親の結婚式を終えた松本は宿屋に帰って来た。
部屋に入るとバトーが荷物整理していた。
「ただいま帰りましたー」
「お、帰ったか。なんかいい顔してるな、どこ行ってたんだ?」
「ちょっと結婚式に参加してきました」
「結婚式? マツモトの知り合いか?」
手を止め、バトーが首を傾げている。
「モギ肉を友達の家に持って行ったら、丁度ケーキが届きまして」
「ケーキが?」
「『ヒヨコ杯』で準優勝の男の子が希望した賞品ですよ」
「あぁ~いたな、それで?」
「どうも両親の結婚式用のケーキだったみたいです。
結婚はしてたみたいですけど、まだ式を挙げてなかったようで」
「なるほどな、よくある話だ」
荷物整理を再開するバトー。
「近隣の人達が集まって結婚式を行いまして、モギ肉持って行った流れで肉焼き担当になりました」
「はは、マツモトらしいな! ケーキ貰えたか?」
「頂きました、美味しかったですね~」
「よかったじゃないか、ポッポ村じゃケーキなんて無いからなぁ、俺も暫く食べてない」
「村で作れればいいんですけどねぇ」
「作り方知らないからなぁ…材料はそんなに特別じゃないんだろうけど…
それはそうとマツモト、明日の午前中に買出しを済ませて、昼過ぎに出発することになった。
友達に挨拶しといた方がいいんじゃなか?」
「もう済ませましたので大丈夫ですよ、馬車はどうなったんですか?」
「これからカルニに聞きに行くところだ、マツモトも来るか?」
「行きます」
宿屋を出てギルドに向かう松本とバトー。
ギルドの中に入ると正面に受付、右側の壁に依頼が張られた掲示板、
左側は軽食や飲み物などを扱っている売店がある。
吹き抜けのフロア、2階には椅子とテーブルがあり冒険者達の溜まり場になっている。
バトーが受付に手を置き女性に声を掛ける。
「すまない、カルニギルド長はいるか? 会う約束をしているのだが」
「少々お待ちください」
受付の女性が奥に消える。
カルニを待つ間、バトーは掲示板の依頼を確認し、
松本は受付の横で販売されているギルドの紋章が入った箱の裏側を確認していた。
なになに?
ウルダの特産物である、芋、キノコ、ブドウ、ピーマンのカードが
それぞれ12枚、植物の天敵『ブリリ虫』が2枚、合計50枚のカードゲームです。
仲の良い友達との遊びはもちろん、チームの気まずい雰囲気、気になる異性との切っ掛け、
可愛い子供との大切な時間まで、幅広い場面で活躍します。
…修学旅行のトランプみたいだな
ウルダ特産物カード、20シルバー。
ギルドの収入源の1つである。
最近では旅のお土産としても人気で、各地のギルドで限定品として販売されているとか…
お求めの方は地方都市ウルダの受付カウンターまで。
「バトー、マツモト君お待たせ、奥の別室で話しましょう」
普段より少しキリっとしたカルニが声を掛ける。
「カルニ、この依頼って魔道義足の人か?」
バトーが依頼書を指している。
松本が近寄り依頼書を確認する。
『人参畑の収穫の手伝い。自給10シルバー。
息子が復帰するまでお手伝い下さい、南側の畑です』。
確かに、クルミちゃんと婆さんの依頼っぽいな。
魔道義足貰ったんじゃないのか?
「そうよ、息子さんの魔道義足はロックフォール伯爵から頂けるけど
オーダーメイドになるから、後日技師の方が来られるらしいの。
採寸、作成、取付が必要だから直ぐには働けない。だからその間は依頼を出すことになったわ」
「わざわざ技師が来るのか、結構大変なんだな」
「特殊な魔法が必要なんでしたっけ? 最新技術ですから仕方ないですよ」
「そうね。データ収集の為に技師の方は暫く残るみたいよ。さぁ2人共、こっちに来て頂戴」
カルニの案内で売店の奥にある別室に入った。
6畳ほどの広さにテーブルが1つとソファーが2つ、窓は無い。
隣の売店と繋がっているらしく、カルニが紅茶を運んできた。
売店で提供されている木製のコップとは違い、陶器のカップが使用されている。
部屋を見渡しバトーがカルニに尋ねる。
「洒落た部屋だな、昔からこんな部屋あったか?」
「あったわよ、普通は入ることなんて無いから知らなくて当然よ。
お偉いさんが来た時とかに使う部屋なの。堅苦しくてあまり好きじゃないけどね。
ここを使うときは面倒なことが多いのよねぇ」
「はは、ギルド長様は大変だな」
紅茶を飲みながら軽くため息をつくカルニを見てバトーが笑う。
なるほど、角部屋の筈なのに窓が無い理由はそれか。
おおやけに出来ない依頼もあるということか。
「ここに通したってことは他の人達には聞かれたくない話なんですか?」
「察しがいいわねマツモト君、そこまで大げさな事じゃないんだけどね。
馬車の件なんだけど、デフラ町長に掛け合ってみたら町で補填してくれることになったわ」
「ありがたいな、大変だったんじゃないか?」
「そうでもなかったわ、巨大モギを討伐して貰えて感謝してるみたい。
ウルダだけでは討伐出来ない難敵だったからね、
ギルド長として改めてお礼を言うわ、バトー、マツモト君、ありがとう。」
「「 どういたしまして 」」
カップを置き畏まって頭を下げるカルニ。
胸を張る松本とバトー。
「モギの素材を殆どギルドに譲って貰ったことと、モギ肉を持って帰ることを伝えたら
ポニコーンも付けてくれることになったわ」
「「 おぉ~! ありがとうございます! 」」
拍手する2人。
「雌ですか?」
「? 分からないけど、どうしたのマツモト君?」
「いや、ポニ爺が雄なんで、雌だと喜ぶかなと」
「なるほどね、伝えておくわ」
「「 ありがとうございます! 」」
深々と頭を下げる2人。
「本来、依頼で失った装備などは本人の責任なんだけど、
今回は町のお金で補填するから、一応他の人には内緒にして欲しいの。
まぁ、今回の件で反対する人はいないでしょうけど」
「分かった、ミーシャとルドルフは問題ないだろ?」
「問題ないわ」
「俺も了解です」
「よろしくね、紅茶のお代わりいる?」
「「 頂きます 」」
普段洒落た物を食さない松本とバトーは紅茶を堪能していた。
松本に至ってはウルダに来るまでレム様の池の水を常飲していた。
「それと、バトーの剣と盾、マツモト君のナイフだけど制作に暫く時間が掛かかるわ。
また今度ウルダに来た時に受け取って頂戴」
「問題ない、急いで無いからな」
「助かります、ありがとうございます」
「どういたしまて、これで連絡事項は終わりよ」
仕事が終わり、カルニが少し緩くなった。
「バトーはもう冒険者には戻らないの?」
「う~ん…冒険者も好きなんだが今はちょっと難しいな」
「ミーシャとカルニが言ってた襲撃のこと?」
「そうだ。正体が分からんし、またいつ来るか分からんしな、出来る限りポッポ村を守りたいんだ」
バトーが静かに微笑む。
「村には他に腕の立つ人はいないの?」
「ゴードンさんって結構強そうですけど、どうなんですか?」
「何人かは結構腕が立つぞ、俺が鍛えたからな。
ゴードンはそうだな…多分アクラスより強いんじゃないか?
試合なら負けるかも知れないが、実戦なら覚悟が決まっているゴードンが勝つだろうな」
芋のオッチャンことゴードン(42歳)は
松本、バトーと共に光魔法練習中に3メートル級のムーンベアーに襲われ
パンツ姿に剣と盾というグラディエーターも驚きの軽装で応戦。
ゴードンとバトーの2太刀で仕留めた実績がある。
結構強いパワー系オジサンなのだ。
因みに娘は容姿端麗のショタコン、ウィンディ姉さんである。
「それだけ戦力がありながらバトーが死にかけたんでしょ? 信じられないわね…」
「単体だと大して強くないんだが、数が凄くてな…
1人で逃げるなら問題ないが村人全員を守りながら戦うのは難しいな。
夜の間に襲撃して来たんだが、朝まで数時間持久戦を強いられることになる。
カルニがいれば違ったんだろうがな」
勝利と敗北は人によって定義が異なる。
バトーにとってポッポ村は大切なものだ、きっと、村人が1人でも死んだら敗北だったのだろう。
そうなると数時間の持久戦を耐え抜くしかない、あの夜は村人達のマナが尽きた後、
回復魔法の援護が無くなり前線が徐々に崩壊、村人が入れ替わりながら戦い前線を支えた。
それも限界が来た時、抜けた穴を塞ごうとバトーが奮迅し、集中攻撃を受けることとなった。
レム様によってギリギリ救われたが、バトー程の強者が苦戦する…
防衛線とは、それ程難易度が高いのもなのか…
「その敵の正体が分からない内はウルダも他人事じゃないから心配だわ…」
「ウルダにはカルニがいるから大丈夫だろ、求められるのは守る力だからな」
「そうですよカルニさん、アクラスさんや冒険者の方達もいますし大丈夫ですよ」
「昔はもっと気軽に考えられたんだけどねぇ…今はギルド長なのよねぇ私」
「頑張れギルド長!」
「負けないでギルド長!」
「頑張ってるわよーギルド長」
ソファーに横になり緩々になるカルニ。
「マツモト君はこれからどうするの? 冒険者になりたいんでしょ?」
「俺はもう少し鍛えてから冒険者になろうと思います、今のままだと直ぐ死ぬと思うので」
「ポッポ村に帰ったら稽古の続きだなマツモト」
「冒険の前にバトーの稽古で死なないでね~」
「はい…気を付けます…」
ポッポ村では鍬素振り1000回が松本を待っている。




