64話目【誰がためのケーキ】
ゴンタと別れ、カイ、ミリー、ラッテオにモギ肉を渡すために南区の路地裏を散策する松本。
松本の正面からカートに乗った巨大な箱が運ばれてきた。
冒険者の警備が付き、倒さないように慎重に運ばれている。
「気を付けろ、倒すと大変なことになるぞ」
「ロックフォール伯爵から贈られたケーキなんて、全く心臓に悪いわ…」
ロックフォール伯爵の名前に怯える冒険者達。
あぁ~、あれは『ヒヨコ杯』でカイが希望した5段のケーキか。
ということは、あのケーキに付いていけばカイとミリーの家に着くな。
少し距離を開けケーキを追うマツモト。
手には大きな葉っぱに包まれた10キロのモギ肉が2つ。
まだ着かないのか…休み休みとはいえ流石に疲れたぞ…
ケーキがゆっくりで助かった…
松本の腕がプルプルしてきた頃、ケーキが止まった。
2階建ての一般的な家、入り口の扉に蔓と葉っぱのリーフが掛けられている。
「どうするよ…」
「中に入らないわね、とりあえず住民に聞いてみましょ」
5段ケーキが入った箱は入口より少し大きかった。
「すみませーん!」
「はーい」
入口が開き、中からカイが出てきた。
大きな箱を見上げている。
「坊や、荷物を届けに来たんだが、お母さんがお父さんはいないかな」
「ちょっとまってください。お母さーん、お父さーん!」
呼ばれたカイの両親が出て来た。
「これなに?」
「分かんない」
「なんか頼んだっけ?」
大きな箱を見て首を傾げている。
「カイ君はいるかな?」
「カイは僕ですけど」
「君だったか。これは『ヒヨコ杯』の賞品のケーキだよ。ロックフォール伯爵からの贈り物だ」
「「「 あぁ~ 」」」
手の平に拳をポンと置き納得するカイファミリー。
「これ中に入りそうにないんですけど、どうしましょうか?」
「とりあえず…ここでいいです」
「そうですか…」
カイの家の前に大きな箱が置かれ、胸を撫でおろした冒険者達は帰って行った。
箱を見ながらカイパパがカイに尋ねる。
「カイ、なんでケーキ頼んだんだ?」
「ミリーが選んだからだよ、ミリーじゃ勝てないでしょ」
「「 あぁ~ 」」
手の平に拳をポンと置き納得するパパ&ママ。
「それでミリーが驚いていたのか」
「ありがとうねカイ、ミリーも喜ぶわ」
「へへへ」
褒められたカイがクネクネしている。
「なんでケーキを選んだのかミリーに聞いてみよう」
「そうね、ミリー!」
「はーい!」
階段を降りる音が聞こえる。
松本が少し離れた物陰から見物しているとドアが開きミリーが出て来た。
人見知りミリー、家族が呼ぶと出てくるようだ。
「ミリー、ケーキが来たぞ!」
「ケーキ!? カイお兄ちゃんホント?」
「ほらこの箱がそうだよ」
「デッカ~イ!」
キラキラとした目で見上げるミリーに、目線を合わせたママが尋ねる。
「ミリー、なんでケーキが欲しかったの?」
モジモジしたミリーが母親の耳に両手を当て理由を伝える。
ウンウンと頷くママの目がウルウルし、ドバーっと2本の滝が地面を打った。
「なんだ!? どうしたママ!?」
「ありがと~ミリ~カイ~」
「???」
頭に「?」が浮かぶカイとミリーを抱き、水溜まりを作るママ。
ミリーがパパの耳に両手を当て理由を伝えると目がウルウルし、ドバーっと2本の滝が地面を打つ。
「「ありがと~ミリ~カイ~!」」
抱き合う家族の足元に4本の滝で水溜まりが出来る。
小さい虹がでた。
「お父さん、結局何だったの?」
不思議がるカイが虹を作るパパに尋ねる。
「パパとぉ~ママのぉ~結婚式のケーキなんだってぇ~」
「あぁ~」
手の平に拳をポンと置き納得するカイ。
「そういえば結婚式上げてないって言ってたね」
聞き耳を立てる松本もポンと納得した。
「折角だから近所の人達にもお裾分けしましょ」
「ミリー、カイ他の人も食べていいか?」
「僕はいいよ、食べきれないし」
「私もいいよ~」
「よーし! 折角だからお祝だ! ママ急いで準備しよう!
カイとミリーも手伝っておくれ」
素早い動きで家の前にテーブルやグリルを運び出すパパ。
先ほどまでの浮かれていたママが家から青ざめた顔で出て来た。
入口に寄りかかり、頬が痩せこけ顔色が悪い。
手から落ちた玉ネギがコロコロと転がる。
「パ…パパ…お肉が無いわ…」
「「「 な、なんだってー! 」」」
膝と両手を地面に付け、悲しみに沈むパパ、カイ、ミリー。
ヨロヨロと外に出て来たママも膝を付いた。
まるでこの世の終わりのような絶望感に打ちひしがれる家族、
物陰からモギ肉を抱えた松本が覗いている。
いや…そこまで凹まなくてもいいだろ…
感情の起伏の激しい家族だな…
肉持ってて良かったー
「おーい、カイー」
「マ…マツモト君かい…?」
「…マツモト…?」
「…いらっしゃい…」
「…ゆっくりして行ってね…」
シワシワの家族は顔を上げることが出来ず、地面を見つめたまま松本に対応する。
地面が陥没しそうな勢いで凹んでいるな…
こんなの誰もゆっくりできんだろ…
「カイー、ミリー、昨日約束したモギ肉持って来たぞー」
「「「「 モギ肉!? 」」」」
「そう、モギ肉。10キロあるよー」
顔を上げた家族の顔に花が咲いた。
聞きつけたマダム集団が近隣のドアを叩き、住民総出でテーブルを置き、路地を飾る。
1時間もしないうちにテーブルの上には持ち寄った食べ物と飲み物が並んだ。
パパとママは家に連れ込まれ、マダム達によって衣替えされている。
路地の端で松本とラッテオがモギ肉を焼いていた。
「賑やかでいいねぇ、ラッテオ」
「そうだねぇ、マツモト君」
「ラッテオの分のモギ肉も焼いちゃってるけど良かったの?」
「今日はお祝いだしね。ウチの両親も参加してるし、問題ないよ」
ラッテオが指さす先で、ラッテオの父親がテキパキと飾り付けを行っている。
ラッテオの母親がカイの家から出て来た。
「さぁ! 準備出来たわよー! 皆、拍手で出迎えてー!」
声を聞いた住民が集まり拍手を送ると、家の中からパパに手を引かれママが出て来た。
2人も普段の服と違い、装飾の施された綺麗な服を着ている。
パパは髪を後ろに流して固め、胸にバラの花を付けており、
ママは化粧を整え、ネックレス、イヤリング、髪飾りを身に着けている。
アクセサリーや服はマダム達が用意した物だ。
『 結婚おめでとうー! 』
住民からお祝いの言葉が贈られ、ミリーとカイが花束を手渡す。
人見知りのミリーが積極的である。
「ありがとう! ミリー、カイとても嬉しいわ~」
「2人のお陰だ、パパもママも幸せ者だよ~」
「「 えへへへ… 」」
クネクネする4人を見て皆笑った。
「皆、今日は私達をお祝いしてくれてありがとう! お肉もいっぱいあるから楽しんでいって!」」
松本とラッテオがモギ肉の乗った皿を掲げ、トングを振っている。
モギ肉は飛ぶように売れた。
肉を焼く松本とラッテオの元にカイがやって来た。
「ありがとうラッテオ、マツモト君」
「おめでとうカイ」
「よかったねカイ」
「僕も焼くから2人も楽しんでよ」
「はは、僕達も楽しんでるよ。こっちは気にしないで、今日はカイの家族が主役なんだから」
「そうだよカイ、皆と一緒にいなきゃ。それより、あのケーキを開け見せてよ」
松本が大きな箱を指さす。
「そうだね、そろそろ開けよう。僕もまだ中身を見て無いから楽しみなんだ」
カイが両親の元に戻りケーキを指さす。
「皆、子供達が私達の為にケーキを用意してくれたんだ。誰か箱を空けるのを手伝ってくれないかな」
数人の住民が協力しテーブルの上に箱が移動する。
箱は側面の1面が観音開きになっており、蓋が簡単に取り外せた。
蓋が外されると白い煙が地面に流れ、中から大きなケーキが現れた。
ミリーの目が輝き、住民から歓声が上がる。
「ラッテオ、もしかしてあれって魔法で冷やされてるの?」
「そうだね、多分箱に魔法が掛けてあったんじゃないかな?」
氷魔法かー便利そうだな。
酒場で飲み物の容器が冷えてるのも同じだろう
我が家は冷蔵庫無いからな~…っていうかこの世界に冷蔵庫ってあるのか?
ケーキの一番上に砂糖菓子の人形が4つ刺さっている、
内側の2つは長く外側の2つは短い、家族を表現しているのだろう。
流石ロックフォール伯爵、隙が無い。
ケーキは住民が持ち寄った皿に配られた。
一番上の段は大きな皿に乗せられ、主役家族の前に置かれている。
直径30センチのホールケーキのようである。
パパとママがナイフを入れ、ケーキが4つに分けられた。
それぞれのケーキの上に砂糖菓子の人形が刺さっている。
家族の計らいでミリーのケーキだけが少し大きい。
4人は並んでケーキにフォークを差し、一口食べた。
「「「「 うんま~い! 」」」」
口の周りにクリームを付けクネクネする4人。
その様子を見て住民が笑う。
肉担当の松本とラッテオにもケーキが回って来た。
「マツモト君、僕達も食べようか」
「そうだねラッテオ、いただきまーす」
「「 あま~い! 」」
松本とラッテオは頬を抑えて満面の笑みを浮かべた。
「お? ブドウが入ってる」
「ウルダの特産物だからねぇ」
松本達が食べた4段目のケーキはフルーツケーキだった。




